2話
自販機にたどり着いたときちょうど階段が途切れ、広間になっていた。自販機の隣にはベンチが設置されており、広間の奥には鳥居が佇んでいた。鳥居の奥には拝殿が見えるが、間にある背の高い茂みの所為で拝殿の屋根しか見えない。広間には誰一人おらず、さっき指をさしていた自販機と赤い鳥居だけが己の存在を強調している寂しい空間になっていた。人があまり来ないマイナーパワースポットという事を衣里から聞いていたが、ここまで人がいないとは思わなかった。取りえずさっき約束したジュースを買わなければ。
自販機は太陽の日差しを浴び、やけどするくらい熱くなっていた。自販機の隣にはベンチがあり、ちょうど木陰になっていて休むにはちょうどよさそうだ。かわいそうに自販機よ、もう少しずれていたら、お前もこんなに熱い思いはしなかっただろうに……でもこんな状態でもお金を入れれば冷たい飲み物が出てくるのだから、現代技術の素晴らしさがよくわかる。そんな自販機の商品に衣里が熱い視線を送っていたが、お気に入りの飲み物を見つけたのか、商品を指さし嬉しそうに言った。
「お兄ちゃん!これ!この増量版ね!!」
「“丸ごとプリンドリンク増量版”って、お前よくそんなセメントみたいなやつ飲めるよな」
「何を言っているのですかな?お兄ちゃん。プリンは飲み物を体現したこのジュースは、プリン愛好家の舌を唸らせ、さらには私に幸せを運んで来るのでしゅ!」
衣理が指差しているこの飲み物なんだが、プリンをそのまま詰めたんじゃないかってくらい流動性がなくて、シェイクしてもドロッとしていて飲みにくい事この上ない。だけど、意外とうまいんだよ。下手したらそこら辺のプリンよりもおいしいからな。どうでも良いけど、最後噛んだよね。
「……まぁ、いいか。ほら」
景気のいい音を立てながらお金を飲み込んだ自販機から、衣里のお気に入りが出てくる。取り出し口に落ちてきたそれを、衣里が素早く確保すると笑顔でお礼を言ってきた。
「ありがとお兄ちゃん!」
「どういたしまして。」
素早く商品を回収しジャカジャカ降った後、腰に手を当て立ったまま飲み始めた。おっさんじゃ無いんだから、ベンチに座って飲みなさい。俺も自販機を物色したところ、いつも飲むお気に入りの辛口ジンジャーエールが陳列されてるのが見えたので購入したら、衣理に神妙な顔をされた。
「お兄ちゃんってさ、その飲む飲料兵器好きだよね」
「兵器とはなんだ。そりゃ、刺劇物shockジンジャーって言う名前だし、最早劇物と言っても過言では無いくらい炭酸が強烈だけど、慣れるとうまいぞ」
まぁ、衣理に一口飲のませたら悶絶していたから、絶対に飲まないだろうけど。
「……まぁ、お兄ちゃん炭酸狂信者だしね」
どこか呆れられてる表情をされたが、割と事実なので何も言うまい。いつの間にか自販機横のベンチに衣里が座ってるので、俺もその隣に座った。
「変な事言って無いで、早く味わって飲んじまえ。それ持って参拝は流石にマナーが悪い」
「よく飲料兵器をお供えする人に、礼の精神を説かれるとは思わなかったわ。ていうかそれくらい弁えてるわよ」
失礼なと言いたげな表情で、おどけた感じで言ってくる。
「すまんすまん、そうだよな。ほぼ毎週、各地の神社に通ってる神社通だもんな」
こちらも少しおどけたリアクションを取りながら軽く謝る。
「わからばよろしい」
なぜか、ふんぞり返りながら言われた。お前はいったい何様だ?……妹様だな、うん。
「車出すのは兄ちゃんだけどな」
衣里の頼みなら、夜勤開けでもエナジードリンクがぶ飲みし、喜んで安全運転する俺に感謝するがいい。因みに兄ちゃんって俺のことね。ん?わかりにくい?衣里がわかればいいんだよ!衣理の兄ちゃんは俺一人だからな!
