本編では出ていないが、魔法学校VS長篠の戦いレベルまで進んでいる大人達(三十路)
熾烈なマウント合戦の始まりだった。
***
俺がこのゲームを始めて、「こいつがいると一番になれない」と思ったのがMAKIとかいう戦国オタク野郎だった。
周りがお洒落だったり、可愛い家を造っている中、MAKIは城を造っていたのだ。
面を喰らった。生半可の課金勢ではない、重課金者と呼ばれる類の奴だ。
こんなスローライフゲームに大金をつぎ込む阿保がいるとは思わなかった。と、自分がこれからそれをやろうとしている事に気付き、苦笑いを浮かべる。
「――上等だ、課金勝負といこう!」
俺は大金をつぎ込み、ロンドンを凝縮したような街を造り、MAKIに対してロンドンアタックを仕掛けた。
「これでどんな反応をするか楽しみだ」
数日後、MAKIからメッセージが届く。『私の城にまた来てください』と送られてきた。――上等だ、このアマ!
奴の家……敬意を表して城と呼んでやろう。その城に向かうと城の中に入れるようになっていた。――ログインしているようだ。
このゲームでは、プレイヤーがログインしていると家の中を見る事が出来る。御宅拝見というやつだ。
中は戦国ドラマで見た事のある内装だ。
MAKIがいるであろう部屋に向かうには眼の前にある石庭を通る必要があるようだ。
この石庭だけでも相当凝っていやがるな。
心の中でそう思いながら、アバターを進ませると画面に音符が浮き出る。
「音が鳴るアイテムか」
俺はスマホにイヤホンを差し込み、どんな音が出ているか確認をする。
『テレレ、テレレ、テレレーレレ……』
ん?このメロディーって……京都のやつか!!CMでよく聞くぞ!『私のお気に入り』だ!高校の時に演奏したやつだ。
石庭は決められた道しか歩けない様に造られているため、先に進むと音楽が続いていく。――しかし、最後の音、つまりメロディの終わりが鳴る前に石庭を抜けてしまった。
「……おいおい、配置ミスしてるぞ。肩透かしも大概に――」
そこで俺の言葉は眼の前の景色に遮られる。
鮮やかな紅葉が舞い散りながら、石で造られた朱雀の石庭が姿を現したのだ。
さらに驚く事に足を一歩踏み入れると先程の中途半端で終わったメロディが、音の厚みを増して流れてくるのだ!
奥を見ると、MAKIのアバターが姿を見せる。どこかで見たようなキャラデザインだった。
「……ここで会話をしたら、確実に負ける!て、撤退だ!」
俺は踵を返し、自分の家に戻る。――そして、課金をするのだ。
「あいつには負けられん!!」
***
SAIからリベンジと思われるメッセージが飛んでくる。
こないだは、私の城を見て逃げ出した奴からだ。
「可愛そうだから行ってあげますか」
口ではそう言うが、内心焦っている。
私が金に物を言わせて造った『朱雀の舞』を見て、SAIがどう動くのか、どれだけ課金してくるのか怖かった。
SAIのビックベンの中に入ると、……何もなかった。あるのは家を支える柱があるくらい。
「え?どういうこと」
私が困惑していると、SAIのアバターが姿を現した。
金髪の髪にお洒落なスーツを着せていた。……ダサくはないが、少し痛いな。
SAIは私と会話をしようと近づいたと思ったが違った。壁に向かって走っていったのだ。
ゲームバグかと思ったが、私は「もしかして!」とハッとする。
私の読みは合っていた。壁に激突するはずのSAIがいなくなったからだ。――いや、厳密にはいなくなったのではなく、壁の中に入ったのだ。
私はSAIと同じ様にアバターを壁に向けて動かすと、壁を貫通して駅のホームが姿を現す。
「……やっぱり!ハリー〇ッターしやがった!!」
駅のホームを見ると『9と3/4番線』と書かれていた。
やばい、このままだとホグ〇ーツに行くことになる!……行ってみたいけど!
私は急いでログアウトをする。
「おのれ!SAI!!」
私は再ログインをして、ガチャボタンを連打する。
***
こんなやり取りを何回やり合ったか分からないが、いつの間にかこのゲームは俺とMAKIの独壇場状態になっていた。
『もう終わりにしませんか?』
俺が終戦のメッセージを送ると、『私の勝ちですね』と返ってくる。勘弁してくれ!どんだけ負けず嫌いなんだよ。
俺は深く息を吐くと、『僕の負けです』と返信した。
「……俺はこんなスローライフゲームでも一番になれないのか」
俺はそれからログインすることはなかった。
大事な金をドブに捨てた……とは思えなかった。
負けたと認めたが、心なしか気持ちは穏やかだった。
「こんな俺がゲームで一、二を争う事が出来たんだ。その経験料だと思えば楽しかったな……」
数日後、普段着を買いにショッピングモールに向かっていた。
洋服店の前で知り合いに遭遇する。
こんな田舎だ、皆行く所は同じで大体知り合いにあうものだ。
「……牧原か?」
「あー!才川?久しぶり、高校以来?」
相手は俺と同じ高校、同じ部活だった牧原だった。
「本当に久しぶりだな……えっと」
「……うん」
別段、そこまで仲が良かったわけではないし、話す内容もなかった。
「……それじゃあ、俺は」
気まずさに耐えきれず、その場を後にする……つもりだったが牧原に止められる。
「せ、折角久しぶりに会ったんだし、お茶でもしない?」
おいおい、逆ナンってやつか?
高校の旧知からの誘いだ、しょうがない。本当は忙しいのだが、今回ばかりはいいだろう。
「お、おお!いいよ!!」
声がひっくり返ったのは、普段あまり声を出さないからである。緊張ではない。――断じてない。