プロローグから第1章 恋多き乙女
プロローグ
恋をしてはきれいになり、失恋してはリバウンド。
恋をしないと太っちゃう。
だから、私は恋をする。
恋をするのは私が私である証なのだ。
第1章 恋多き乙女
「フラれちゃったよおー」
似鳥乃亜は教室に入ってきて、夏目ココロを見つけるや否や涙目でそう言った。
「またあー……」
ココロは呆れた顔でそう返した。
「つめたーい」
今にも死にそうな声で乃亜は言う。
そんな姿ももう見飽きてる。
いつだって泣きついてくる。
いったい何度失恋すればいいんだろう。
恋多き女。
すぐに恋しては、アッという間に別れちゃう。
軽い女。
そう、噂されても、本人は気にもしてない。
実際、どのくらいの付き合い方をしてるかは、はっきりと知らない。
ただ、もし私が男だったら、乃亜くらい可愛い子と付き合ったなら、自慢してまわる。
キスしたら、みんなにキスしたと叫ぶだろう。
エッチしたら、クラス中に言いふらす。
しかし次々に男子をとっかえ引返してるのに、意外とそんな噂は聞かない。
たまにはそんな話も聞く。
ただ、それがどこまで本当か怪しいものだ。
と言うのも、乃亜は噂に関して、いいわけ一つしない。
乃亜は、「毎日のようにエッチした」と、男子が自慢話をしても、ただ笑ってるだけだ。
ただ乃亜は恋多き女なのに、恋だけに夢中になる方じゃない。
彼氏がいても女友達と一緒にいたがるし、彼氏一色になるタイプじゃない。
男子が話を大きく風潮してる気がする。
実際にエッチばかりしてるのかもしれないけど、私にはそう思えない。
男子の自慢話が過熱して、そんな話に膨らんでる気がする。
私が乃亜のエッチな姿を想像できないのは、乃亜が見るからに清純そうに見えるせいもある。
しかも一番の引っかかってること。
それは乃亜の男の趣味が悪いせいだ。
あんな男に抱かれるの?
考えられない。
想像すらできない。
大体男子って、どうしてあんな清純派の乃亜に手を出せるわけ?
私が男子なら部屋に閉じ込めて、かごの中で飼いたい。
可愛いペットみたいじゃない。
そしてじっと見つめてるの。
かごの外から、木で突っついたりして。
うーん……。
私って少し変態かも。
でもイケメンでかっこいい男子が、下ネタ言うのって嫌じゃない。
それと同じよ。
私は獣たちの群れから、お姫様を守る騎士でいたい。
私が男子なら、乃亜はいつまでも処女でいてほしい。
理想だけどね。
「ねえ、聞いてる?」
乃亜はまだ泣いている。
「私、失恋したんだよ」
どうせ、すぐ他の男子に目移りするくせに。
リバウンドだ。
恋をしては失恋し、そしてまた恋をする。
恋のリバウンド。
乃亜はいつだって、その繰り返しだ。
乃亜が恋愛依存症なのは、別にいい。
私じゃないから、関係ない。
私が傷つくわけじゃないし。
傷ついたり、傷つけたり、面倒くさいことを繰り返すなんて、私はまっぴらだ。
私は打たれ弱い。
乃亜みたいにはなりたくてもなれない。
乃亜に泣きつかれるたび、冷静に傍観してる自分を感じる。
そしてココロはいつも泣きじゃくる乃亜を慰める。
乃亜の話をとりあえず聞いてやる。
そしていつだって乃亜の味方になってやる。
だから乃亜はいつもココロに泣きついてくる。
でも私は本当に乃亜を心配してるわけじゃない。
だって乃亜はすぐに失恋から立ち直るからだ。
そしてまた恋をする。
ただ一つ乃亜が失恋するたびに、ココロは悩みを抱え込んでしまう。
それが一番の問題だ。
いや、それだけが大問題なのだ。
本当の問題は身近にある。
誘惑に負けてしまう、自分の弱さに気がつかされてしまう。
ああ、私は弱い人間なのだ。
恋を我慢することはできるのに、やっぱり弱い一面が浮き上がる。
ココロは乃亜のせいで、ひとり深い深い悩みの淵に立たされてしまう。
乃亜には幼馴染の宇津木隼人がいた。
隼人とはココロとも幼馴染だ。
三人はご近所さんで、大の仲良しだ。
そしてその関係は高校生になっても続いている。
「お前、また失恋しただろう」
隼人はどういうわけか、いつも乃亜の失恋を見抜いてしまう。
「どうしていつもわかるわけ?」
乃亜はココロをキッと睨みつけた。
そのたびに疑われるのは私。
でも実は私だって気がついている。
なんで隼人が乃亜の失恋に気がつくのか。
それは付き合いが長ければ、おのずとわかること。
乃亜は失恋するたびに、激太りする。
だからだ。
「ああ、最近体重計に乗るのが怖い」
乃亜はいつものセリフを呟いた。
失恋から1週間。
太ってる自覚はあるのだ。
見た目だけだと、まあ、60キロ前後じゃないだろうか。
いつの間にか、二重あごが目に付くようになった。
乃亜が早く恋をしますように。
ココロはそう願わずにいられなかった。
乃亜には清純派でいてほしいって願ってる。
でも早く恋をしてほしい。
こう願うのは確かに変かもしれない。
だけど……。
だけどね……。
わたしはもう嫌なのよ。
乃亜の犠牲になるのは、こりごりなのよ。
なぜって、私も一緒に太るからじゃない。
私を誘わないでよ。
乃亜のやけ食いに私を誘わないで。
いつもいつも。
お願いです、甘いものはこの世から消えてしまえ。
もしも魔法が使えるなら、この世のスイーツを消してしまいたい。
ケーキに、アイスにワッフル。
チョコに生キャラメル。
バケツプリンにフルーツ盛り。
和菓子に堂島ロール。
いい加減にしてよ。
太るんなら一人で太りなよ。
私を巻き込まないでよ。
違う、もしも魔法が使えたら。
スイーツを太らない食べ物に変えてしまう。
我慢に我慢を重ねてた麗しのスイ―ツたち。
あなたたちに何の罪もないわ。
甘いもののオンパレード。
普段付き合いを控えてる甘い誘惑たち。
乃亜は次から次に食いまくる。
やけ食いもいいかげんにしてよね。
おいしそうに私の前で食べないで。
つられて私も食べるじゃない。
いつも同じサイクル。
失恋してはリバウンド。
そして恋をして、ダイエット。
だから早く乃亜に新しい恋を見つけてほしい。
ココロは結局甘い誘惑に負けてしまった。
太っていったい何が悪いのよ。
どうせ私に恋人はいないんだし。
好きな男子もいないんだから。
愛するスイーツたちに心を奪われたっていいじゃない。
ねえ、そうでしょ、スイーツ好きの女子。
わかるよね。この気持ち。
「お前ら、ちょっと太りすぎじゃねえ」
隼人は乃亜を見て、腹を抱えて笑ってる。
隼人とは幼稚園の頃からの腐れ縁。
だから乃亜やココロを女扱いしない。
特に乃亜とは口喧嘩がたえない。
「うるさい。言われなくたって、分ってるわよ」
「少し痩せろよ」
「別にいいでしょ。誰に見せるわけじゃなし」
まあ、隼人が乃亜にからむのは好きの裏返し。
それに気がついてるのはココロだけで、隼人自身も気がついてないかもしれない。
「俺は痩せてる時のお前は可愛いと思うけどな」
「別にあんたに誉められても嬉しくないわ」
「巨大化したミニブタみたいだぜ」