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第六話 コミュ障、最適空間を手に入れる

前回までのあらすじ!



魔王(役)の押し付け合いが発生した。

 つまりはこういうことらしい。


 穏健派だったはずの魔王フラワリィ・フォスターは、ゴリゴリ武闘派の配下らの勢いに押されて、マグダウェル家の統治するアリステン領に攻め込まされることになった。


 本来ならば配下からの案など彼女自身が一笑に付すなり突っぱねるなりすればいいところだけれど、NOとは言えない気弱さと、若くして魔王という大役を背負わされてしまったことでの強がりが相まって、ついつい見栄を張って平気なふりでアリステン領へと攻め込むことを許可してしまった。


 ここまで育ててくれた異世界の父よ、母よ、兄たちよ。

 マグダウェル家が滅ぼされる理由は、どうやら小娘のつまらない見栄のようです。そしてボクには止められそうにありません。



【君なら止められるの!】

「【う……う……】」



 フラウが胸の前でパンと両手を合わせた。まるで前世の神仏に祈るときの合唱(ポーズ)のようだ。

 とても可愛らしい困り顔の上目遣いで口を開く。



【お願いっ、リンドウ。わたしの代わりに魔王になってっ!】



 本来であれば、了承すべきだ。

 そうすれば誰も傷つくことなく、あるいは傷つけることもなく、アリステン領を救える。できることならそうしたい。わかっている。わかってはいるのだ、が。



「【むりぃ~……】」



 だって緊張して人前では喋れないもん。NOと言えないのはフラウだけじゃないし、自分はさらにその上をいく重度コミュ障だ。


 魔王職なんて、とてもとても!



「【そ、それに、ボク、君を、倒してない……】」

【倒した。倒されたの。不意打ちだったけど、崖から突き落とされたわ。君のあの体当たりはベヒーモスの一撃よりもずっと痛かった。だって河原で起こされるまで、意識がなかったもの】



 痛かったどころか、死んでたんですよ?

 意識がなかったんじゃなくて、命がなかったんですよ?

 ごめんなさい。言えないけど。



【大丈夫。配下の幹部だって、その光景は見ていたはずよ】



 てか、あんな不意打ちで倒したことになるのっ!? 魔族の下克上って怖っ!! 決闘かと思いきや、なんでもアリじゃないか!



「【そ、その節は……と、とんだご迷惑――】」

【謝罪とかどうだっていいから! 気絶から先に目を覚まして水から掬い上げてくれたのは君だったし、ベヒーモスを倒してくれたのも君だった!】

「【それは、だって、フラウが――】」



 ベヒーモスの脇腹を引き裂き、臓物まで届くほどの炎を宿して弱らせてくれたからだ。一人じゃどうしようもなかったことだけは間違いない。だからみっともなく逃げ回っていたのだから。



【わたし一人じゃムリだったわよ! さっきわたしがベヒーモスに殺されかけたところを助けてくれたのもリンドウでしょ! 五体満足でベヒ肉を貪り食べれたのは君のおかげなんだよ!】

「【う……】」

【少なくとも君は、その若さで魔王に相応しいだけの力をすでに兼ね備えているわ。じゃなきゃ、わたしは不意打ちでも崖から落とされたりなんかしないもの。それだけはこの魔王フラワリィ・フォスターが保証する。あの瞬間、君の動きが速すぎて反応できなかった】



 気弱を自覚している割りに、ぐいぐいくるな、この子。すごく辞めたがっているように見える。魔王職ってよっぽどの激務なのかな。労災あるのかな。残業手当は出るのかな。



「【え、えっと、やっぱり、ムリ……】」

【どうしてっ!?】

「【ボク、そ、その……コミュ障だから……】」

【……は?】



 王になって他人に命令を下すなんてことが、自身にできるわけがない。そもそもマグダウェル家を家出同然に飛び出したのにだって、魔王軍を迎え撃つため以外にも理由があったのだ。


 幼少期より学業は優秀。けれども、友達は一人たりともおらず。家族とさえ必要最小限にしか会話ができず、使用人からは逃げ回る始末。


 あまりに孤独に過ごそうとするリンドウを憂いたマグダウェル家の両親が、他者に馴れさせるために彼に取った方法は、十二という年齢には少々早くはあったが、リンドウ・マグダウェルの婚約者をマグダウェル家に迎え入れるということだった。


 貴族。それも辺境伯サイノス・マグダウェルの子ともなれば、三男坊であるとはいえども憧れを抱く女性は多い。


 サイノスは自らの統治領から身分を問わず、大々的に女性たちを募った。その日からアリステン領はお祭り騒ぎとなった。結婚年齢に達していない幼女から妙齢の女性まで、みなが浮き足だった。リンドウ・マグダウェルの妻となるのは自身である、と。


