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16. 妖精の王国へ

(ゲルさんのところで買った魔術道具に、カルマから教えてもらった妖精の王国について書き起こしたメモ……それから)


 シルヴィアは荷物を詰めながら最後の荷物を手に取った。

 紫の小瓶に白いリボンが巻かれた、ヴェントゥスがくれた大切な香水。シルヴィアはしゅっと手首に吹きかけるとポケットの中へ大事にしまう。




 目的地の近くまでは馬車で向かう。そこからは妖精たちに警戒されないように歩いていく。

 いつもより動きやすいワンピースドレスのため、森の中をずかずか歩いて行ってもへっちゃらだ。


 しばらく歩いていくと、大きな岩が道を阻んでいた。


「この岩邪魔ですねー、どかしちゃいましょう!」

「いや、待って頂戴」


 そう息巻くレイナをシルヴィアは制す。


「これよ、この岩が妖精の王国への入り口なのよ」

「……これが? でもどうやって入るんだ?」


 腕を組んで困まり顔のヴェントゥスにシルヴィアはメモを取り出してその内容に首を傾げる。


「その都度岩に書かれたお題に従うらしいわ」


 するとキースが「ああ、書いてある」と岩に刻まれた文字を解読し始める。


「中央に赤い薔薇を……言葉を添えて、だって」

「白い薔薇は咲いてますね……」


 レイナの言う通り、周りには美しい白薔薇が咲いている。しかしながら赤薔薇はなさそうだ。

 するとシルヴィアはあっと声を上げる。


「私の色変え魔法で白薔薇を赤色にしてみますわ」


 シルヴィアは薔薇を丁寧に折ると、パチンと指を鳴らした。すると白い薔薇は見事に赤に染まりきった。


「すごいですね!」

「こんなのでいいかわからないけれど……それに言葉というのもよく分からないわ」


 レイナが赤くなった薔薇を見て喜ぶがシルヴィアは不安そうだ。すると「貸して」とヴェントゥスが赤い薔薇を取る。

 ヴェントゥスは岩の前まで歩み寄ると、すうっと息を吸い込む。


「貴女しかいない。貴女を……愛しています」


 そう言いながらヴェントゥスは一瞬シルヴィアを見た。シルヴィアは頬が紅潮するのをひた隠すように目を逸らす。


 差し込まれた赤い薔薇から光が飛び出して岩を包み込む。そしてその岩は、赤色の薔薇のドアノブが目立つ扉に変わったのだった。



「これが妖精の王国への入り口なのですね!」


 きゃっきゃと楽しそうにレイナは扉へ駆け寄る。


(花言葉だと分かっていても……あんな顔で言われたら照れてしまうわ)


「シルヴィア、行こう」

「ふぇ!? え、ええ! 行きましょう!」


 ヴェントゥスは柔らかい笑顔を浮かべて、エスコートするように手を差し伸べる。シルヴィアは恥ずかしさを隠すように大袈裟に頷いてその手をとった。





「ここが、妖精の王国……!」


 ヴェントゥスと手を繋いだままシルヴィアは目を輝かせる。

 美しい自然が広がるが、ありえないくらい大きなサイズの木々や花。くるぶし以下のサイズの妖精もいれば、人間サイズの妖精もいる。

 秩序を守るためだとキースがすぐさま妖精に見える魔法をかけてくれたため、シルヴィアたちは堂々と歩ける。


「綺麗……それにみんな可愛い……」


 シルヴィアは忙しなく色んなところに目を向けてはうっとりとしている。

 そんなシルヴィアをヴェントゥスは愛おしそうに見つめているのだが……


「ヴェントゥス様ー! こっちに珍しいお花がありますよー!」

「ヴェントゥス様ー! あんなところに素敵なお店が!」


 ぶんぶんと手を振って周りの迷惑も考えず大声で呼ぶレイナにヴェントゥスはため息をついていた。そしてイライラも募らせていた。

 キースは根っからの魔術師気質には抗えないのか、妖精たちに片っ端から声をかけては話を聞いている。


「まったく……協力するというのはどうなったんだか……」


 ヴェントゥスは大きくため息をつく。

 あの薄情者には後でお仕置きをしなければ、とヴェントゥスが腕を組んでいると。


「ヴェントゥス様、ごめんなさいね、私ばっかり楽しんでしまって……」


 シルヴィアは不機嫌そうなヴェントゥスを見て自分のせいだと思ったらしかった。謙虚なその姿勢にヴェントゥスは思わずうっとりと息を吐き出した。


「シルヴィアが楽しそうで嬉しい。けど……」

「けど……?」


 シルヴィアが首を傾げるとヴェントゥスはチラリとレイナとキースを確認する。

 キースはレイナと会話をしながらヴェントゥスにグッとサインを送りにやっと笑う。調子がいいんだから、とヴェントゥスは呆れたように笑うとぐいっとシルヴィアの手をひく。


「え、どこへ行くんですか……?」


 ヴェントゥスはシルヴィアの手を引いて駆け出す。レイナとキースを置いてきたことを心配するように振り返るシルヴィアにヴェントゥスはにっと笑って見せた。


「2人きりになれるところ、だよ」


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