11. 助けに行くから
「くそっ……!」
壁を殴って、声を荒らげているのは第3王子ヴェントゥス。
婚約者が消息を絶って3日が経過しようとしている。それなのに未だ情報は少なく、彼女が無事なのかどうかも分からなかった。
「僕が、君を傷つけてしまったのだろうか……」
ヴェントゥスはいなくなる前日のシルヴィアとの会話を思い出していた。
***
『素敵な、とっても素敵な夢ですわ。私も応援いたします』
そう、わがままな自分の気持ちを伝えた。
自分の夢のために国を出て、婚約者を程よく使って。
だから、せめて傷つけないようにと思っていた。
……なのに。
微笑んだ彼女を見て胸が痛んだ。
「行かないでほしい、私といてほしい」きっと僕はそんな言葉を望んでいたのだろう。
強欲で、情けない。
彼女は僕よりもずっとずっと素敵な夢を持っていた。家族のために王宮魔術師になりたいだなんて誰でも言えることじゃない。
彼女は僕よりもずっと優れている。
頭も良ければ、薬学やもちろん魔術に至るまで精通しており、気づかされることも初めて知ることも多かった。
今まで霊が見えるとはいえ、婚約者がいなかったことが不思議なくらいだった。
自分の境遇を話す彼女に僕はどこか共感していた。
優秀な兄、特に1番上の兄は何でもできた。もちろんそんな兄と僕は比べられた。だが、兄のことを嫌いというわけではない。
兄は勘が鋭く、隠し事をすぐに見抜いてしまうような人だ。
両親に夢のことを話したことはなかった。しかし兄には気づかれた。ガラス玉のように透き通った紺の瞳が、僕をえぐるように見つめていたことを覚えている。
『仮だとしても素敵な婚約者ですわ』
気がつけば水晶のような瞳が僕を見つめていた。
――抱きしめたい。
そんな欲情に駆られて僕は立ち上がった。
しかしすぐに理性が働いて僕は止まる。
ここで抱きしめたら僕は止まらなくなる。
こんなに誰かに心を奪われたのは初めてだった。だからこそ一度手に入れたらきっともう手放せない。
彼女は僕をなんとも思ってないだろう。少し切ない気もするが、彼女も自身の夢のためにこの婚約を受け入れたのだと思う。
兄に王位が継承されるまであと1年ほど。
そうしたら婚約は解消し、僕は国を出てシルヴィアは王宮魔術師を引き継ぐ準備に取り掛かるだろう。
僕のわがままで彼女を引き止めてはいけない。
好きになったら傷つく……いや買い被りすぎか。傷つくのは、忘れられなくなるのは間違いなく僕の方だ。
***
ヴェントゥスは唇の柔い感触を思い出していた。
「殿下! 気絶していた御者が目を覚ましました! シルヴィア様は赤髪の少年に拐われたものと思われます!」
「場所の特定はまだか!」
誘拐、という言葉に過敏に反応しながらヴェントゥスは叫ぶ。「おそらく隣国との境界付近だと思われます!」と返ってきた。
「直ちにそこへ向かう!」
なんのために、とか無事なのかとか様々な不安が駆け巡る。
ヴェントゥスは頭をぶんぶんと振ると、剣を携えた。
「絶対助けるから……無事でいてくれシルヴィア……!」