 そうして集まった数百の候補の中から、わずか十名を両親と二人の兄が選び抜いた。

 いずれも美のつく幼女から、妙齢までの女性だ。身分の違いこそ様々あったが、彼女たちの仕草や作法は概ね貴族に相応しく、加えて才色兼備がそろっていた。中には武まで兼ね備えた少女もいたほどだ。


 やがて、両親はリンドウに告げる。「さあ、この中から好みのタイプの女性を選びなさい。みな、選ばれた際にはおまえを愛すると誓ってくれた女性たちで――」と、ここまで言われたあたりで、リンドウは耳を塞いで叫びながら逃走した。


 愛すべき両親と、強く優しい二人の兄、十名の美女美少女と、数十名の使用人の前で頭を抱えて泣きながら逃げ出したのだ。

 みな、唖然としていた。だからすぐさまリンドウを止めようとする者もいなかった。


 乗り越えられない壁などない? 終わらないトンネルなどない? いや、ある!

 結婚とかいうふざけた社会システムだ!


 できるか! いつも他人と一緒にいるんだぞ! それも異性だ! 同性とだってろくにしゃべれないのに、異性とだ! コミュ障にとっては地獄の始まりじゃないか! ましてや前世から続く筋金入りだ! ワインだったら超高級熟成ものだぞ!


 夜の森が静かに揺れる。

 禁忌の森の魔物が襲ってこないのは、ベヒーモスを恐れて逃げ出したか、あるいはこの少女が魔王なるものであるからか。


 泣きながら己の過去を語ったリンドウを前に、フラウがこめかみに人差し指をあてて目を閉じ、静かにつぶやいた。



【……で、ご両親への恩返しのために魔王軍を止めるため、わたしを暗殺しようかなって思っていたところを、なぜか精霊王ベヒーモスに目をつけられて追いかけ回されてたってわけ……】

「【う、うん……ご、ごめんなさ……】」

【いや、暗殺とかもうこの際どうでもいいわ。わたしだって、そうされて当然のことを君にしようとしていたんだからお互い様。でも、こうして話し合って、ちゃんと知り合ったら、そんな気はお互いもう失せちゃったでしょ? 種族同士でも同じだと思うんだよ】

「【……激しく……同意……。……で、でもボク……魔王には……】」

【そうね。たしかに君は王には向いていないタイプだわ。仕方ないわね】



 ほっと胸をなで下ろす。

 どうやらわかってくれたらしい。魔王にはならずに済みそうだ。アリステン領のことは気がかりだけれども。



【わかった。仕方ない。ほんとはわたしは追放されたことにしてガリアベル魔王国から立ち去ろうと思ってたんだけど、そういうことなら留まるしかないわね】

「【……や、そうじゃなくて、そもそも魔王になりたく……】」

【魔王の世代交代の際には、先代魔王は新魔王によって一族郎党皆殺しに遭うことがほとんどなの。と~っても運がよければ、追放で済む。気まぐれで新魔王の奴隷として生きた例もあったけど、そんなのは例外中の例外よ】



 そりゃそうだ。下克上で魔王就任が成り立つなら、先代魔王を奴隷としてでも手元に置いておくなど危険過ぎる。いつまたやり返されるかわからないのだから。



「【ひぇ……ひどい……】」

【だから追放された体で出てくつもりだったんだけど、君が一人で魔王職をこなせないなら、責任はわたしにもあるから君の奴隷になるわ】



 ぽかんと、リンドウが呆けた。


 奴隷……。友達は欲しいが奴隷……。この美少女が……。段階をすっ飛ばしすぎて、入っちゃだめなところに片足どころか全身までどっぷり落ちてしまっている気がする……。



【ああ、もちろん奴隷っていっても――】



 一度言葉を切ってからフラウが少し目線を傾けて、不安そうに尋ねてきた。



【あ、あの、リンドウなら……わたしに変なこととか命じたりしない……よね……?】

「【へ、変なこと……?】」



 数秒の沈黙。

 思い至り、リンドウが大慌てで首を左右に振った。



「【し、しない! しないし、そもそも奴隷なんてだめだよ!】」

【何で? わたしを奴隷として側に置いてくれたら、参謀役ができるのよ? 交渉の窓口だってできる。ただ首輪をつけて、いつも鎖で繋いどくだけでいいの】



 犬かな?

