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17. 近づいて、離れて

「よし、このくらいまで来れば大丈夫だろう」


 シルヴィアは肩で息をしているのだがヴェントゥスは涼しい顔でふうっと息をつく。

 人気……妖精気はなくとても静かな場所だ。大樹の影は心地良い。


「ねえ、シルヴィア」

「……どうしたんですか、ヴェントゥス様?」


 シルヴィアが尋ねると潤んだ瞳がシルヴィアに向けられた。


「僕といるのは嫌……?」


 ぽかんと口を開けそうになったもののシルヴィアは首を横に振った。


「実は今日をすごく楽しみにしていたんだ。だって2人で国外に出るのは初めてだろう? それにこんな不思議で面白い国に来られるなんて夢にも思わなかった」


 目を細めて言うヴェントゥスは本当に幸せそうでシルヴィアも思わず笑顔になる。


「私もヴェントゥス様とここに来ることができて嬉しいです。それに、早く魔法石が見たいなあと」

「……僕のためにありがとうね」


 ヴェントゥスはそう微笑むと握っていた手の指をシルヴィアに絡ませた。


「その前に、2人でデートしようか。時間はまだまだありそうだし」


 目の前で指が絡む様子を見せつけられシルヴィアは赤くなりながらコクコクと頷いた。


 もしかしたら、最後のデートになるのかもしれないとシルヴィアは密かに思っていた。





 妖精の王国は興味深いもので溢れていた。

 見たこともない植物に、見たことない宝石。


「物語の世界みたいだ……!」

「ヴェントゥス様のお好きな物語私も読んでみたいですわ」


 ヴェントゥスが目を輝かせるのを見てシルヴィアはくすりと笑う。ヴェントゥスが、ファンタジーを好むのは正直意外だと思ったのだ。

 笑うシルヴィアにヴェントゥスは少し赤くなりつつも嬉しそうに「帰ったら貸すね」とおすすめの物語について語る。



「妖精の王国の香水も素敵な香り……」


 通りがかったお店から漂ってきた香りにシルヴィアはつられて入っていく。


「この香り、ヴェントゥス様に似合うと思いますよ」


 シルヴィアは香水瓶を手に取ってヴェントゥスに香りを嗅がせる。ヴェントゥスは「そうかな」と照れ笑いすると「この香水在庫分もらおうか」と大声で言った。


「ええ!? 全部ですか!?」

「ああ、シルヴィアが似合うと言ったのだから間違いないだろう?」


 でも、と渋るシルヴィアだったが店主がとても嬉しそうだったのでまあいいかと思うことにした。するとそんなシルヴィアとヴェントゥスの様子を見て店主がうふふと笑う。


「素敵な夫婦ねぇ」


 シルヴィアは目を瞬かせてから、すぐに否定しようと口を開く。


「はい。ああ、まだ婚約者なんですけどね。でも僕には勿体無いくらい素敵な方です」


「あらやだぁ」ときゃっきゃと笑う店主をよそにシルヴィアはヴェントゥスの顔を覗き込む。


 どうせ婚約解消するのに。もし魔法石を見つけて霊たちに悩まされることがなくなったら外国へ行ってしまうかもしれないのに。レイナと婚約するかもしれないのに。


「どうして、そんな嘘をつくの……」


 思わず飛び出した言葉にシルヴィアは口を覆った。


「……シルヴィア?」

「大丈夫よ、なんでもないわ。行きましょう」


 無理やり笑ってシルヴィアは店を出た。ヴェントゥスはそんなシルヴィアを少し寂しい目で見つめていた。





 店から出てからしばらく歩いた。

 シルヴィアは感情をひた隠し、努めて笑っていた。


「ねえ、シルヴィア、あのさ……」


 ヴェントゥス立ち止まってぐいっとシルヴィアを引き止める。シルヴィアはゆっくり振り返る。


「あのさ……」

「ヴェントゥス様、その」


 真っ直ぐシルヴィアを見つめるヴェントゥスだったが、シルヴィアの目線はヴェントゥスの左肩に集中していた。


「肩に、妖精さんがいます」


 ヴェントゥスは目をパチクリして視線を左肩へと移す。そしていつの間にと目を丸くする。


 そこには首にぐったり寄りかかっている小さな女の子の妖精がいた。


「あの、どうされたんですか……?」


 シルヴィアは手の平に妖精をそっと移すと、小さな声で尋ねた。

 すると妖精はチリンチリンと音を立てながら上半身を起こした。


「あ、あの……頭がガンガンしていて……」


 苦しげに言う妖精をシルヴィアは「ちょっとごめんなさいね」とことわると小指でちょんっと妖精の額に触れた。


「ヴェントゥス様、私のカバンから青い葉と黄色い液体が入った瓶を取り出してくれませんか」


 ヴェントゥスは頷くとシルヴィアが持っていたカバンからそれらを取り出して、妖精をシルヴィアの手の平から自分の手の平に移し替えると代わりにそれを渡した。


「ありがとうございます」と礼を言いながらシルヴィアはテキパキとそれらを調合し始めた。

 ヴェントゥスは初めて見る調合と、シルヴィアの手先の器用さに思わず見入っていた。


「できました。ちょっと大きくて飲みづらいかもしれないけれど……」


 シルヴィアは比較的小さな瓶に完成した薬を入れると妖精に差し出した。

 妖精はゴクリとそれを飲む。するとすぐさま目を丸くしてシルヴィアの周りを飛び回った。


「すごいです! すっかりよくなりました! ありがとう!」


 シルヴィアはそれを見て「よかった」と微笑んだ。

 すると妖精はシルヴィアの目線の高さで羽をぱたぱたさせながら言う。


「私、シェリー! あなたは?」

「私はシルヴィアよ。彼はヴェントゥス」

「シルヴィアとヴェントゥス! お礼がしたいから来てくださいー!」


 妖精、シェリーはそう言うと先導するようにシルヴィアたちの前を飛んでいく。

 シルヴィアとヴェントゥスは顔を見合わせて「ついていってみようか」と頷き合いシェリーの後を追うことにした。


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