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第21話 槍からビームは出ない

 デュランとアーロンの二人は街へと帰る道をトボトボと歩いていた。

 その歩みは遅い。うつむき、大きなため息を吐く。


「はぁ……体中が痛てぇ……なんかついでに馬車も持っていかれちまったし……団長にどう言い訳すればいいんだよ……」


「素直に言うしかない……」


「読み違えたなぁ……立ってる姿はかなり強そうで気のよさそうな兄ちゃんだったのに、一回打ち合ったら、あっこれ戦っちゃダメな奴だ……! ってなったぜ」


「……率直に聞くが、あの剣士と団長ならどちらが強いと思う?」


 二人は足を止めた。長い沈黙のあと、口を開く。


「わかんねぇ……。絶対団長もあの兄さんも常人が到達できる限界を軽く越えてるぞ。常人の枠に収まってる俺たちには理解できないと思うぜ」


「なるほどな……」


 とても長く感じる道を歩き続け、二人は街に到着した。

 借りている宿の前で夕暮れの空を眺めてから意を決して団長の元へ向かう。


「団長……戻りました……」


 団長は酒を飲んでいた。床には空き瓶が多く転がっている。

 二人の方を見ると片方の口を釣り上げた笑顔でいう。


「派手にやられてるじゃねぇかデュラン。エルフの里で楽しいことでもあったか?」


「全然楽しくなんてありませんでしたよ……。略奪は失敗しました……ついでに馬車も奪われました……」


「おうおういいねぇ。略奪旅団から略奪なんておもしれぇじゃねぇか。んで、相手はどんなもんだったんだぁ? エルフとやりあったにしては泥臭い傷しか負ってないみたいだが」


 団長は顎の髭を撫でながら興味深そうに聞く。


「それが……エルフじゃないんですよ」


「どういうことだぁ?」


「エルフの戦士は特に強くなかったんです。アーロンの脚力強化だけで完封できる程度の相手で、それでエルフたちを脅して馬車に金目の物を積み込ませるところまで行ったんですが……」


「順調じゃねぇか。そこからどうしてそんなんになっちまうんだ?」


「積み込みが終わって出発しようとしてたら、人間の男が一人出てきたんです」


「人間の男が一人? じゃあなにか? お前ら二人はそいつ一人にやられちまったのかぁ?」


「そうです……。丁度団長と同じような赤髪で、気の良さそうな兄さんだったんですけど、いざ戦ってみたら強化が入った俺の動きを余裕で目で追ってくるし、攻撃も全部見切られるしでどうにもならなかったんです。俺たち程度じゃ相手になりませんでしたよ……」


