第十一話 コミュ障と統一王
前回までのあらすじ!
小娘がぐいぐいくる。
フラウが眉根を潜めてつぶやいた。
【人間の言葉?】
「【うん】」
朝食。何かの燻製肉をカリカリに焼いたベーコンと、何かの卵を焼いた目玉焼きと、何かやたらとカラフルな生野菜のサラダ、そしてふつうのパンだ。
【わたしが?】
「【うん。おぼえてもらっていい?】」
昨夜は魔王の部屋のキングサイズはあろうかというベッドの、右上の隅っこで小さく丸まって眠った。
主寝室は広すぎ、ベッドはでかすぎで落ち着かず、よく眠れなかったというのが正直なところだ。切実に、主寝室と客室を取り替えてほしいところだけれど、フラウは頑として首を縦には振らなかった。
【なんでまた?】
彼女の夕焼け色の瞳がこちらを照準する。
どこか郷愁をかき立てられるような色だ。前世の、ずっと小さかった子供の頃とか。
「【えっと、あー、あー】」
【?】
グビっと喉が鳴った。一度深呼吸をして気持ちを落ち着け、口を開く。
「【フ、フラウは、人間族との戦争は反対なんだよね?】」
スムーズに言葉が出る。
驚いた。家族とさえ辿々しくしか会話できなかったのに、不思議とフラウとなら言葉に詰まることがなくなっている。
おそらく吊り橋効果みたいなものだ。恐怖に駆られながら夢中で対話をしてきたから。こうなってくるとベヒーモスにさえ感謝だ。
【そうよ。わたしはただ安穏と暮らしたいだけだもの】
サラダをベーコンで包み、フォークで口に運びながら、フラウがつぶやく。
「【ボクたちがこうして一緒に食事を取れるような関係になったのは、ボクが魔族語を話すことができたからだよね】」
【まあ、そうね。ふふ、朝食を一緒に取る関係って。まるで本物の恋人同士みたいな言い方をするのね。朝チュン?】
「【ち、違っ! そ、そういうんじゃななないから!】」
【知ってる、それ。ツンデレ】
なんでそんな新旧の前世用語を知ってるんだ……。
いや、これも『万能言語』の翻訳か。どうやら似た言葉がこの世界にもあるらしい。
絶句していると、フラウが微笑みながら首を傾げた。
【冗談よ。だって君、まだまだ子供だもの。そんなこと考えるのは十年早いわ】
「【か、考えてないよっ。……子供でもないし……】」
四十路のおっさんです。はい。
【ん~? 背伸びしたいお年頃?】
「【も、もういいよ。それで話を戻すけど、フラウにも人間の言葉をおぼえてほしいんだ。それでね、フラウを通じて他の魔族、そうだな……最初は魔将軍さんや宰相さんに広めていってほしい】」
【あー、なるほど。今後の人間族との付き合い方を決めるにあたって、ということ】
「【そう、それ!】」
現状、リンドウの故郷であるランドール王国の辺境アリステン領と、この魔族の小国家であるガリアベル魔王国は互いに不可侵という立場を取っているが、正式に条約を交わしたわけではない。
当然である。アリステン領は人類の統一王が治めるランドール王国の領地なのだから。統一王が認めていないのに、アリステンの一領主にしか過ぎない父サイノス・マグダウェルが、魔族との同盟を締結できるわけがないのだ。
それに人間の中にも、魔族の中にも、この微妙な現状をよく思わない輩はいるだろう。そういった輩を今後増やさないためにも、両種族ともに、相手種族に対する理解は深めておいた方がいいだろう。
【なるほどね。うん。ちゃんと考えてるみたいね。最初の決めごととしては、上出来なんじゃないかしら。君って案外王に向いてたのかもね】
褒められただけで、全身の血がカ~っと頭に上っていく音が聞こえたような気がした。
嬉しい。嬉しいのだ。
前世ではほとんどなかったこと。今世では先日あったばかりだけれど、そのときよりもさらに嬉しいと感じるのはなぜなのか。
誤魔化すように咳払いをして、リンドウは続ける。
「【ただ今後、アリステン領と父の立場がどうなっていくかはわからない。統一王のリーシュ・レアンドル様は、魔族と友好を結ぶことを、きっと許してはくださらないだろうからね】」
【そうなの? お互い言葉で話し合う機会はできないかしら? 君なら魔王兼人間だし、言葉も完璧に伝わるし、可能性ない?】
