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第五話 コミュ障、ベヒーモスを食べる

前回までのあらすじ!



言葉通じてたのバレテーラ。

 食べた。精霊王の一角、ベヒーモス――の一部、脂たっぷりのロース肉を。


 少女が風魔法で掻っ捌き、火魔法で焼いた。

 残念ながら調味料がないため、味付けはできなかったけれど、それでも空腹を満たすには十分過ぎた。美味いとさえ感じた。


 二人の周囲には、巨大な白骨がいくつか転がっている。


 一番近かった味は、やはり猪肉だ。しかし食感は牛にも近い。

 ほど霜降り状態になっていた脂が口内の熱で溶ける様は、なかなかに悪くなかった。これで塩や醤油、味噌でもあればとは思うものの、贅沢は言えない。そもそも醤油は似た調味料があるけれど、味噌は未だ存在しない世界だ。



【わたし、初めて食べたんだけど、精霊って案外おいしいのね】

「【……う、うん……】」



 リンドウが、慌てて喉の奥から声を絞り出す。

 少しどもってしまうのが気恥ずかしい。


 少女の傷口はすでに塞がっている。もはやあきらかに人間ではない。そもそも人間であったならば、大樹に叩きつけられた時点で内臓袋よろしく破裂している。


 微かに頬を染め、少しむくれたような表情で少女が口を開いた。



【それにしても、言葉、通じてたのね。ずるいわ。君のこと可愛いとか言っちゃったじゃない】

「【う……】」

【それに戦争は嫌だとか、戦うの怖いとか、人間さんには絶対に言っちゃだめなことも色々話しちゃったし】

「【ご、ご、ごめ……】」



 ぷんすか怒りながらも、目が笑っているように見えるのは気のせいだろうか。

 不思議と、先ほどまで微かに感じていた他人行儀な態度や言動も消えている気がする。嬉しい。嬉しい。



【もう秘密はないわよね? 森でしたわたしとの会話は他言無用だからね?】

「【う、うぃ】」



 幸い彼女は気づいていないし、心マのことは黙ってよう。魔王様に不埒を働いたなどとバレたら殺されてしまう。



【ふふ、何その返事】



 しかしこれがガリアベル魔王国の魔王かぁ~……。


 それも、うちの領地を奪いにきた輩だ。己はこの少女を腹マイト覚悟で暗殺するために家を飛び出したのだ。

 だが、先の戦闘を見る限りは、現状の『万能言語』をフル活用したところで、戦闘能力は似たり寄ったり。むしろ利便性に長けた魔法を無詠唱で使える分、彼女の方が上だ。


 だめだ。だめだ。


 リンドウが頭を振る。


 疑念は『万能言語』の力を制御してしまう最大の敵だ。自身を信じられなければ『万能言語』による暗示は意味をなさない。


 極めてあやしい神曰く、“もしも心の底から自分を信じることができたなら、君は本来、翼がなくとも空だって飛べるはずなのだから。”


 少女は少し膨らんだ腹をさすり、ニコニコ微笑んでいる。

 無邪気な笑顔が眩しい。



「【あ、あの……】」

【何?】

「【……そ、の……】」

【ああ、名前? わたしはフラウ。フラワリィ・フォスター。フラウでいいわ。君は?】



 真っ白なドレスの胸に片手をあてて、フラウは微笑みながら首を傾げた。



「【…………リ、リ、リリンドウ……】」

【リリリリンドウ? 変わった名前ね。呼びにくいわ。リンドウでいい?】

「【あ、や……リンドウ・マグダウェル……です……ハイ……、……なので……リンドウで……いい……です……】」



 リンドウが地面に字を書く。前世の字を。竜胆(リンドウ)、と。


 竜の(きも)を持つくらいの大物に育ってほしいと前世の両親から与えられた名だったが、残念ながら蚤の心臓で人生を終えた。

 にもかかわらず、何の因果か、あるいは極めてあやしい神の気まぐれ(サービス)か、転生後も同じ読みの名を両親から与えられてしまった。


 いっそのこと蚤臓(ノミゾウ)とかいう名前にしておいてくれたならば、笑われることもなかったのに。いや、余計に笑われるか。


 フラウが地面に書かれた字を見て、眉根を寄せた。



【人間さんって、難しい文字を使ってるのね】

「【こ、これは――】」



 竜の胆について説明をしようかと思ったけれど、やめておいた。ややこしいことになりそうだ。



「【……花の……名前……】」



 竜胆は、多年生植物の名前でもある。男らしく生きられない自分には、こちらの方の意味がぴったりだ。



【そうなんだ。わたしの姓名も花を意味しているから一緒ね、リンドウ。仲間仲間っ】



 美少女に微笑まれて、顔を赤く染める。

 こんなこと、前世はもちろん今世でもなかった。



【リンドウ・マグダウェル……か。ん? ちょっと待って、マグダウェル? 君、もしかしてアリステン領を統治してるマグダウェル家の子?】

「【う……】」

【やっぱり!】



 まずい。バカ正直に名乗った結果、これから彼女が戦争を吹っ掛けようとしている相手の一族だとバレてしまった。

 人質などにされた日には、こんな自分を見捨てずに育ててくれた異世界の両親に申し訳が立たない。



【だからわたしを殺そうとして崖から突き落とした……ってわけじゃないわよね】



 リンドウがものすごい勢いでコクコクとうなずく。



【リンドウの背後に追っかけてきてるベヒーモスが見えたから、あれから逃げてたのよね?】

「【そ、そうだよ! ご、ごめん……】」



 半分嘘だが、半分は本当だ。

 そもそも、ここまで関わってしまった以上、この少女魔王フラウを殺す気などとうの昔に失せてしまっている。一回は不慮の事故で殺してしまったけれども。できない。そんなことは。でなければ、ベヒーモスから助けたりはしない。


