第九話 コミュ障、魔王城入りする
前回までのあらすじ!
コミュ障の息子が嫁連れて帰ってきた!
やってきました魔王城。
リンドウは荘厳でありながら古びた城を見上げる。
石造りの古城は、アリステン領にある実家、領主の館とは趣がまるで異なる。
実家やアリステン領の町並みは前世の基準でいえば彫刻などを施した芸術的なバロック建築で、館を中心として町自体の区画整理も為されていたけれど、魔族領はどうやら違ったらしい。
どちらかといえば直線的、粗野で野蛮なゴシック建築に近い。イメージする前時代的な古城そのものだ。
城壁もさることながら、円錐屋根の最も高い塔、次いで高い位置にある居館。そのいずれもに、緑の蔦が這っている。
その隣に見えるのは礼拝堂だろうか。それさえ実家がすっぽり収まりそうな広さだ。居館に至っては、数百人は居住できる空間だろう。
全体的に人類領域の建築に比べれば、自然のあるべき姿が多く残っているように見える。広大な中庭には緑が残されており、林とは言えないまでも樹木も生えていて、その枝では鳥たちがひなたぼっこで羽を休めている。
綺麗だ……。心が洗われるほどに……。
「【……イメージと全然違う……。……魔王城って、もっとおどろおどろしいところかと思ってた……】」
つぶやいた言葉に、フラウが得意げに胸を張った。
【でしょ。人間さんの町って、綺麗に造られてるけどそれだけだもの。リンドウには悪いけど、アリステン領は何だか味気なく感じたわ】
リンドウは古城にのみ視線を向けて、現実逃避する。
あれがこれから自身の住む自宅となるのだと、心躍らせて。
見ないようにするのだ。あえて。古城までの長き道のりを。
なぜならば、先代魔王であるフラワリィ・フォスターを従えて歩く少年リンドウの左右には、古城の巨大な城門に至るまでの数百歩ほどの空間を埋め尽くすほどの魔族の民らが片膝を地面について頭を垂れ、道を作ってくれていたからだ。
アホっか!! こんなん足が竦むわっ!! 王の帰還か! あ、王だったわ……。
人類の敵がそろい踏みだ。
おなじみゴブリンやオークやコボルトはもちろんのこと、前世でいうところの鬼にあたる人喰いオーガ、下半身だけ植物のアルラウネに、魔族の中でも筋骨隆々の巨大なトロール、さらにでかいサイクロプスに、牛頭ミノタウロス、石像ガーゴイル、首なしデュラハン、有翼ハーピー、獣人はワーウルフに猫人、上位ではデーモンに魔人。
他にもいっぱいだ。
怖いよ! もう帰りたくなってきたよ!
竦みそうな足をむりやり速めて、城門へ急ぐ。けれども魔族たちはリンドウとフラウが通り過ぎると立ち上がり、ついてくる。
やがてそれは巨大な流れを形成し。
「【フ、フラウ……さん……? ……なんか……みんな……ついてきてない……?】」
【そりゃそうよ。みんな魔王城で暮らしているんだもの】
聞いてないよ!? たしかに城下町みたいなのはなかったけど! これから彼らと一緒に暮らすことになるの!?
なるほど、複数ある居館が悉く巨大なわけだ。泣きたい。
魔族の雑踏が背後から徐々に大きくなっていく。みな口々に魔族語で、好き勝手なことを喋っている。
誰!? いま【新しい魔王様っておいしそう】とか言ったの!? 【一口だけでも】じゃないんだよ!!
【ふふ、モテモテね。リンドウったらまだ小さくって可愛らしいから、そういうのが好きな女性魔族たちが狙ってるのかしら】
「【これモテてんの!? か、か、囓られたら場所によっては死んじゃうからね!? ボク人間なんだからね!?】」
【そんなに心配しないで。彼らはわざわざ君を出迎えにきてくれてたのよ】
ありがた迷惑極まりなし!
