伝説の戦士
その男はベッドで目を覚ました。
天井を少し眺めたあと、自分の身体を見る。
上半身裸だが、全身に包帯が巻かれている。
その後全身の痛みに気づく。
そして先日起きたことを思い出す。
「く………ハハハハハハハハッ…」
笑うしかなかった。
今まで最強と言われるどんな存在にも負ける気はしなかった。
負けるはずがなかった。
この世には一部の者に特別な才能を持つ者がいる。
いわゆるジンというやつだ。
自分もその中の一人。
しかもジンのなかでも最上位に位置するジンを持っている。
その力をもってすれば負けるはずがなかった。
しかし、負けた。
それも一瞬で、だ。
「なにが伝説の戦士だ………なにもできなかったじゃないか…」
(少し自分を奢っていたか…しかし、あの者は…)
少年のことを考える。
突然現れた強者。
強者という言葉さえ相応しくないほど、圧倒的な力………。
「はぁ…」
ため息が出る。
自分よりも強い者に出逢ったのははじめてだった。
(もう一度…会って………話を聞いてみたいものだ…)
目をつむり、あの少年のことを思い出す。
少し不思議な服装、伝説の戦士である自分を見つめる瞳は忘れることができない。
「ふふっ………一撃も与えられなかったな………」
なぜ、戦いを挑んだのかと後悔した。
突然ドアが空く。
「ゴギン!!!大丈夫?」
ドアを開いたのは金色の髪をした綺麗な女性だった。
赤いドレスがよく似合っている。
「ひ…姫様!?!なぜ…この様なところに…」
ドカッ
姫が自分に抱きついてきた。
「ゴギン、お前が死んだらこの国は終わりです。もう…無理をしないで…」
姫は涙を見せた。
色々と焦った。
痛む身体にまたダメージを負ったこと、抱きつかれたこと、涙を見せられたこと。
「ひ………姫…………」
「嘘だよ!!バーカ!」
姫が舌を出して笑う。
世界一とも思えるほど、綺麗な笑顔だった。
きっと心配してくれているのだろう。
「姫!」
(この国がやっていけるのは姫がいるからですよ…)
心のなかで呟いた。
絶対に姫には言えない。
姫はスッと立ち真剣な顔をした。
「ゴギン、後で王に報告をおねがいします。」
「はい、わかりました。ところで我が軍の被害はいかほどなのでしょうか…」
どれ程なのか、ある程度は予想できていた。
(十万…いや、もしかしたら十五万ほどか…)
姫の顔が曇る。
「ホーセン兵と合わせて二十九万。」
!?!!!!
驚いたが、すぐに落ち着いた。
あり得てしまうと思えるほど圧倒的な力であった。
「わかりました。全てをお話しします。」
静かに姫に言った。
「では、玉座の間へ。待ってますね。」
そういって姫は部屋から駆け出ていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王は戸惑っていた。
明らかに勝利を確信していたところから逆転されたことに。
伝説の戦士がボロボロになって城に戻ってきたことに。
そして、兵が城から出ていった数の十分の一も戻ってこなかったことに。
「敵を侮っていた…か…」
窓の外を見ながらポツリと呟いた。
「今回は…多くの者が命を落としました………」
警護をしている兵士が言った。
心が痛む。
出兵しなければよかったのか。
(私はどうすればよかったのか…)
バタンッ
「御父様!」
突然ドアが開いた。
金の髪を揺らしながら自分の娘が部屋に入ってきた。
我が娘ながらその綺麗さに見とれる。
心の声が漏れてしまう。
「…美しいな。」
娘は父の言葉を無視した。
「ゴギンが目覚めました。後ほど報告に来ます。」
少し嬉しそうに話す。
「おぉそうか!それはよかった!しかし…身体は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。大丈夫でなくては困ります。なにがなんでも。」
(なんと……強い姫に育ったものか…………)
娘の強気に呆気にとられる。
「何をしているのですか?御父様。はやくしないとゴギンが来ます。身なりを整えてください、王よ!」
娘に怒られ自分の姿を見る。
人前に出て王とは決して思わないようなみすぼらしい格好だった。
この国の未来を任せられるな、と思いながら、娘にはやしたてられ急いで身なりを整える。
「母に似てきたな………」
一人で呟きながら整えると王らしい格好になった。
「さぁ、玉座の間へ行こう。皆を集めよ。ゴギンの話を聞く。」
「かしこまりました!」
兵士が駆けていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「よし…向かうか…」
全身が痛むが、幸い、動けないということはなかった。
骨も折れてはいなかった。
どちらかというと、筋肉が動かしにくいといった感じがした。
なんとか動かし、ヨロヨロと歩く。
ドアの近くにいた兵士が手を貸そうかと提案してきたが断った。
(私は…伝説の戦士だ……)
そのプライドがなんとか歩かせた。
玉座の間の扉の前まで来た。
「よし………」
小さく呟き気合いを入れる。
キィー
音をたてて大きな扉を開いた。
玉座の間には王の護衛兵たちが整列しており、
大老達がその奥にいる。
一番奥の玉座には王が座り、横には姫がいた。
「ただいま、もどりました。」
ひざまづき、ハキハキと言った。
「ゴギン!どういうことだ!」
「どうしたらあれだけの兵を犠牲にできる!」
「ホーセン兵もやられたというではないか!」
大老達が口々にいう。
(なにも知らないくせに……)
顔は下を向いたまま、悔しさを顔に出す。
「顔を上げよ!」
王の声が玉座の間に響いた。
「ゴギン。なにがあったのか、見たままを話せ。」
王は大老達とは違い、落ち着いているようだった。
見たままを、経験したままを話した。
話終えると玉座の間にいるものほとんどが口を開くことはできないようだった。
「本当に…そんなことが…ゴギン、お前が…一瞬で…?」
王は相当衝撃を受けているようだった。
衝撃を受けたのは王だけではなく、大老達は青ざめていた。
「はい。全力でぶつかり斬ったつもりでしたが、全てをはじかれました。」
「お主!手を抜いたのではないな?!相手を甘く見て…」
「あの技も使いました!しかし!なにも…なにも、できませんでしたり」
大老の言葉を遮ったが、なにもできなかった自分に悲しくなった。
「光を使ったのか!?」
王が驚き立ち上がって叫ぶ。
「はい。しかし、意味はありませんでした。」
王はそれを聞き力が抜けたかのように玉座に座る。
大老や兵士は想像したのか、完全に恐怖を感じているようだった。
「ゴギン!お前は今後我が国はどうするべきだと考えますか?」
姫だけは落ち着いているようだった。
「はい……もう、戦うべきではありません。戦っても確実に負けます。ホーセン兵でさえ、一瞬のうちにやられました。つまり、ホーセンとの同盟より、恵国との同盟を第一に考えるべきかと…」
「そ、そんなことができるか!ホーセンに攻め込まれるぞ!ゴギン!お主でもホーセンが攻めてきたらこの国を守ることは無理であろう!」
大老の一人が罵声を浴びせてきた。
意識もなく睨んでしまった。
大老との間に不穏な空気が漂う。
「そうだな…」
その空気を遮るように王が語り出す。
「我が国は今後、しばらくは恵国と同盟を結ぶことを第一とする!同盟を結ぶまでは決してホーセンに情報を漏らすな!」
「同盟を結んでどうするのですか!」
大老の一人が王に問う。
王は落ち着いて静かに、ふっ、と笑って言った。
「ゴギンのいう少年に助けてもらおうではないか。」
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