表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第四章 こんこんさまを、差し上げ候
33/35

6.友情と恋情の明白な差

 それから二週間も経たないうちに、根津埼が異動してきた。宣言どおり、その前から何度か足を運んでいたので、さしたる混乱も無い。

「意外や意外、あの二人も仲良くやってるみたいだしね~」

 けたけたと笑う蛍原先輩の視線を追えば、顔を突き合わせて資料を見ている尊臣と根津埼の姿があった。

 当初、つんつんしていた割に、相性は悪くない。今も尊臣が何か憎まれ口でも叩いたらしく、根津埼がその頭を小突いている。まるで兄弟のようだ。……無論、仲が良いに越したことはないのだが、何故だろう――自分だけが置いてけぼりを食らっている気もして、面白くない気持ちになる。

 自分がこんなに狭量だったとは、という失望感も相俟って、ますます気が沈む。


 ――先輩も、いっぱい俺のこと考えてください。


 不意に浮かんだ言葉と一緒に、それらを追い出そうと(かぶり)を振り、荷物を手に取った。

「外回り行ってきます」

「あ~い、気を付けてね~」



 修羅場が大好物の蛍原先輩が、私を気の抜けた調子で送り出した後に、

「あっちもあっちで、拗れてんな~」

 と、ほくそ笑んでいたことなど、到底、私は知る由もなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 部屋の片側だけ照明をつけ、キーボードをカタカタ鳴らしながら資料を作成していると、事務所の扉がガタリと音を立てた。こんな時間に誰が、と自分のことは棚に上げて視線を移すと、根津埼とばっちり目が合う。

「よっ、こんな時間まで仕事? なんか仕事溜まってた?」

「偶然いろいろと重なっただけで、もうすぐ終わるよ」

 パソコンの画面に向き直りながら答えると、ふうん、と興味の無さそうな返答。無反応よりマシ、と言うくらいのそれに、じゃあ訊くなよ、と腹の虫が騒ぎ立てる。

 正直、今の私は虫の居所が悪い自覚がある。

 ……帰ろう。無駄に当たり散らす前に。


「帰んの?」


 鞄から取り出した資料をごそごそと自分のデスクにしまいながら、根津埼が私を一瞥する。

「じゃ、飯でも食いに行こう」

「なんで?」

「なんで、と来るか……。いや、こっち来てからゆっくり話す時間も無かったしさ」

 私がピリピリしていることなど、百も承知のはずなのに、理不尽な怒りを向けられている当人はあっけらかんと笑っている。


「それにほら、友人だろ、俺とおまえは。あと、一人で変な方向に突っ走ってくよりは、誰かに吐いてスッキリした方が建設的だろ」

「私が突っ走るように見えるか?」

「現在進行形で見えてる」


 そう言われると、痛い。自嘲し、深呼吸をひとつ。確かに根津埼の言うように、第三者の冷静な目は、今の私には必要かもしれない。

「仕方ない、行こう。異動祝いで奢ってあげるよ」

「え、まじ。ラッキー」

 良いもん食おう、と遠慮の欠片もなく呟いた根津埼は、本当に相変わらずだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「で? 尾崎はなんで苛々してんの? あ、俺、当ててやろうか。古市くんが――」

「燃やすぞ」

 入店早々、無遠慮に煽ってくる自称友人に、他の人間には見えない位置で炎を放出する。わざと相手の指先を掠るように放ったそれに、根津埼は「こわぁ」と肩を窄めた。

 大体、わかっているくせにそういうことを言う方が悪い。底意地が悪いのだ、こいつは。


「……尊臣は最近、どう?」

「えー、自分で訊けばいいのにぃ」

「……今日の奢りは無しだ」

「ひどい」


 へらへら笑う余裕があるなら、問題無いだろう。


「そうだなー、古市くんね。毎日、頑張ってるよ。こいつと一緒にいるのすっごい不満です~、って顔しながら。いやあ、揶揄い甲斐あるよねえ、彼」

「後輩弄りも程々にしておけよ」

「でも愛嬌あるし、行く先々でも評判いいし。嫉妬深いかもしれないけど、一途だし、浮気しそうもないし、優良物件じゃないですか。ね、尾崎さん」

「きみがいったい何をしたいのか、稀にわからなくなる」

「俺は友人の幸せを偏に願っているだけだよ」


 嘯く友人の顔をじっとりと睨むと、彼は素知らぬ顔で一杯目のビールを豪快に呷った。



「俺はいいと思うけどねえ。前にも言ったけど、あと一年耐えれば、晴れて合法なわけだ。あっちが大人しくする気なさそうだから、それまで上手いこと手綱だけ握っといてくれたら、あとは別に。……尾崎は何が枷になってんの。あんだけわかりやすくチラチラ視線を寄越しといて、何も気になってません~、は、さすがになしでしょ?」