 プレイがちょっと上級すぎて、頭がクラクラしてきた。



【君は玉座にふんぞり返って、決定をする。わたしはすべて君の決定に従い、相手に伝える。それならできるでしょ。わたしは配下の意見にNOと言えればそれだけでいいの】



 それだけのために人間(まぞく)性を捨てるというのか。

 魔王とはいったい。



「【そ、そういう問題じゃなくて……奴隷っていう立場の方だよ……】」

【リンドウならまだ子供だし優しいから、わたしのことをひどい扱いしないって思えるから平気よ?】



 違う。言っていないだけで、精神はすでに四十路男である。

 あれやこれやと余計なことを考えてしまうお年頃だ。



「【だ、だ、だめだってば】」



 自分でも驚くくらい大きな声が出たにもかかわらず、フラウは平然と続けた。人差し指をピッと立て、リンドウの唇に押し当てて黙らせながら。



【最後まで聞いて。逃げられないわよ。いま君はわたしの軍に、家族や領内の民を人質にされているも同然なんだから。おとなしくわたしを奴隷にしなさい】

「【う……】」



 それを言われるとつらい。

 現両親であるマグダウェル夫妻も、二人の兄も、とても善い人たちだ。心の底から幸せになって欲しいと思っている。


 泣きそうな顔をすると、フラウが慌てたように付け加えた。



【でもきっと、君にとっても悪い話じゃないはずよ。交通費は支給するけど、転移魔法が使えないと距離的に馬ではちょっと通えないから、個室はスイートルームをこちらで完備しとくわ。魔王城の最上階だから防犯設備は完璧よ。当然、最上階には他に誰も住んでいないから、君のプライベートは守られる】

「【!?】」

【ああ、もちろん君は一番えらい魔王様だから、敷金礼金から家賃まですべて無料よ。仕事はあるけど、基本は玉座にふんぞり返ってるだけ。しかも三食昼寝付きでいいわ。あと、これはおまけなんだけど、魔王の部屋には源泉掛け流しの温泉があるわよ】



 ……まじで? ……よくない?



【どう? コミュ障には最高の空間だと思うわ。だってわたしも君と同じで気弱だったから、なるべく一人の時間を持ちたくて、そういうふうに空間を作ってきたもの】

「【!?】」



 交通費云々は、どうせもう実家には帰れないから横に置いとくとして。もしその話がすべて本当だったなら、ほとんど誰とも接することなくひっそり安穏と生きていくことができるかもしれない。


 もしかして、引きこもれる……?

 だめならだめで、また逃げたらいいだけだし……?

 さらに、家族や領民を救えて、人魔戦争の開戦をも防げるとなれば……?


 リンドウが輝く瞳を上げた。



「【……すっごく……魅力的……です……】」

【でしょ? その上で、君の窓口はすべて奴隷のわたしが務めてあげられる。さっきも言ったけど、君の仕事は玉座にただ泰然とふんぞり返っていて、何かを決定するだけでいい】

「【でも、フラウを奴隷扱いなんて……】」



 せめて友達ではだめなのだろうか。


 フラウがふくれっ面で唇を尖らせた。



【んもう。どうしてそこに引っかかるかなあ。リンドウに損はないのに。わかった。じゃあ、そこは別の方法を採るわ】

「【あ、あ、出ていくのもだめだよ……? ボク一人じゃできないからね……?】」

【うん。まかせて。今後に色々と関わってくるからあまり選びたくない方法だったけど、わたしは君の奴隷にはならないし、それでも側にいられるようにするから。ちょっとだけ君の名誉が傷ついちゃうかもだけど。それならいい?】



 何やら不穏な言葉が聞こえたような気がしたが、リンドウは何度もうなずく。


 愛する家族であるマグダウェル家を救うには、もう彼女の話に乗るしかない。何が起ころうとも、もはや断るだけの理由はないはずだ。


 それに自分の名誉などクソ食らえだ。もともと前世からそんなものは持ち合わせていなかった。それで魔族の王女であるフラウの名誉が保てるなら安いものだ。

 奴隷なんて身分は、魔王フラワリィ・フォスターには似合わない。



【よし、契約成立。いくら配下からの意見にNOとは言えなかったわたしでも、魔王(上司)様の命令とあらば、NOを突き返すだけの大義名分ができる。背負っていたものをようやく下ろせる。リンドウは家族とアリステン領の民を守れる】



 魔王フラウが、ほっそりした手を差し伸べる。リンドウは反射的にその手を両手で握りしめていた。

 フラウが心の底から嬉しそうに瞳を細めて、頬を少し赤らめながら微笑んだ。



【ありがとう、決まりね】



 その表情があまりに魅力的で、リンドウは一瞬見惚れる。

 けれども。



【――よろしく、魔王リンドウ様!】

「【……っ!?】」



 直後、美少女の手に自ら触れてしまったことをあらためて思い出し、慌てて両手を離したリンドウは、盛大な尻餅をついたのだった。


住みたい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 天然産の四十年超高級熟成ものエリート級コミュ障。 それこそ気が弱く、「No!」 と言えない程度の十六年モノの小娘魔王様など足元にも及ばぬレベル! …………だから…
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