「ほーう。おもしれぇ奴だな。俺の団員二人を一人でやっちまうような奴がエルフの里にいたのか。……ん? ちょいと二三聞かせろ」


「はい。なんですか?」


 団長は持っていた酒瓶を床に置き、座り直してから口を開いた。


「そいつは剣士か?」


「はい。どっからどう見ても剣士でしたよ」


「俺と同じ赤髪だったんだよな……年は十、七か八あたりか?」


「えぇっと、たぶんそのくらいだと思います」


 団長の頭には一人の顔が浮かんでいた。


「名前はどうだぁ? 聞いたか?」


「名前ですか? ――エルド。エルドって呼ばれてましたよあの兄さん」


 その名前を聞いた団長は口を大きく開けて笑い出した。

 愉快そうに膝を叩く。


「そうかぁ! あぁそうかぁ! ちびっ子だったあのエルドが俺の団員二人をやっちまえるくらいになぁ!」


「えぇと、知り合い、ですか?」


 団長は自慢するように、その名前を口にする。


「――エルド・ストレングス。この俺、ゼウス・ストレングスの甥っ子だ」


「えぇ……嘘だろ……あの兄さんストレングスの一族かよ……しかも団長の甥っ子なんて、俺ら生きて帰ってこれたのが奇跡じゃないですか……」


 ストレングスの一族。

 世界の歴史を紐解けば必ずと言っていいほどに出てくる家名。

 ストレングスという家名を持つものは総じて逸脱した武力を持つ。

 歴史にはストレングスの家名を持つ者が多数記されている。

 その者たちはみな同じ場所で生まれ、同じ場所で育ったとされる。

 ストレングスの隠れ里。

 それが、この世のどこかにあるとされる、人外魔境だ。


「よっこらせっと……よし、行くぞ」


 ゼウスは立ち上がる。肩を慣らすようにぐるぐると回す。


「行くってエルフの里にですかっ?」


「んあぁもちろんよ」


「なにをしに行くんですっ?」


「そりゃあー決まってんだろ」


 二人はゼウスのその立ち姿に、ただならぬ闘志を感じた。


「甥っ子の成長を見に行くんだ」



§



 それは晩ごはんができるのを待っている時だった。

 ものすごい気配を感じる。エルフの里に近づいてきているようだ。

 うーん。どこかで感じたことのある気配だな。


「フィリア、悪いが俺は少し出てくる。晩ごはんに遅れてしまうかもしれない」


「もうすぐできちゃうけど、どうしても今じゃなきゃダメなことなの?」


「あぁ。悪いな。気にせずみんなで食べていてくれ。俺は後で食べさせてもらう。フィリアの料理は冷めてもおいしいだろうからな」


「あったかいうちに食べてほしいけど、そうね。いってらっしゃい」


「あぁ。行ってくるぞ」


 外へ行こうとするとフィーが俺に気づいた。


「エルドどこに行きやがるんですか? こんな時間から」


「少しな。誰かがエルフの里に向かってきているんだ」


「え!? それはまずいじゃないですか! あの略奪旅団とかいう奴らが仲間を引き連れて復讐に来たんじゃねーですか?」


「そうかもしれないが、懐かしい気配がある。俺の知り合いだと思うんだ」


「それでエルド一人で行くっていうんですか?」


「あぁ」


「どうしやがりますか……大人たちはみんな怪我で使い物になりませんからね……フィーも一緒に行きますよ。特になにか出来るわけじゃねーですが」


「そうか。なら行くか」


 俺とフィーはフィリアに二人で出かけてくると伝え、広場を抜けてエルフの里の外へ続く道を歩いていく。


 そこはエルフの里を少し出た場所だった。

 向こう側から人影が見える。三人だ。全員知っている顔だな。


「やはりゼウスおじさんか」


「おう! エルド! エルドか! ずいぶんでっかくなったなぁ!」


 ゼウスおじさんは走りよってきた

 俺の肩に手を置きにぎにぎと確かめている。


「俺ももう大人だからな。だが身長はゼウスおじさんに届かなかったみたいだ」


「おう! でもこんだけ背が伸びりゃ十分だろ! 筋肉も良い感じについてるなぁ! 剣を振るためだけに生まれてきたような体じゃねーかぁ!」


 ゼウスおじさんは楽しそうだ。

 このまま楽しく会話してまた明日とさよならできればいいのだが、そうはいかないんだ。俺はゼウスおじさんに言わなければいけないことがある。


「ゼウスおじさん」


「なんだぁエルド?」


「俺は怒っている」


「怒ってる? あぁ? なんでだぁ? あれか? 俺が長い間里に戻ってないからか?」


「違うぞ」


「じゃあなんだよ。俺にゃさっぱりわからん」


「剣のことだ」


「剣? あぁ? どういうことだぁ?」


「む、わからないか? ゼウスおじさんが俺にくれた剣のことだ」


「あぁ! そういや前、里に帰った時にエルドがあまりにも一日中剣を振り回してるもんだから、俺が持ってる剣の中で一番良いのをプレゼントしたんだったなぁ。で、その剣がどうしたんだぁ? 今はもう違うのになってるみたいだが」