「う……」

 正論だとしても、ひどい言い草である。そんなにわかりやすかっただろうか。頬に走った朱を隠そうと、片手で口元を覆う。

「枷、というか……」

 ぎゅう、と眉根を寄せる。

「……単純に、なんか、恥ずかしい」

「乙女かよ」

「本気で燃やされたいのか、きみ」

「はは、冗談、冗談」

 とってつけたように、害意はありませんよー、と両手を上げる根津埼の言動に、ため息しか出ない。誰だ、よりにもよってこの男に相談しようなんて考えたのは。私か。完全に失策だな。


「でもさあ、俺と付き合ってた時はそんな風にならなかっただろ」

「それは……あれだけ純粋に真っ直ぐ好意を向けられたら、誰だって戸惑うというか。その点、きみとの間には特に何も無かったし」

「ばっさり切り捨てたね、俺を」

「事実だろう?」

「事実だけども」


 終始こんな調子だから、友人以上などとても考えられなかったのだ。根津埼の目にはいつだって、熱が感じられない。向けられただけで落ち着かなくなるくらいの、あの(・・)熱が伴っていない。


「ま、ちょっと羨ましい気もするよ。あれだけ好き好き~って真正面からぶつかってこられるなんて、貴重でしょ。……おーい、なんですかー、その珍妙なものを見る顔は」

「いや、ちょうど、こいつが真面目に恋愛をする日が来るんだろうか、と考えていたから、つい……」

「失礼だな。事実だけど」

「自覚、あったのか」

「あるでしょ、そりゃあ」


 決して胸を張って言うことではない。

 追加の酒を注文しながら、焼き鳥を頬張る根津埼の顔は、若干赤みがかっている。酔いが回ってきたな、こいつ。今にも鼻歌を歌い出しそうだ。


「いいねえ、いいねえ。アオハルだねえ」

「なにを蛍原先輩みたいなことを。大体、あっちはそうだけど、私の年齢でそれは不釣り合いだろう」

「中身が同じくらいだから、アオハルで十分じゃないか?」

「おい、馬鹿にしてるな?」

「はははは!!」


 机の下で足蹴にすると、「いって」と根津埼が悲鳴を上げた。燃やさなかっただけ感謝してほしいくらいだ。

 ふわふわした頭でそう考える時点で、私も大概、酒にやられている。


「それさあ、昼間に古市くんにもやられたんだけど、なに、尾崎の直伝だったわけ。先輩後輩揃って足癖が悪いってなにそれ」

「教えた覚えはないが、どうせきみが蹴られるようなこと言ったんだろ」

「俺に対する容赦の無さにびっくりするよ。友人じゃなかったっけ?」

「友人じゃなかったら燃やしてる」

「物騒過ぎる」


 大仰に肩を竦めた根津埼は、そろそろ酔いを醒まそうと思ったのか、温くなった水を喉に流し込む。時計を見れば、もう結構な時間だった。明日も仕事なのだ。そろそろお開きとするべきだろう。

 伝票ホルダーを手に取ると、「さて、そろそろ帰るか」と根津埼も立ち上がった。

「異動祝いだからな」

「そうだった。ご馳走様です」

 釘を刺すと、根津埼は、尻ポケットの財布に触れていた手を離した。こういう時は素直である。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 会計を済ませて外に出る。アルコールでぽかぽかした身体には、外気が心地よく感じられた。二人揃ってぽやぽやした頭を抱えて、帰路に就く。


「まー、古市くんの件は、あとは尾崎が絆されるだけか」


 急に引き戻された話題に、心臓が跳びはねた。一瞬にして酔いが醒めた気さえする。真顔になった私とは正反対に、根津埼は未だにぼうっとした顔をしている。

「どうしてそういう結論になる」

「えー、だって照れくさいだけなんだろ? 嫌悪感とかじゃなくて」

 自分だって相当な恋愛下手のくせに、根津埼は訳知り顔で、よく当たる占い師の如く、断言した。



「そのうち、何かがきっかけで、どかっと落ちるよ、尾崎は」



 その言葉は、私の心の隙間を縫って、すとんと奥底に沈んでいった。




良くも悪くも末っ子気質の尊臣は、大家族の長男である根津埼と、なんだかんだ相性が良いです。

ちなみに葉月さんはひとりっ子。(ただし同世代の従兄弟が多数)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