争いの影
魔導師の腹が減ったという一言でその場はすぐに同盟を祝う宴の場となった。
普段、玉座の間ではそのようなことは行わない。
仮に行おうとしても誰かが反対の声をあげるだろう。
しかし、国交を断絶していた強大な国との同盟と、国を救った強大な魔導師の一言は反対の声をあげさせなかった。
あげるはずもなかった。
恵国王ロロ、水国王ズイ、水国王女アクア、恵国軍団長マリフ、伝説の戦士ゴギン、大魔導師を中心として宴は始まる。
六人はなにかを話し、大笑いしている。
国の中心人物達が一挙に集まり何を話しているのか気になり、耳をたてていると魔導師が話しかけてきた。
「カイロさん!僕の名称決まりましたか?」
しまったと思った。
頼まれてから考えてはいたがこれといったものは浮かんでいなかった。
「なんの話ですの?」
水国王女が話に入ってきた。
いつもであるなら腹が立つところだが、今は助かった。
「魔導師様の呼び名を考えようという話です!」
少しでも時間を稼ごうと思い姫との会話を広げようとした。
「皆で考えようではないか?よいだろ?ロロ殿!」
まさか国王を巻き込むとは思わなかった。
しかし、これで時間が稼げる。
「大魔導師ではダメなのか?」
恵国王は不思議そうな顔で言った。
「王よ、それはなりません。大魔導師という領域すら超越しているのです。」
マリフが恵国王に注意するかのように言った。
魔導師はそれを聞いて少し恥ずかしそうにしている。
恵国王がマリフに問う。
「ではそなたはどんな名が良いと考えているのだ?」
「私は………どんな魔法でも使えるという意味でマジックマスターが良いかと。」
おぉと感嘆の声が上がる。
「ゴギン殿はどう思われるか?」
マリフがゴギンに振った。
ゴギンとマリフが話しているなんて夢のようだったが、それよりも今は名前を考えることが優先だった。
「私は……実際に闘いましたが手も足もでませんでした。その経験から……………絶対魔導師が良いと思います。」
「ゴギン!それはセンスが無さすぎます!」
水国王女がゴギンを注意する。
「ロロ様、どう思われますか?」
「私は、あえて名付けるとしたら………トンカツ少年…ですかな。」
場が静まり返る。
ゴギン以下のセンスの無さだ。
「私は魔法の王という意味で魔王がよいかと思いますが。」
水国王がいうとすぐに水国王女が突っ込む。
「御父様、なんだかそれでは悪者みたいですわ。」
「ではお主はどんな名が良いと思うのだ?」
「私は魔導師という言葉に囚われるべきではないと考えております。私たちは魔導師様がいなければ同盟を組むことはなかったでしょう。そのようなことと魔法を司るということから大豪司がよろしいかと。」
おぉ
また歓声が上がる。
「良いではないか!」
ゴギンが身を乗り出して言う。
他の者も頷いている。
「魔導師様!これからは大豪司様と呼んでも?」
水国王女が笑顔で魔導師に聞いた。
「はい。それで構いません。しかし、呼びにくくないですか?僕が自分で考えていたのは……ロース、なんですけど…」
おおぉぉぉ!
