第十六話 コミュ障だけど仲良しだよ
最終話です。
フラウがメリエを下がらせる。
その頃にはすでに腕の修復を終えていたメリエは、指先でスカートの裾をつかんで軽く膝を曲げ、頭を下げてから謁見の間を去った。
彼女をドアで見送ったフラウが、大慌てでリンドウのいる玉座へと駆けてきて、その両肩をガシっとつかんだ。
「リンドウ!」
「あ、え、は、はい?」
「大丈夫だった? あいつに触れられてない?」
「え、あ、う、うん。こ、怖かった、けど。触れられてはないよ」
フラウが胸をなで下ろす。
「最初のお仕事にしては、ちょっとヘビィなのがきちゃったわね」
「うん……」
口元に手を当てて、フラウが夕焼け色の瞳をリンドウへと向けた。
「それにしても驚いたわ。まさかあのライデン伯に攻撃されてまで、本当に眉一つ動かさないなんて。動こうとしたのは、メリエを助けようとしたときだけよね?」
「それはだって、フラウが絶対に動くなって言ったから……」
もちろん限度はある。あと薄皮一枚分も、あの臭くて汚い掌が迫っていたら、回避するつもりだった。『万能言語』による暗示はメリエがやられた時点ですでにかけていたし、それができるだけの自信もあった。
殴ることにはどうしても躊躇をしてしまうけれど、避けることには躊躇いがない。気楽だから。
「バカね~……。それでも死んじゃったら元も子もないでしょ。わかってる? 何事も臨機応変、且つ、ほどほどにしなさいってことよ」
「う、うん」
「わたしは君に命令できる立場にないの。あくまでも魔王は君で、わたしは妻よ。もしわたしの意志とは反対の行動を君が取りたいって思ったときには、そういうふうに動いていいから。フォローは頑張るから、ね?」
「うん」
や、結構余裕を持って避けられたんだけどな、あれでも……。あいつと会話をしろっていわれるよりも、戦えっていわれる方が気楽っぽかったし……。
精霊王ベヒーモスに比べれば、ライデン伯爵は割と本気で小物に思えた。精霊王が魔王級の力を持つ存在なのだと、いまさらながらに痛感する。
フラウが両手を腰に当てて、頬を膨らませた。
「おねーさんにあんまり心配かけさせないでよ」
「あ、ありがと……」
何か照れる。
どうもフラウは他の女性と違って、距離の取り方がヘタなようだ。まるで姉弟や両親のような近さで喋ってくる。物理的にも、精神的にもだ。近い。とにかく近い。
まあそれも、フラウが己を子供だと勘違いしているからだろうけれども。
けれど、それが、そんなことが嬉しいと感じられる。こんなことは前世から今世に至るまで初めてのことだった。
「だけど、まずったわね」
「?」
「ライデンの報告次第では、停戦状態になってるガリアベルとエルグリアが事を構えることになってしまうかもしれない」
「戦争ってこと!?」
「最悪はそうね。あるいは、君に暗殺者を送り込んでくるかも」
「そうなんだ。……えっ!?」
そんなものに狙われたら、おちおち寝ることもできないじゃないか!
「まあ、あまり心配はないと思うわ。何てったって君の部屋は魔王城大居館の最上階だし。兵士や将軍家族のいる下の階から上がってくるしかないわけだしね」
「……魔族には空を飛んでるヒトたちもいるよね?」
有翼種のハーピーや、デーモン。あるいは外壁を登れるリザードマンや、その気になればフラウのような魔人種だって。
「君の隣にはわたしがいるよ? 隣室でも不安なら、しばらく一緒のベッドで寝たげようか?」
青白く染まっていたリンドウの顔色が、一瞬で真っ赤に染まった。血流が首を駆け上がって流れる音が聞こえた気がした。
「や!? そ、それ……は……」
「あれ? あれれ? えっへっへ。リンドウったら真っ赤になっちゃって。なぁ~にを意識してんのかなあ、おませさん? 心配しないで。おねーさんはモラルがしっかりしてるから、可愛いからってだけで子供を襲ったりしないよ」
そういう冗談はやめてくれ! こちとら中身は四十の純情おじさんなんだよ!
「君が怖くて眠れないならって話ね」
「……冗談じゃなかったんだ……」
「別にいいわよ? あ、でも君付きの侍女たちには、ずるいって叱られちゃうかな?」
どういうことっ!?
「ま、リンドウなら万に一つのこともないと思ってるよ」
信頼されてる! 男としては嬉しいようで、反面哀しいようで!
「君の実力なら、それこそ暗殺者が魔王クラスの強さを持ってないと、暗殺なんてできるわけないと思うから」
「あ、何だ、そっちの話かぁ~」
フラウが眉根を寄せて首を傾げた。
「そっち? どっち?」
「うべっ!? や、やや、何でもないですハイッ!」
「あ、それとだけど。人間族語をガリアベルの第二言語にする案、メリエに一任していいかしら?」
「えっと……」
キュバス種の使用人だ。
「大丈夫よ。メリエはとっても頭がいいから。わたしより早く習得できるわ。何事にも丁寧だから、若い魔将軍たちの間でも人気なのよね。彼女が先生なら、みんなおとなしく習ってくれると思う」
「あ、じゃあ、メリエ……さんに任せ――」
「メリエ。呼び捨てして。魔王が威厳を失えば、命もなくすわよ」
「う……」
フラウが玉座のリンドウの頬を、指先で突いた。
「そもそも何よ。わたしのことは最初から呼び捨てだったくせに。なんでメリエだけメリエさんなわけ?」
「そ、そそそ」
まったくの無意識だった。
おそらくだけれど、メリエは前世でいうところの社会人に見えてしまっていたのだろう。フラウはせいぜい高校生といったところか。立場的にはフラウの方が遙かに上なのだけれど。
フラウの表情が不満そうに歪む。
「……タイプなの?」
「は……ひ……?」
「君もメリエみたいなのが好みのタイプなの?」
「ち、違っ」
そりゃあ、胸は大きいし色気もあるし、何だか優しそうだし、とても魅力的なヒトだ。でも、自身は。そうじゃない。そんな大それたことなど考えてもない。
なぜなら、ただ話ができるだけでいいと、心の底から思っているから。
「ボ、ボクは……コミュ障で……フラウとしか……う、うまく、話せない……から……」
「から?」
から!? か~ら~の~? 続くの!?
夕焼け色の視線と、夜色の視線が重なる。
空いた毛穴から、ドチャっと汗が出た。
「……フ、フラウ……の……方が……?」
「わたしの方が~?」
方が!? フラウの方が何っ!? まだ続くの!? 何言わされてるの!? てか自分で自分の言葉にびびるわ! フラウの方が何だよ!?
考えろ、考えるんだ、リンドウ・マグダウェル! くっ、汗が目に入って前がよく見えない!
「した、し、したし、み?」
「親しみかぁ~」
何だかあからさまにがっかりされていた。
「ふふ」
「……あはは」
でもその後、彼女は笑顔で。
ボクもそれに釣られて笑って。
コミュ障のせいで流れに流されて偽装結婚までしてしまったけれど、これからもフラウとなら、魔王だってやっていけるかなって、そんな気がした。
幸せそうで何より……。