「あの剣を作った鍛冶師にグラバニア帝国の帝都で会ったんだ。その時に聞いた。あの剣は盗まれた物だと」


「はぁん、なんだそんなことで怒ってるのか」


「そんなことではないぞ。俺は盗まれた剣をもらっても嬉しくない。なのであの時言ったありがとうは取り消しだ。鍛冶師にはいつかゼウスおじさんを謝りに来させると約束しておいたからな。近いうちに謝りに行ってくれ」


 ゼウスおじさんはあごのひげをなぞり、難しそうな顔をする。


「甥っ子の頼みとは言えなぁ、それはできねぇ」


「どうしてだ?」


「俺は略奪旅団の団長だ。俺は今まで略奪で生きてきたんだ。そりゃ悪いことだってのはわかってるぞ? 甥っ子に自慢できる生き方じゃねぇよなぁ。けどそれがどうした? 俺はこうやって生きていくって決めてんだ。それを謝る? 死んでもゴメンだなぁ」


 ゼウスおじさんはきっぱりと言った。


「そうか。ゼウスおじさんの考えはよくわかったぞ」


「おぉわかってくれるか?」


「けれど、ゼウスおじさんは一つ勘違いをしている」


「勘違い? そりゃぁ一体なんだ?」


 息を吸って、真っ直ぐに目を見る。


「俺はお願いをしているわけじゃない。もう約束をしてしまっているからな。ゼウスおじさんが鍛冶師に剣を盗んで悪かったと言うのは確定事項だ。それ以外に道はない。俺が許さない」


「へぇ。……で?」


 意見がぶつかった。ならば、解決法はこれ以外にない。


「――勝負をしよう」


 俺が言うと、ゼウスおじさんはうれしそうに笑い出した。


「いいねぇ……いいねぇ! それでこそストレングスの一族だ! 立派になったなぁエルド! 俺はうれしいぞ! 生まれてこの方、こんなにうれしい日はねぇ! 毛も生えてなかった甥っ子が! 絶対に動かねぇぶっとい木みたいな意思を持つ男に育って俺の前に立っている! 勝負をしようだぁ!? 俺はなぁ! その言葉を待ってたんだよ!!」


「そうか。なら、俺が勝てば鍛冶師に謝りに行く。俺が負ければ謝りに行かない。それでいいか?」


「あぁ!」


 瞬間、世界が揺らいだ。

 襲い来るのはまるで山を相手にしているかのような力の奔流。

 俺はゼウスおじさんと剣を合わせていた。

 剣を抜き、踏み込み、剣を振るう。

 その動作がまるで見えなかった。ついでに音が遅れて聞こえた気がした。


 力がとんでもない。ほんの一瞬も経っていない剣戟の中で俺は判断する。

 強く踏ん張ればこの一太刀を受けきれるだろう。

 しかし、肉体のどこかが弾ける気がする。


 ここは一旦引いてみよう。

 足から力を抜くと俺の体が吹き飛んだ。

 俺は木々をなぎ倒して飛ぶ。

 どうにか止まった。

 受け身はしっかりとったのでダメージはあまりない。

 青アザの二つや三つくらいですんだだろうか。


 吹き飛ばされている最中フィーの声が聞こえた気がしたな。

 心配してくれたのだろうか。

 大丈夫な姿を見せるために早く戻らなければいけない。急ごう。


 戻るとゼウスおじさんは同じ場所に立っていた。


「エルド! 大丈夫でやがりますか!?」


「大丈夫だ。わざと飛んだからな。ダメージはほとんどない」


「勝ってくださいよエルド!」


「もちろんだ。フィーは危ないから離れた場所から見ていてくれ」


 剣を握り直し、ゼウスおじさんと対峙する。


「次は俺の番でいいか?」


「おぉ、いいぞ。どんと来い」


 ならばいかせてもらおう。

 全力だ。全力の全力でなければゼウスおじさんに勝てないだろう。


 息を吸い、感覚を研ぎ澄ます。

 剣と一体になって、振るう。


 俺の全力、俺の一斬をゼウスおじさんは受け止めようとする。

 押し返されるような気配がある。

 だがそれはダメだ。強く踏み込み、最後のひと押しまで剣に乗せた。


 すると、ゼウスおじさんは後ろに動いた。

 俺の力に押されてざざざー、と後方へ滑る。

 

