第1話 ビームと私どっちが大事と聞かれればビームと答える。
一般論として、拳よりも剣の方が強い。
個人によりけりな部分があるとしても、やはり拳よりも剣のほうが有利であると俺は思う。リーチに差があり、殺傷力も剣のほうが高い。
それでは、剣とビームではどうだろう?
ビームとは剣から出るものだ。即ち剣の上位互換。
どんな技を用いようとも、どんな戦法を用いようとも、ビームを相手にして勝ち目はない。一%もありはしない。
拳よりも強く、剣よりも強い。
――つまるところ、ビームは最強なのである。
§
俺は森の中に一人立ち尽くし、剣を持つ。
神経を研ぎ澄まして剣を振るう。剣と心を一つにしてひたすらに空を絶つ。
それが俺の日課である。
いつものように剣を振っていると気配を感じた。
あの木からだ。予想した人物の名前を口に出してみるか。
「サイス」
分かりやすく気配が揺らいだ。観念したのか一呼吸置いて顔面を包帯で覆った人物が出てきた。
「……心臓に悪いぞ、エルド」
エルド・ストレングス。それが俺の名前。
今出てきたのがサイス。
血は繋がっていないが同じ環境で育った兄弟のようなものだ。
ちなみに顔に包帯を巻き付けているのは出会った頃からで、いまだにちゃんと顔を見たことがない。
「わざわざ気配を隠すからだ」
「……エルドと話していると初心を思い出せる。俺の気配に気づける奴なんて外の世界にはいないからな」
「それで、翁が俺を呼んでるのか?」
「……重要な用件らしい。行って来い」
「わかった」
なんの用だろう? それも重要な用件。
考えるより行く方が早いと判断した俺は翁の家に向かう。
家に入ると真剣な表情の翁がいた。腰を下ろして話を聞く。
「俺は呼び出されるようなことはなにもしていない」
「誓ってか?」
「……」
「黙ったのは気になるが今はいい。今回呼び出したのは外から要請があったからじゃ。仕事の話でな、お前が一番適してると判断した」
仕事か。ストレングス家では家を出て自分のやりたいことを探すか、直接仕事を任されるというパターンがあるがどうやら俺は後者のようだ。
あまり贅沢は言わないがやりがいのある仕事だとうれしい。
「どんな仕事だ? 俺が得意なのは戦うことと普通に喋っているのになぜか相手を怒らせることくらいだ。多分精神系の魔術を行使できる」
「シンプルに性格の問題じゃな。……お前と話すと長くなりそうだから単刀直入に言うがな。エルド・ストレングス、ラピテル王国の勇者となれ」
「勇者? それは俺の知っている勇者か?」
「その勇者じゃ。一国に一人存在する、希望の象徴。先代の勇者がつい先日老衰によって亡くなられた。そこで次の代の勇者になってもらいたいのじゃ」
「それはとても光栄な話だ。しかし、なぜ俺なんだ?」
「簡単な話だ。ラピテル王国が掲げている勇者像にもっとも近いのがお前、いや完全に合致しているのがお前だったのだ」
「それはどういう?」
「純粋な心を持つ者。それがラピテル王国の勇者に求められる要素だ。お前は……純粋すぎるのだ。心配になるくらい純粋なのだ。だからお前だけ外に出ることを禁止しておったのじゃ」
衝撃の事実。驚きと同時にこみ上げてくる思いがある。
「酷い。そんな理由で貴重な十代の青春、様々な出会いや経験を規制していたと? 仮にも身を預かる親として恥ずかしくはないか?」
翁は呆れたようにため息を吐く。
呆れたいのは俺の方だ。そんな理由で俺は兄や姉たちの討伐自慢を聞かされる生活を余儀なくされていたのか……! これは、許される行いではない……!
どれだけ悔しかったか! どれだけ羨ましかったか!
俺だって、俺だって! 国落としの獣王と戦いたかった!
エンシェントドラゴンの肉をお腹いっぱい食べたかったんだ!