「いつもありがとうございます」
思いっきりドヤ顔して言い放ったのだが、微笑みながらお礼を言ってくる衣里に出鼻をくじかれた。若干恨めしかったが、笑ってる衣里を見るとこっちも笑顔になる。
「素直でよろしい」
そう言ってごまかしつつ笑顔のまま沈黙していると、二人同時に噴き出して
「「あははは!」」
思わず笑ってしまった。お互いに笑いあう姿はまるで、二人の絆を確認しあう儀式のようだった。
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ひとしきり笑いあい一呼吸ついたらなぜか二人とも黙ってしまい、人気がないせいかベンチの周りには寂しい沈黙が広がってしまった。どこか哀愁漂う静寂の中ぽつぽつと二人は会話を続ける。
「あんまり来たくなかったけど、ついに来ちゃったね。この街に」
視線を上げ、流れる雲をみる衣里の横顔は、笑顔なのだがどこか哀愁を帯びていた。そんな俺も何となく目線を合わせづらく、流れる雲に目線をむける。
「神社通でもこの町は避けてたもんな」
「ドライブ好きでもこの町は避けてたもんね」
雲の流れを見ながら淡々と話す俺たちは、きっとさっきの笑顔は浮かべていないだろう。
「悲しい思い出しかなかったからな」
両親の顔がはっきりと思い出せなくなった今でも、事件のことは昨日の事のように覚えてる。この町で俺たち兄妹を襲った二つの事件。それは俺たちの心に、刺青のように消えない傷を残した。
まぁ、よくある話だ。酒に酔った阿保が車を運転するもんだから、歩道を歩いていた俺たち家族が吹き飛ばされるんだ。道路側を歩いていた両親は即死、俺たち兄妹と加害者の運転手は軽傷。こんな感じの事故って、加害者が割と軽傷だったりするから腹立つよね。この事件のあとから飲酒運転が厳罰化したからまだ救われてるかな?葬式が終わった俺たちは、親戚をたらい回しにされた挙句、施設に入所した。
んで、この施設なんだが、職員がくそ過ぎた。いや、院長の爺さんはいい人なんだよ、院長は。職員の一人が特に酷くてな。院長にバレないように殴るし、蹴るし、暴言の雨霰。そんな俺たちを他の職員は見て見ぬふり。最後は院長にバレて全員消えたけど。そうそう、後から殴られてた理由を聞いたんだけど、両親を殺した酔っ払いと友達らしくて、車を貸したら全損になってムカついてたら俺たち兄妹が施設に来たんで、腹いせにしこたま殴ったらしい。クソったれ。“よくある話”がここまで重なると恨みしか募らないよね。
「けど、いつまでも避け続けるわけにはいかないからね」
しばしの沈黙で重くなった空気に潰されないように、衣里は少し声に力を入れ言葉をつなぐ。それに習うように俺も言葉に力を入れる。
「そうだな。ようやく落ち着いてきたし、父さんたちの墓参りにいかないとな。院長に任せきりというのもなんか悪いし」
「そうだね。事件の責任取るって言って、色々融通してもらってるけど流石に、ね。」
孤児院の事件以降、「わしの責任だ」と言って院長は様々なことをサポートしてくれている。「細かいことは全部任せろ」と言っていろんな手続きやらを全部やってくれたし、「行きたい高校に行きなさい」と言って兄妹そろって進学でき、「就職祝いだ」と言って俺が欲しかった車もくれたし、隣町に住む際には物件の斡旋や家具の調達までしてくれた。これでうちの両親の遺産には一切手を付けていないのだから、その資金はどこから来ているのか不思議でしょうがない。院長を語ると長いので、とりあえず横に置いておく。
「それでも、落ち着くまで何年もかかってしまったな。」
「何だかんだで、あっという間だったけどね。」
再び沈黙が訪れて空気が重くなる。空気に飲まれ、思考が闇深い所に落ちる前に気持ちを切り替えようと声を張る。
「……さて!しんみりするのはもうやめて。今は神社にお参りだ!」
手を一回「パンッ」と鳴らし、重くなった空気を払う。暗くなるのは終わり!!終わり!!せっかっく隣町から来てるんだ。観光だと思って楽しまなくては!