「ふん!」


 ゼウスおじさんが強く踏ん張ると、地面が割れ、空気が弾けた。

 衝撃を完全に受け止め、ゼウスおじさんはニヤリと笑う。


「とんでもなく重てぇ斬撃だなぁ。腕がピリピリしてるぞぉ。こんな攻撃を食らったのは何十年ぶりだろうなぁ? いいねぇ。そんじゃこっからは、殺し合いと行くか!」


 連撃が襲い来る。

 そのどれもが恐ろしく速く、恐ろしく重い。


 一手も間違えられない。

 死はすぐそこだ。ゼウスおじさんは手加減などしていない。

 それは俺を一人前の剣士だと認めてくれているからだ。


 完全に殺す気で剣を振っている。

 俺が負ける時はきっと、本当に死んでしまうだろう。

 寸止めができる速さではない。


 俺を殺そうとしている。恐ろしく感じる。

 剣戟すべてに死が付いている。

 どこかで一手間違えれば俺は死ぬのだろう。


 しかし簡単なことだ。


 ――間違えなければいい。


 ――俺が、死ななければいい。


 昔、ゼウスおじさんと戦ったことがある。

 その時は、なにもできなかった。なにもわからなかった。

 ゼウスおじさんを一歩も動かせなかった。

 一太刀も捌くことができなかった。


 けど今はどうだ。

 俺は剣戟を続けられている。

 剣を合わし、防ぎ、捌けている。


 成長だ。俺は成長してきた。

 強くなった。強くなれたんだ。


 なら、越えられるはずだろう。


 呼吸することさえ忘れている気がする。――それでもいい。

 体のどこかを切られた気がする。――それでもいい。


 なんの変哲もないこの一斬が、届くのなら。


「おぉ? ……おぉ……?」


 ゼウスおじさんが揺らめいた。

 不思議な顔をしている。


 なにが起こったかわからない。

 俺はなにを考えて、どう剣を振るっていたのかさえわからない。

 ただ、必死だった。


 ゼウスおじさんのお腹から血が流れている。

 それ以外も、腕や足、顔からも血が流れていた。


 体が熱い。自分の体を見るといくつか傷があり、血が流れている。

 俺も結構やられたようだ。


 俺もゼウスおじさんも血だらけで、その場に立ち尽くして肩で息をする。

 呼吸がほんの少しだけ整って、ゼウスおじさんは言った。


「本当に……強くなったなぁ。エルド……お前の勝ちだ」


「そうか。よかった。俺は……勝てたんだな」


「あぁ……ついに越えられちまったかぁ……」


 そう呟くゼウスおじさんはどこかうれしそうだ。


「エルドの勝ちだ。約束通り、帝都の鍛冶師とやらに謝りに行ってくる。……それじゃあなぁエルド。楽しかったぜぇ……」


 そのまま後ろを向き、血をポタポタと流しながら帰っていった。

 旅団の二人は戸惑いながらゼウスおじさんの後を追う。


 ふぅ。勝てたのか。

 急に力が抜けて地面に倒れてしまった。が、硬い衝撃は来なかった。

 

「エルド……大丈夫でやがりますか?」


 フィーが抱きとめてくれた。良い匂いがする。


「あぁ、大丈夫だ。傷はそんなに深くないし出血もそう多くはない。少し疲れてしまったようだな。休めば歩いて帰ることができるだろう」


「そうでやがりますか。ならフィーが膝枕しますよ。休んでください」


 フィーは地面に座り、俺の頭を太ももに乗せてくれた。

 やわらかい。とても良い枕だ。


「悪いな。少し休ませてくれ……」


 俺はどこでも寝られる。なんといっても俺は里で突発的に開催された『第一回どこでも寝られるヤツ選手権』(俺が企画運営)にてスピード、芸術点トップで…………


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