第十三話 コミュ障は視線で殺す
前回までのあらすじ!
楽しそう。
魔王としての仕事がいよいよ始まった。
生唾を飲み、当初決めたように魔王城謁見の間の玉座に腰を下ろす。フラウが夕焼け色の瞳をリンドウに向けながら、念を押す。
「いい? 基本的に受け答えはわたしがする。君はただ、黙って相手を上から見下ろしているだけでいいからね。見下ろす――ううん、むしろ見下すの。自分こそが頂点であると、相手に見せつけるの。舐められたらだめよ?」
「う、うん……自信なくなってきた……」
見下す……? とりあえず上目遣いにはなるなってことかな……?
「玉座は台の上にあるから、小さなリンドウでも大丈夫なはず」
「お、お、大きいヒトがきたら……?」
初めてこのガリアベル城を訪れたときに見たサイクロプスなどは、この玉座の天蓋ほども身長があったはずだ。
「殺す気で睨む。視線で殺る。ぶち殺す」
「ええ……」
「あのね。これはとても大事なことよ。魔王の世代交代の話を思い出して」
「たしか、世襲制の他にも魔王を殺した者……が……」
リンドウが青ざめていく。
「そう。殺害に成功した者が、次の魔王になる。なれる。自分より弱いやつを、魔族は魔王とは認めない。舐められたら終わり。君は命を狙われる立場になるわ」
「……ひぇ……」
喉の奥から変な声が漏れた。
考えたこともなかった。勇者位や爵位を欲しがる人間が後を絶たないように、魔王位を欲しがる魔族だって少なくはないはずだ。
つまり、自身はこれからずっとそういった輩に見張られることになる。そして彼らより力が劣ると判断された暁には。
「う、うう……」
安請け合いしてしまった。やはり魔王になんかなるんじゃなかった。
いや、しかし自身が魔王にならなかったら、アリステン領は壊滅していた。家族だって無事じゃなかった。でも、でも。
リンドウが頭を抱える。
「大丈夫。君は大抵の魔族より――ううん、魔王に匹敵するくらい強いから。そこにわたしが加勢すれば、それこそ他の魔王たちが手を組むとか、人間族のリーシュ王でも出てこない限りは大丈夫なはず」
「だ、だ、だよね? で、でも、できれば戦いたくない……」
「わたしだってそうよ! だからこそ、君には強権であって欲しいの! この謁見の間は魔王の威厳や権力を象徴するために、こうして豪華な作りにしてあるんだからね!」
謁見の間は、シンプルで飾り気の少ない石造りの魔王城において、唯一、煌びやかに飾られた部屋だ。
天蓋つきの玉座から見えるのは、踏めば音もなく静かに沈む赤絨毯。黄金や白金で彩られた壁には精巧に掘られた様々な神像が並び、高い天井からは無数の魔導灯の立つシャンデリアが吊されている。
この部屋一室で、アリステン領の実家が収まるくらいだ。
「……」
「そんなに緊張しないで。堂々と胸を張って。大丈夫。君が慣れるまでは、大体の受け答えはわたしが――と」
正面の大扉が鳴った。金属のノッカーが打ち鳴らされた音だ。
「ひぇ……っ!?」
リンドウはもう一度生唾を飲み、慌てて背筋を伸ばして居住まいを正した。
その隣に立ち、フラウもまた居住まいを正し、咳払いをしながら表情を引き締める。
【入れッ!】
大扉がゆっくりと開かれた。滑らかに、蝶番は軋まない。あるいは緊張のしすぎで、そんな音さえ聞こえなくなってしまっているのか。
【失礼いたします。魔王リンドウ様】
しかし入室したのは、使用人服に身を包んだ女性魔族だった。蝙蝠のような翼に、鋭い牙。背中まである頭髪は炎のように赤く、しかし瞳の色は空のように青い。
フラウに勝るとも劣らない美人だ。人間族の見た目に照らし合わせれば、二十代の前半といったところだろう。
【わたくしは王室付き使用人、キュバス種のメリエと申します】
「……」
彼女は玉座の置かれた台の前で立ち止まると頭を垂れ、使用人服のスカートを指先で摘まんでわずかに膝を曲げた。
それが己に対する挨拶だと気づくまで、しばらく。
「……」