「……そうだね。こんな暗い顔してたらお母さん達に怒られちゃうね!」
空元気で笑う衣里を見て若干胸が痛んだ所為か、自然と衣里の頭をなでていた。衣里の方も何も言わずそれを受け入れ、おとなしくなでられていた。気のせいか衣里の目には涙がたまっているように見えた。
しばらく撫でていると衣里が頭をぷるぷると振る。これは「頭なでないで」のサインであり「もう大丈夫」のサインでもある。なでるのを止めると勢いよく立ち上がり、「よし行くぞー!」と鳥居先にある拝殿を指さした。さっきよりは大丈夫そうだ。その様子を見て俺も立ち上がり衣里と一緒に拝殿を目指して歩き出す。
気分を切り替え、ベンチから数歩先にある鳥居の前で二礼して鳥居をくぐる。こうやることで神域の中に入っていくようなそんな感覚になる。間違いなく気のせいだけど。茂みに挟まれ曲がりくねった参道を歩いていると、衣里が思い出したかのようにイライラしながら物騒なことを言ってきた。
「それはそうとあのクソども、トラックに轢かれて死なないかな」
口が悪いのは誰に似たのでしょうか?因みにクソどもって事件の犯人たちね。
「何を言い出す馬鹿野郎、クソの破片がトラックに付いたら運転者が可哀そうだろ。あまり周りに迷惑かけないよう樹海で首を括るくらいにしとけ」
衣理の口が悪いの多分俺のせいだわ。
「確かにそうだね。トラックに轢かれて異世界にでも転生しようもんなら、向こうの人たちが可哀想だもんね」
「そりゃ、確かに可哀想だ……ちょい待て衣里。確かに異世界転生しそうなシュチュエーションだが、クソどもを転生させるな。全力で阻止しろ。そして、代わりに兄ちゃんが行く!」
全く誰だ、衣里の頭の中を異世界に染めた奴は。おかげで衣里の黒歴史が随時更新中だよ。アパートの本棚は全てそっち系で埋め尽くされているし、おまけに最近は異世界に行きたいとか言い出すし、全く誰の所為だよ……はい、僕の所為です。最初にそっち系の本買ったのも僕です。とても異世界行ってみたいです、はい。いやぁ全く!妹と趣味を共有できるっていいよな!!
「ちょっ!ずるい!お兄ちゃんが行くなら私も行く!」
そう言いつつ腕にがっしりしがみついてくる衣里。あれ?くだらない冗談を言ったつもりなんですけど、衣里さんなんか目が本気になってますよ?お兄ちゃん若干引くよ?だけど、ここで衣里をしらけさせるようなことはしないのが兄心というものだろう。
「ふっ、何を言ってるのだ衣里!異世界行くならもちろん衣里もいっしょだ!」
「やったぜ!」
そういいながら綺麗にハイタッチを決める。どうやら衣里の機嫌も直ってきたようだ。
異世界談話をしながら茂み参道を抜けると、そこは広めの綺麗な参道になっており、奥に歴史を感じる狛犬と結構立派な拝殿が鎮座し、心地よい風が吹いてくる。ただ、拝殿の辺りには人がいると思ったが誰一人おらず、居るのは手水舎の周りで涼んでいる猫達くらいである。ただ、このような状況だからこそ、この場に流れる空気は、静寂ながらとても穏やかで心が洗われるようだった。
そんな中「ねこ~~」と言いながら衣里が猫の憩いの場に突撃し、戯れ始める。衣里が猫たちを懐柔し、猫の鳴き声が静寂を掻き消していくが、それはそれで心地良いものだった。
衣里が懐柔させた猫達に退いてもらい、澄んだ水で手を清めながらふっと思ったことを言ってみる。
「思ったんだけどさ、異世界いけるとしてもトラックに轢かれたくはないな」
「じゃぁ、神様に直談判するしかないね」
「え?やだ。絶対いいように利用されるだけじゃん。ボロ雑巾のようになるまで利用された挙句、見捨てられるやつでしょ」
そんなこと言ったら衣理から「お兄ちゃん、ひねくれるよね。偶にめんどくさいし」って言われた。やめて、魂が呪いで更に濁っちゃう。
「どちらかと言うとトンネルを抜けるとそこは、不思議な世界でした。みたいなのがいいな」