より一層大きな歓声が上がった。
魔導師は不意を突かれたような顔をしていた。
「では、これから大豪司ロース様と呼ばせて頂きます!」
「ロース様!」
周りから新たな名を祝う声が上がる。
(まだ私は何も提案していないのに…)
少し悔しく思ったが、ロースとはなんと響きのいい言葉だと感心した。
なにかそそられるような名前を思い付く辺り、さすがだ。
「大豪司ロース様!万歳!」
兵士達も全ての者がロースの誕生を祝った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(まじかよ!ロースってこの世界にはないの?冗談だったのに。)
冗談でいったつもりのロースが自分の名前になってしまった。
(豚の次は肉の部位か…ハハッ…あー笑える。)
バカらしくて笑える。
もっと自分の発言に責任を持とうと心に誓った。
宴は盛り上がっている。
周りには国王や王女、国の防御の要になる戦士がいる。
この際、なぜ争っていたのか聞いてしまおうと思った。
さきほど聞いたときはよく分からないことを言っていた。
どういうことだろうか。
「あのー…さっきなんで仲が悪かったのか聞いたとき、よくわからなかったのでもう一度聞いてもよいですか?」
ロロが答える。
「水国が攻めてくると聞いたからです!」
ズイも言う。
「恵国が攻めてくると聞いたからです。」
どういうことだ、とそこに集まっている六人が顔を見合わせる。
「誰に聞いたのですか?」
そう聞くと、誰も口を開かなかった。
なぜだろうか。
その答えはすぐにわかった。
「だれに…?」
「だれにきいた…?」
「どこで?」
「しかし確かに聞いた…」
口々に話している。
側で立っていたカイロがポツリと漏らす。
「ずっと嵌められていた…」
シーンとした時間が流れる。
なにがなんだかわからなかった。
ただ、今まで仲が悪かった原因はお互いになにか勘違いをしていたということは分かった。
アイランがボソボソと喋る。
「嵌められていた…?だとしたらいつから………?国ができてからか…?なぜ…?」
「争いが起きれば多くの人が死ぬ…」
ゴギンがいった言葉ですこし理解した。
(水国と恵国は何かにずっと嵌められていたっていうこと…?人がたくさん死ぬと…どうなるの?)
アクアがポツリと漏らした。
「死の神………」
その場にいる者が一斉に顔を見合わせる。
すぐに顔色が変わる。
「そうか………そうだったのか!!」
マリフが叫んだ。
どういうことなのか。
王達も理解の色を示していた。
「マリフ殿…どういうことだ?」
ゴギンだけは理解していないようだった。
アクアがあきれた顔をしてゴギンに説明する。
「死の神が私たちを嵌めたってこと。水国には恵国が、恵国には水国が攻めてくると言って争わせて多くの死人を出させていたってこと。分かる?」
ゴギンは瞬きを多くしている。
ズイがそれに続く。
「さらに仲が悪くなればなるほど協力もしなくなる…。馬人にも対抗できなくなり、死人はより増える……死の王にも立ち向かおうとしなくなる………」
「死の神に操られていたということか!!」
ゴギンが叫んだ。
ようやく理解したようだ。
それにしても死の王とはなんなのか。
「死の神とはなんなのでしょうか?人ですか?馬人ですか?」
ズイが答える。
「死の神は人ではないと聞きます。しかし、恐らく馬人でもありません。数年前、馬人が死の神と戦ったという話を聞きましたから…」
アクアがそれに続く。
「死の神は死を与える神とされています。死の神は死を与えるために様々な手段を使い、魂を得ると聞いています。」
「どんな姿をしているのですか?」
「わかりません。人間でその姿をみて生きて帰ってきた者はいないのです。そもそも死の神は姿をあまり現しませゆ。だから倒そうとするものは数少ないし、倒そうと思ってもまず出会うことができないのです。」
空気が先ほどまでとうってかわってどんよりとしている。
(うぅ…この空気…)
慣れていない空気感が耐え難かった。
しかし、ゴギンの一言が打ち砕く。
「では!とにかく!お互いに悪くはなかったということですな!同盟を組むことは正解だったということだ!」
皆の顔が明るくなった。
また、どんちゃん騒ぎがはじまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では!また!ロロ殿!マリフ殿!なにかあったら使いを寄越してください!お気をつけて!」
「ありがとうございます!ズイ殿もお気をつけて!」
「我が国にも遊びにてくださいね!ロース様!」
水国の兵達が国王を中心として隊列を組み、帰っていく。
城門前で見送りながらアイランに聞いた。
「死の神については他には何かしらないのですか?」
「残念ながら…ほとんどなにも……」
「そうですか…」
残念な思いが表情に出たのだろうか。
ロロが言う。
「大きな国は水国、恵国、那国、蛮国の四つですが、他にもいくつかの小さな国があると聞きます。各地には神獣と呼ばれる強き怪物もいるそうです。神獣はこの世ができたときからずっと生きていると聞いています。なにか死の神についてもしっているかもしれません。最近…那国はその神獣の攻撃を受けたそうですが…」
「わかりました。いってみたいと思います。」
迷いはなかった。
もしかしたら夢ではない、という可能性が高くなってきたからというのもある。
それよりもこの世界について知りたかった。
どんな動物がいるのか。
どんな人がいるのか。
ワクワクしていた。
(神獣…どんなのだろうか)
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