しかし気づいてなお、無言で見下ろす。無言で見下す。視線で殺す。ぶち殺す。
小さな肉体からあらん限りの威圧を込めて、美しい魔族を睨めつける。つま先からアホ毛の先まで舐めるように睨めつける。
「……ッ」
【あ、あの、リンドウ様……?】
メリエの声が微かに震えた。
「……ッ」
【わ、わたくしが何か……?】
それでもリンドウは睨めつける。見下す。
まるで路地裏にぶちまけられた生ゴミ以下の物体を見るように、なんの感情もなく冷たい視線で玉座から、キュバスのメリエをただ見下す。
いまやメリエは視線を泳がせ、額に汗を滲ませ始めていた。
【も、申し訳ございません! わた、わたくしが、あなた様に何か無礼を働いてしまったのであれば……】
言葉は聞こえていたが、緊張のあまり、意識を素通りしていた。
「……ッ」
ゆえに睨む。睨む。見下す。緊張で血走った目をあらん限りに剥いて、瞳孔をかっ開き、下唇を捲り顎をしゃくって、涙さえ浮かべてただひたすらに。
メリエが青ざめながら後ずさった。
【ど、どうか、どうか、お、お許しを! 魔王様!】
「……ッ」
睨めつけながら、リンドウもまた背筋に汗をかき始めていた。怯えていたのだ。メリエと同じくして、リンドウ少年もまた。
なんかめっちゃ怖がられている……気がするけど……こ、これでいいの? これが正解なの……?
【……あ……あ……っ……】
「……ッ」
しかしこれ、いつまで続くのか。
ふとそんなことを考えた瞬間、頬に微かな風があたった。
そちらに血走って涙すら浮いた視線だけをギョロリと向けると、フラウが真っ青な顔で唇の端から息を必死でこちらに吹きかけていた。
えっ、何!? 何々!? ボク何か失敗してる!?
視線が合った瞬間、フラウが凄まじい速さで小さく首を左右に振った。しかも笑顔でだ。わりと必死な笑顔で。
「え? え?」
「やりすぎっ!! それじゃもうただの暴君だからっ!!」
笑顔のまま、口調だけ激しく罵られる。
「あ? え? ……フラウ……は、喋っていい……の……?」
威厳が! 元魔王に叱られてる現魔王なんて威厳が消えちゃう! メリエさんに命を狙われちゃう!
「どうせメリエには人間族語なんてわかんないからいいのっ。彼女から見れば、いまわたしたちは謎の言葉で、にこやかに会話をしているようにしか見えてないっ」
「あ、そっか」
いまやメリエは腰砕けとなり、赤絨毯にぺたりと座り込んでしまっている。元魔王と現魔王の間で、怯えた視線を行き来させながら。
「あと、非戦闘員のメリエには威嚇する必要ないからっ。必要があるのは近隣からの使者や、舐められたら困る魔王軍関係者だけっ」
「え、そ、そそ、そうなんだぁ……」
そういうことは先に言っておいて欲しい。などと言えるようなら、そもそもコミュ障とは言われなかっただろう。
「てか、わかんないことがあったら、まずわたしの方を見て」
「う、うん。ごめんなさい」
「はい、いまのだめ。たとえ相手が妻だとしても、他人の前では絶対にわたしに謝らない。人間族語だからセーフだけど」
「う、うう」
フラウがメリエへと向き直る。
【メリエよ。誤解をさせたようだが、魔王リンドウ様は、別にお怒りになっておられるわけではないのだ】
【え……】
大仰にフラウが右腕を振った。
【この威圧は、リンドウ様の小さな御身には収まりきらぬ大いなる暴力が飽和したに過ぎぬ。これがリンドウ様の常態であると心得よ。今後無用に怯える必要はない。我らが魔王様は、心根優しき男児だ】
何そのしゃべり方っ!? フラウ、変なものでも拾い食いしたの!?
てか、ハードル上げないでっ!? ボク、ただのコミュ障なのにめっちゃ怖いヒトに思われるじゃないか!
【あ……、さ、左様でございましたか……わたくし、てっきり……】
大きな、とても大きな胸に両手をあてて、メリアがふぅと安堵の息をついた。
【よかった……。まだ生きてる……】
いやいやいやいや、そんなことくらいで殺さないから! 魔王のイメージってどうなってんの!
ひらすら睨め!




