敵意を察したら、開戦の合図
締め切り今月末?
……頑張れ、自分。
友達に勧誘されたらドハマりして重課金者になってしまった。
牧原智香は両手を上にあげて伸びをする。
私の手元にはスマホが握られている。画面に映るのは勿論スロキンである。
「……ここまできたか~」
私は自分のアバターを見つめてうっとりとする。
私とは似つかわしくない可愛らしい二頭身のキャラ。後ろ髪を後ろで束ねて着物を着ている女性アバター。
有名な抜刀斎の様な容姿が気に入っている。……そして、この城もだ。
城を見て感慨深いと思う所がなんだがおっさんっぽい、まあ同じ様なものだしいいか。
日本の城をイメージして造った家は、他のプレイヤーの追随を許さない。……と思っていたが、突如、私の天下は終わりを告げる。
ある日、私がログインするとメッセージが届いていた。
『凄い家ですね、感動しました』
私は誇らしげな表情を画面越しに向ける。
当然だ、この家にするのにいくら課金したと思うのだ。
私はニヤニヤしながら続きのメッセージを追う。
『僕の家も見て下さい、驚きますから』
な、なんですって?この人の家はもっと凄いのか。と私は焦りを感じる。
驚くというのだから自信があるのだろう、私の家を見てからこんなメッセージを残した人はいない。
「……ただのやっかみでしょ?」
私は自分にそう言い聞かせ、メッセージの送り先の名前をクリックする。SAIというアバター名だ。
このゲームでは、メッセージを送ったプレイヤーの家に飛ぶことが出来る。
『SAIさんの家に飛びますか?』というメッセージに『yes』とタップしてアバターが空に上がっていく。
***
「え?……ロンドン!!」
私の眼の前に現れたのはロンドンの象徴でもあるビックベンだ。
「ビックベンにヨーロッパのお洒落な街並みって、いくら課金してるのよ、こいつ!」
私はスマホ相手にツッコミを入れる。
スロキンには、『建造ガチャ』と呼ばれるログインボーナスか課金で手に入る、建物のガチャがある。それのURには、世界の有名な建造物が入っている。
「これは最近特集された『ロンドン編』の建物ガチャ!しかもビックベン以外にもウェストミンスター橋、ガス燈、赤いバスまで走っている!……五万以上使っている?」
SAI!……なんて奴なの、私と同じレベルで課金している!?
どうやら、SAIはログインしていない様だ。自分の家に誰か入るとポップアップが入る。家の周りを物色してもSAIは現れなかった。
「……私の天下を死守しないと!!」
私は直ぐにメインメニューを開いて、ガチャ券購入の項目をタップする。
「こんなスローライフゲームでくらい見栄を張りたいのよ!」
私は課金ボタンを強く押し込む。
***
元々は、友達が紹介ボーナスが欲しくて勧誘してきたのが発端だった。……友達はその後アンインストールして、他のアプリを入れたらしい。
私は元々こういったほのぼのゲームが好きだった。だが、今回の様に力を入れることはなかった。
そもそも力を入れるゲームじゃないからね。
力を入れる様になったのは、私が大人の更に一段階上に上がったのが大きい。
まわりくどい言い方を変えると、三十路を迎えてしまったのだ。
特に趣味も無く、色恋沙汰とも疎遠になってしまった私はどうしようと思った時、「ゲームでくらい好き勝手暴れてみたいな」と感じた。――それが重課金の扉だと知らずに。
休みの日は家でゴロゴロしてるばっかりだし、学生時代にやっていた部活の延長をやるのも時間的に大変だし、このゲームは丁度いいストレス発散になるのだ。
課金すればするほど、周りよりもレベルの違う家を造ることが出来て、それを評価されるのが嬉しかったのだ。
負けるわけにはいかない!……見ていろSAI!
無意識の内に私は微笑を浮かべていた。
実家の自分の部屋でスマホを眺めながら……変態じゃない。
***
それからSAIとの家自慢対決が開戦したのだった。