車でドライブしながら異世界の幻想的なところに行けそうだから、とかいう単純な理由だけどね。後、痛くはなさそうだし。
「それ転生じゃなくて転移だよね」
「異世界に行けたのだから、転生とか転移とかそういう細かいことは気にしてはいけない」
「確かにそれは間違いないね」
くだらない雑談をした後、本来の目的であるお参りをするため拝殿の方へと進んでいく。近くで見る拝殿は、流石にあちこち劣化してはいるものの綺麗で、それが逆に神聖さと重厚さを拝殿にもたらしているようだった。
神社に行くたびに衣理の幸せを祈っていたので、今回も予定だったのだが、衣理が結構ぶっ飛んだこと言ってきた。
「ここの神様は一回だけならどんな願いだって叶えてくれる方らしいから、いっそのこと神様に異世界行けるようにお願いしちゃう?」
なんだその恐ろしい神様は……宝玉を七つ集めると願いが叶う系の方か?願いによってはすさまじい対価を要求してきそうだな。
「何アホな事言ってんだ衣理?だが、面白い。祈ってみますか」
「流石お兄ちゃん、わかってらっしゃる」
何がわかってらっしゃるのか俺はわからないが、変な祈りをするこのになって神様には悪いと少し思ってる。
「本当に願いを一個叶えてくれるならば、間違いなく神様は大困惑だな」
「ぜひとも神様の焦り顔を見てみたい。でも出来れば願いを叶えて欲しい」
衣里さん、神様弄って遊ぶなよ。ここの神様に恨みでもあるのか?まぁ、あるわな。そんなことを考えていたら衣里が言葉を続けてきた。
「お兄ちゃん、神様にお願いを言うときは“兄妹で一緒に異世界に行けますように”でおねがいします」
何でだろうね?異世界絡むと衣理の目がギラつくんだ。お兄ちゃん若干怖いです。
「わ……わかったよ。それでは」
二礼し鈴を鳴らて、設置されている賽銭箱にお金を入れ二拍手をし、清純な心?で神様にお願いする。
「「兄妹で一緒に異世界に行けますように」」
心の中で祈るのではなく声に出てしまったが、誰もいないので恥をかく心配はない。願い終わり一礼するとと衣里と目が合い、二人でクスッと笑いあった。
「お兄ちゃん。こんな事言うのもあれだけど、こんなので異世界行けたら世話ないよね」
「おい、急に冷めんな、言い出しっぺ。兄ちゃんドン引きだぞ。いや、確かにそうだけどさ」
衣理ってば、意外と夢見ないタイプなのね。
「ふっ、異世界への熱はまだ冷めてないわ。むしろ燃え上がって温度が上昇しっぱなしよ。それよりも結構時間経っちゃったし、お墓参りに行こう?」
いや、すげぇガン萎え発言だったと思うぞ?とりあえず、この話は置いといて。もう一つの目的地である墓参りと、ついでに孤児院に向かうために、この居心地よい神社を去る。
来る時に登った長い階段を降り切り、神社の駐車場に向かって横断歩道を渡っているときだった。
“ボボボボボッ”と騒々しい音が鳴り響く。
何事かと思って二人して音の発信源に振り向くと、こちらに向かって猛スピードで向かってくる車が見えた。巷ではミサイルと言われている車が、まさにその名に違わぬ音とスピードでこちらに向かっていた。驚いている間に、車は自分たちをひき殺さんと、着実にスピードを上げ距離を詰めてくる。
このままだと衣里が轢かれる!そう思った時にはすでに体が動いており、衣里を全力で付き飛ばそうとしていたが、想像以上に車が早く、すでに視界の端に車のフロントが見えている。どう考えても間に合っていなかった。
死ぬと言う事実に絶望するより早く、猛スピードの車が兄妹たちに触れた刹那、世界が停止した。
『願いを受理しました。適性率九割以上、二分以内に死亡予定者、以上の人選条件に合致。これより契約に基づき、転送を開始します。』
どこからともなく響くアナウンス、足元に広がる魔法陣。兄妹がこの停止した世界を認識する事なく、出現した魔法陣により二人の魂は何処かへと送られて行くのであった。
まだ異世界に行かないんすよ