人見知りであることを忘れてませんか? とはいえ、リーシュ王に関しては、それ以前の問題がある。
「【父のような領主なら、応じてくださる方もいらっしゃるかもしれないんだけど、リーシュ王は難しいと思う】」
【なんで?】
「【父ですらお会いしたことはないそうだけれど、あの方は、魔族を相当恨んでおられるからだよ】」
リーシュ・レアンドルは初代統一王だ。
彼が現れるより以前、現在のランドール王国の首都は、一介の小国家に過ぎなかった。
当時はいまよりも人魔戦争が激化していて、現アリステン領もまだ魔族領域だったのだとか。
人類は肉体性能・魔力性能ともに勝る魔族の攻勢に押し込まれていた。魔族領に近しい場所にあった国家から順番に滅ぼされ、そしてその番がやってきた小国家ランドールもまた、壊滅に近しい状況にまで追い込まれてしまっていた。
否、王とその一族の死は、国の滅亡といっても過言ではない。なかったはずだった。
だが、そこに――。
「【そこに突如現れたのが、ランドール王家の血を引くリーシュ王子だったんだ。ボクと同じく三男だったらしい。侵略戦争から落ち延びたリーシュ王子は、反撃に転じるために近隣国家で旗揚げをした。でもその数も、最初はわずか四名だったそうだよ】」
【向こう見ずね】
「【うん。それでも彼は先陣を切って、小規模な魔族集団を斃してまわった】」
やがてリーシュの噂を聞きつけた猛者たちが力を結集し始め、規模は数十名となった。
その数ヶ月後には、数百に。
さらに翌年には近隣国家の援助介入によって数千、数万にまで膨れ上がった。
どれだけ規模を大きくしても、リーシュ・レアンドルは剣を手にして先陣を切った。続く兵たちはみな、彼の勇猛果敢な姿に憧れた。惚れ込んだ。心酔した。
そしてついにリーシュは、小国家ランドールを魔王軍からの奪還に成功する。
他国が彼に預けた数万もの軍勢は、リーシュ・レアンドルという青年に魅了された。自国を取り戻し戴冠の儀を終えたリーシュ王の下に残ることを、大半の者が望んだのだ。それどころか、彼に付き従いたいと望む者はさらに増え続けた。
一小国家に過ぎなかったランドールは爆発的に人口が増加し、いつしか人類最強の王国となっていた。
しかしリーシュはそういった現状に甘んじることなく魔族領域を果敢に攻め続け、当時から数体存在するうちの一体の魔王――彼の国と家族を奪った魔王をついに討ち果たし、ついには禁忌の森の向こう側にまで魔族らを追いやることに成功した。
他国はランドールの傘下となることを自ら望み、国家という名目を捨てて、ランドール王国の領地となっていった。
ここに人類統一王リーシュ・レアンドルが誕生した。
「【緩衝地帯となった禁忌の森の監視のため、新たに辺境に築かれた領地こそが、アリステン領なんだよ。そのアリステン領が魔族と友好を結ぶなんてこと、彼の許しを得られるはずがないんだ】」
食事を終えたフラウが、テーブルを指先で叩く。
【リーシュ・レアンドルが魔王を討った? 人間でいうところの人類王以前に、勇者位になったってことよね?】
「【うん】」
【君みたいな力を持つ人間って、そんなにいるの?】
「【ボ、ボクのは、ちょっと……特殊かも……。た、たぶん? リーシュ王の力とは違うと思う】」
転生チートの話なんてしたって、妄言に思われるのがオチだ。
ましてや極めてあやしいとはいえ、神様にもらっただなんて。いや、でも、この魔王城には礼拝堂もあったな。
魔族も何らかの神を信仰しているのだろうか。
【でも、そっか~。ご家族をどこかの魔王軍に殺されちゃってるのね】
「【うん。だから彼が生きてるうちは、両種族の友好はちょっと難しいかもしんない。ちなみに伝説通りなら、御年はまだ五十くらいだよ】」
言ってからヘコんだ。
己と十しか変わらない。十年後の自分にそんな偉業を成し遂げられるとは到底思えないし、もし同級生にそんなやつがいたら自分の情けなさが虚しくなってしまう。
あ、いまはボクも魔王か。
魔王になって最初のオーダーは、魔族らに人類言語を広めることだった。
の一行で済んだ話!!