【みんな新しい魔王を歓迎してくれているわ。強さは魔族の象徴だから。ましてや君みたいにそこに優しさまで加わった魔王ともなれば――】
「【……優しくした記憶……ないです……】」
【それはわたしが生きていることが証になるの。魔王の下克上って、大体が先代の存在を許さずに一族郎党皆殺しにしちゃうものだって言ったでしょ】
だからそれ怖いて……。修羅の国じゃないか……。
【こうしてわたしを生かしたまま、さらには奴隷や側室じゃなく正妻に迎えてくれるなんて、魔族にとっては大事件なのよ。これって魔王歴の中でも初の出来事よ。だからみんなリンドウの懐の深さに感服しているわ】
「【……偽装結婚のこと、どうして先に言っといてくれなかったのさ……】」
【だって、先に言ったらリンドウに嫌がられると思って。ごめんね、わたしみたいなのが妻だなんて名乗って。奴隷の方がよかった? いまから奴隷にする?】
「【い、いい、嫌じゃ……ない……。む、むしろ、ボクみたいなのが……フラウと……】」
フラウの表情に花が咲いた。
【ほんと!? 嬉しいの!? だったらよかったっ】
何やらとても複雑な気分だ。頭の中がゴチャゴチャしていて、うまく整理できない。だけどたしかに嫌な気分ではない。あれほど結婚を恐れていたのに。
ようやく城門に辿り着いたとき、ふいにフラウが腕を絡めてきた。二の腕で味わう柔らかな感触に、リンドウは立ち止まってテンパる。
「【な、ななな何っ!? だ、だだだだめだよ! よよよ嫁入り前の娘さんがそそんなことしちゃ!】」
一度は触ったとはいえ。いや、あれはあくまでも治療行為。やましい気持ちなど、そんなものは、ほんの少ぉ~ししかなかった。
【何言ってんの。わたしは君の妻だから、もう嫁入り後だってば。ほら、振り返って挨拶だけして。一言でいいから】
「【……は?】」
この一万はいると思しき恐怖の魔族集団に向けて? 超絶コミュ障であるボクが? 何を?
呆然として立ち尽くしていると、同じく立ち止まった魔族たちもこちらを窺うように声を潜めて、熱い視線を向けてきた。
首筋がシュワ~っとして、気づけば頭が真っ白になった。何も考えられない。
フラウが慌ててリンドウの耳に唇を寄せ、そっと囁く。
【我についてこい】
「【へ?】」
【言って! 我についてこい。それだけでいい。あとはわたしがやるから】
「【む、むりだよ……】」
【言うの!】
う、うう……。
グビっと喉が大きく鳴った。
呼吸が荒いことを自覚する。涙まで浮いてしまっている。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。血流が音を立てて頭にのぼっていく。
「【わ、我――】」
【もっと大きな声! 何も考えずに叫ぶの!】
何も考えられない。だから言われるままに叫んだ。
情けなくも裏返った、甲高い声で。
「【わ、わわ、ぅぅ、我についてこぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっ!!】」
沈黙。魔王城北方ガラン山脈からいつも吹き下ろしている風の音すらも止んでいた。魔族らは誰一人として、声を発さない。ただその凶悪な視線を、齢十二の、それも人間の子である新たなる魔王に向けるだけで。
失敗した。殺される。逃げるか。ムリだ。フラウにガッチリ腕を組まれている。
「【あ……あ……】」
いまのナシ。
そう言おうと思った直後。
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
割れんばかりの歓声や魔族らの遠吠えが、ガリアベル領全土を揺らした。
音波による空間の震えは凶暴な暴風を巻き起こし、古城を中心として全方位に衝撃波のように散って、さらにガラン山脈で反響する。
人間族の歓声や檄とはまるで違う。
言葉はなくとも野生動物の遠吠えのように力強い。
歓声が鳴り止むまで、どれほどの時間がかかっただろうか。
気づけばリンドウの全身を、かつて感じたこともないほどの熱い血流が流れていた。
【よくできました。さ、行こう。わたしたちの新居に】
フランに肩をつかまれてくるりと回され、リンドウは古城の門をくぐる。その背後からフランの声が響いた。
【新たなる魔王リンドウ・マグダウェル様は、勇猛ながら寡黙な御方であるっ!! だが、多くを語らずとも、数百年混迷を続けた我ら魔族を、必ずや束ね導く偉大なる魔王となるであろうことを、先代魔王であるこのフラワリィ・フォスターが約束しよう!】
再び歓声が沸いた。先ほどよりは、少し小さいけれども。
【――ガリアベル魔王国の強き魔族たちよ、これよりは新たなる魔王リンドウ・マグダウェル様に忠義を示せ!】
三度、沸く。最初の歓声と同じくらいの大きさのものが。
今度は鳴り止まない。ずっとずっと続く。轟く。響く。
フラウは満足げに微笑むと、それを背負うかのようにスカートを翻し、まるでゼンマイ仕掛けの玩具のごとく、ぎこちなく歩くリンドウのあとを追うのだった。
ハァレムの予感!(ならない