「なぁ、翁。長いだろ? そろそろ飽きてきたんじゃないか? 人生」
「やめい! お前は冗談が通じないから困る……。とにかく、お前には勇者になってもらいたい。これはストレングス家において類を見ないほどの栄光と責任が伴う仕事だ。引き受けたら決してやめることは出来ない。エルド・ストレングスは死ぬまで、そして死んだ後も人々の記憶の中で勇者として生き続けるのじゃ」
煮えたぎる思いはある。しかしそれとこれとは別だ。
「誰かが俺を求めるなら、その気持ちに答えたい。俺に勇者を名乗る資格があるのなら、勇者になるためにすべてを捧げられる」
「お前の思い、しかと受け取った。行くがいい。己の使命をまっとうせよ。……ここはエルド、お前の家じゃ。いつでも来るといい」
「翁、今まで育ててくれて、心から感謝している」
「エルド……」
翁は目尻に涙を貯め始めた。
「それはそれとして、一発殴っていいか?」
「エルドォ……」
事を起こすなら早いほうが良いと考えた俺は頬を腫らせた翁に別れを告げ、荷物をまとめて外の世界へ向かう。
「行くのか?」
すっと現れたサイスが言う。
「あぁ。端的に言うと、俺は勇者になるらしい」
包帯で見えないが驚いているようだ。
「勇者……勇者か。まさかストレングス家から勇者が輩出される日がくるなんてな。活躍を期待してる。出来れば、敵として会いたくないな」
「ストレングス家の掟があるだろ? 敵として出会っても大丈夫だ。その時はしっかり相手してくれ。俺はそうする」
包帯の下から苦笑いが漏れる。
ストレングス家の性質上、家族が敵になってしまうのはよくあることだ。
その時のための掟も用意されてるし、心配する程じゃないが。
「俺は避けたい……」
「そうか……サイスと戦えると思うとワクワクするが」
「他の兄弟達に期待するんだな。エルドと同じ気持ちの奴が多いだろう」
「あぁ、期待しておく。じゃあ、行って来る」
サイスに別れを告げ、足を動かす。歩くたびに故郷が遠くなる。
寂しい気持ちがある。けど、それ以上に俺は高揚している。
ここから先は来たことがない。初めての景色だ。
行こう、外の世界へ。
§
初めこそワクワクしたが、なんてことはなかった。
なにか特別なことがあるわけじゃない。俺はすっかり冷静になっていた。
迷うこともなくラピテル王国に到着。
「賑やかな場所だ」
見渡すが限り人でいっぱい。これが王都……俺はこの人々を照らす光になれるのだろうか。荷が重すぎる気がする。
悩んでも仕方ない。俺は俺が出来ることをやるだけだ。
行こう、王城へ。
城の中は初めこそ緊張したが、なんてことはなかった。
みな暖かく俺を迎えてくれた。王女様はとても優しい。一生傍で俺を支えてくれると笑顔で言ってくれた。宮廷魔術師の女性は気負わなくていいと肩を叩いてくれた。耳元で今夜部屋に遊びに来ると言ってきたし、きっとお茶目ですごくいい人だ。
トランプを持ってきてよかった。楽しみだな。
時は流れて夜。豪華な部屋で寛いでいるとノックの音がした。
宮廷魔術師のフレーナを部屋に入れて、俺はトランプで遊ぼうと提案した。
フレーナはなぜか苦笑いを浮かべ、次に幼い子供を見守るような目を向けてくる。
……もしかしてトランプは王都では時代遅れな遊びなのか?
ナウな遊びじゃなかったのか? 楽しいのに。
「トランプもいいけど、まずはお話をしましょう? エルドのこと、知りたいわ」
俺の体をぺたぺたと触ってくる。くすぐったい。
「俺に答えられることならよろこんで」
「そう? じゃあー、出身は?」
答えづらい。故郷の場所を教えてはならないという掟があるのだ。
「……自然が豊かな田舎だ」
「ふーん。エルドは勇者になるのよね? 勇者といえばやっぱりビームでしょう?」
……え? ビーム?
「ビームは知っているが、それは初耳だ」
「えー? 嘘ぉー? 勇者はみーんな、剣からビームを出せるのよ? 当然、エルドも出せるわよねぇ?」
今まで数え切れないほど剣を振ってきたが、ビームが出た試しはない。
もしかすると、俺は他の勇者に比べて実力が劣っているのかもしれない。
精進しなければ。
「いや、俺は剣からビームは出せな――」
「出せない、なんてこと、ないわよね?」
俺の言葉を遮り、念押しするように問いかけてくる。
まずいのか? 出せないとまずいのか?
「い、いや……その」
「だって――剣からビームを出せない勇者なんて、勇者じゃないじゃない?」
「――」
衝撃の事実。俺の心臓が跳ねる。
どうしよう。けれど、出ないものは出ないんだ。
ここはやはり、正直に言うしか。
「そんなことないわよね? エルド。もし出せないんだったら、この国は終わってしまうわ」
「え? 国が、終わる?」
「そう。ビームとは勇者の象徴。その光線は未来を照らす光なの。三日後にある式典ではみんなが見ている前でビームを出さなきゃいけないのよ。もし、出せない、なんてことがあったら……」
「あったら?」
冷や汗が吹き出す。呼吸が荒くなり、口の中がカラカラになっていた。
「国民は絶望に支配されて狂気に満ち、きっとその日のうちにこの国は滅んでしまう……」
フレーナは悲痛な表情を浮かべている。
お、終わる……俺のせいで国が終わる。
「エルドは、出せるのよね?」
「お……俺は……だ」
「ビーム出せるのよね?」
「もちろん」
俺は嘘をついた。言える訳がない。
急にフレーナはうつむき、小刻みに震えながら急用があると言って部屋を出ていった。出ていくフレーナがお腹を抱えていたのは気になったが、それどころじゃない。
ビーム。俺はビームを出さなきゃいけない。
剣を抱えて部屋を飛び出し、夜の王都を走り抜けた。
城壁を越え、静かな平野で俺は立ち尽くす。
そうだ。今まで出なかったとしても、今出せば良いんだ。
今なら、今ならば。勇者になると決めた今ならばこの剣からビームが――
「出ないんだが?」