 でも、このままではマグダウェル家が統治しているアリステン領が魔族によって攻め滅ぼされるのも時間の問題だ。


 いずれにしても、言葉が通じていたことがバレてしまった。

 このままではよくて降伏勧告を伝えに戻らされるか、最悪、人質にされるかだ。いますぐにでも立ち去らねばならない。


 フラウの笑みが変化した。

 それまでの無邪気な微笑みではなく、瞳を細めて口角を不自然なくらいに引き上げて、ニタリ、と。



【これは神の思し召しかしら。それとも――】

「【う……】」



 膝を浮かせようとした瞬間、焚き火を跳び越えてフラウがリンドウの肩に手を置いた。一瞬のできごとだった。

 わずかに上がった膝が、強引に、力任せにゆっくりと下げられる。


 肉体強化フィジカル・エンチャントを使用していなかったとはいえ、細腕からは考えられない力だ。


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 初めて、この魔王に恐怖を感じた。


 整ったフラウの顔が、至近距離にまで近づけられる。まるで薄桃色の紅を引いたかのような唇が、微かに動いた。



「【ひ……っ】」

【ねえ、リンドウ。君、わたしの代わりに魔王をやってみない?】

「【ひ、人質に、なるくらいなら、こ、こ、殺……へ?】」



 ややあって、リンドウは眉根を寄せる。

 あまりに想定外過ぎた言葉に、理解がまるで及ばない。



「【はい……?】」

【ああ、色々すっ飛ばし過ぎちゃったわ。ちょっと待って、頭の中で整えてから説明するから!】



 そう言うと、フラウはリンドウの肩から手を離して自身のこめかみに人差し指をあてた。

 ざわ、ざわ。禁忌の森のざわめきと、動物たちの声だけが響く。


 そうしてしばらく――……。



【えっと、じゃあ説明するね。最初に言った通り、わたしは戦争なんてしたくないの。今日にでも攻め込む予定だったアリステン領の領主一族の君に言葉が通じるなら、和平交渉を申し込みたいのよ】

「【そ……れは……、……願ってもない……】」



 正直なところ、辺境と呼ばれるアリステン領への王都からの援軍は、距離的に考えて期待できない。マグダウェル家の抱える兵の数は、およそ二千名。対する魔王軍の数は、報告によれば目視範囲で五千体以上だとのこと。


 さらに奇跡的に援軍が間に合って同数になれたとしても、肉体性能や魔力に優れた魔族と正面からぶつかり合った場合の勝率は、考えるまでもなく低い。

 むしろ皆無だ。魔王軍の三倍の人数は最低限必要だろう。


 だからこそリンドウは、魔族の軍が領地に近づく前に、魔王を暗殺すべく家を飛び出したのだから。

 もちろん、他にも家出をするだけの理由はあったのだけれど。



【だよねっ、だよねっ?】



 でも、それと自身が魔王になるという話の関係性がわからない。



【でも、さっきも言ったけど、わたしの配下は殺る気満々なわけ。わたしじゃ止められない。だってわたし、NOとは言えないヒトだから。気が弱いの】

「【う、うん】」



 わかる。すごく。でも彼女くらいペラペラ喋れても、NOを突きつけるのは難しいのだとしたら、自分ではもはや絶望的だろう。



【でね、魔族の魔王って基本的に世襲制なのよ】



 また話があさっての方向にぶっ飛んだ。

 リンドウは首を傾げる。



【本来ならわたしの子が襲名しなきゃだめなわけ。あ、もちろんわたしにまだ子供なんていないからね? ヤダー、そんな目で見ないでよおっ!】



 何もしていないのに、自分の言葉で勝手に照れる女の子から、バシバシと肩を叩かれる哀しみ。でもなぜかちょっと嬉しい。不思議だ。



【ただし、世襲制の他にも魔王を継ぐ方法があるの。それは、誰かが魔王と戦って倒すこと】

「【……あ……。……た、倒したヒトが……?】」

【そ。次の魔王になる。魔族にはそういう決まりがあるの。それも、種族問わずよ】



 おかしいぞ。それだと、魔王を倒した人間の勇者が魔王になっていても不思議じゃないはずだ。勇者にだって、人格の歪んだやつはいっぱいいるのだから。

 そういった勇者が、この大陸に何体か存在する魔王を一体倒したという話は、数十~数百年に一度は起こりうることだ。



【ちなみに人間の勇者が魔王になったという歴史がないのは、魔族と言葉が通じないからよ。魔族としても意思疎通すらできない生物を、王には選べないから】



 思考を読んだかのように、フラウがこたえをくれた。



「【……あ……】」

【でも、リンドウ。君なら人間であってもそれができるわ。君が魔王になったなら、アリステン領への攻撃の中止を決定したらいいの。魔族の大半は、絶対に魔王の決定には逆らわないから】



 いや、そんなの自分でやってよ~……。


気が弱い割りに押しが強いぞ。

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