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古市家の妖怪事情  作者: 岩月クロ
第三章 目立ちたくない座敷童
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8.近くて遠い新たな関係

「そうと決まれば善は急げだ」

 がたん、と音を立てて椅子から立ち上がる。何事か、と周囲が仁を見たが、彼はすっきり無視した。え、と目を丸くする鈴子が『待って、まだ心の準備が』と書いている間に、「星崎」と声を掛けた。

「むう~ん?」

 口いっぱいにご飯を頬張っていた彼が、もごもごと答える。

「一緒に良いか? 月原たちも」

 星崎は、月原のグループに潜り込んでいたらしい。

「いいよー。全然オッケー」

 ようやく口に詰まっていたご飯を嚥下した星崎は、仁を見上げる。

「つか、もう用事は終わったのか」

「まあ……」

 終わったというか、新しくできたというか。仁は言い淀んでから、説明するよりも引き合わせた方が早いか、と鈴子を手招きした。

「鈴木、ほら、こっち」

 スケッチブックとペンを両手に持っていた鈴子は、びく、と震えた後、それでもおずおずと近寄ってきた。

 そして、見るからに硬い表情のまま、かちんこちんな声を発する。

「あ、あの、……私も一緒に、良い、ですか?」

「いいよいいよ~」

 月原が先程と同じノリでへらへらと笑った。それからふと、首を捻る。


「ていうか、誰だっけ?」


 歯に衣着せぬズバッとした物言いに、「それ、言っちゃうの?」と月原以外の人間の空気が凍った。いや、正確には鈴子は凍ってはいない。慣れ、もあるのだろうか。緊張した面持ちで、なんとかぎこちない笑みを浮かべながら、名前を名乗った。

「鈴木鈴子です」

「あたし、月原希美(のぞみ)。希美でもいいし、ゾノって呼ばれるからゾノって呼んでー。あたしは鈴ちゃんって呼んでいい?」

「う、うん」

 こういう時の月原の社交性は凄まじいな、と仁は改めて感心した。自分ではとても真似できない。ここに彼女がいて良かった、と安堵した。


「俺はね、星崎慎吾(しんご)な! シンちゃんって呼んで~?」

 星崎が、月原を真似たような声を出しながら、(しな)を作る。この後こっぴどく怒られるのだろうな、と予測しながら傍観していると、案の定、月原の不興を買ったようだ。

「うざい!!」

「うごっ!?」

 炸裂した裏拳が見事に腹を直撃し、星崎は崩れ落ちた。

「あの、大丈夫……ですか?」

「あはは、大丈夫、大丈夫。星崎は打たれ強さが唯一の取柄だから」

「いや、もっとあんだろ俺の取柄! なあ古市!」

 早々に復活した星崎に話を振られた仁は、わざとらしく首を傾げてみせた。

「無いじゃん」

「あるって! あるって!! ほら俺、チョー友達想いだし、な!!」

「自分で言う時点で……」

 残念そうに月原が頭を振る。

 二人の恒例のやり取りに苦笑しながら、鈴子の顔をちらりと盗み見る。

 同じく苦笑。頑張って作ったような笑みだ。でも、嫌そうではなかった。

 だから、きっと大丈夫。



 幸いなことにその予感は見事に的中し、数日も経たないうちに、月原たちと鈴子の仲は随分と伸展したようだった。



 今は、月原が鈴子の髪で三つ編みを作りながら、にんまり笑っている。月原の友人の牧野(まきの)も反対側を編み込んでいる。鈴子はされるがままだ。

「やー、もうサラサラ! 羨ましいわ」

「そ、そうかな」

「いやほんと綺麗だよ! 三つ編み楽しい!!」

「前髪は? 前髪はあげちゃだめなの?」

「えっと、いつも下ろしてるから、恥ずかしい……」

「なるほど、じゃああげよう」

「ええ!?」

 仁は、目の前できゃいきゃいと楽しげに髪を弄っている月原たちと、必死で前髪を押さえている鈴子の姿を眺める。楽しそうで何よりだ――正直に言うと、前髪をわけた姿を見たい、という密かな期待もあった――。鈴子自身はまだ控えめなところはあるが、それは遠慮というよりも、彼女本来の気質でもあるのかもしれない。

 ……ただ、ほんの少しだけ。

 二人で話す時間はなくなってしまったことが残念だ。


(や、そもそもそんな時間、元からほとんど無かったか)


 肩を竦めながら、半分齧った卵焼きを口に放り込む。

「あれ?」

 星崎が突然声をあげた。視線は、教室の出入り口に向けられている。

「あれってさ、古市の弟じゃなかったっけ」

「え?」

 仁が星崎の視線を追うと、確かにそこにいたのは善だった。

「ほんとだ、どうしたんだあいつ。……悪い、ちょっと行ってくる」

 念のため、一人でも大丈夫か、と鈴子に目配せすると、彼女はこくこくと小刻みに頷いた。髪を弄られている今なら『忘れられる』こともないだろう。



「善、どうした?」

「電子辞書忘れた。五限終わったら返すから、貸して。……仁兄、五限、使う?」

「いや」

 教室の掲示板に貼られた時間割りを確認する。

「五限も六限も使わないから、返すのは家で良い。持ってくる」

「ん。……俺、階段の踊り場で待ってる。ここ、居心地悪い」

 そう言って、善は微かに眉を寄せた。確かに先程から、クラスメイトや、廊下を通りがかる生徒の視線が集まっている。普段、別の学年の生徒が来ることはほとんどない。それに加えて「あれ古市の弟だってさー」という類いの好奇心も注目を集めている理由になっているようだ。

 それにしたって、この場で渡してさっさと帰る方が余程早い気がするのだが。

 不思議に思いながらも、了解、と短く返した。いったん席に戻り、机にしまっていた電子辞書を取り出して振り向くと、既に弟の姿は無かった。


「善、持ってきた」

 宣言通り、彼は階段の踊り場で、壁に背中を預けて立っていた。電子辞書を差し出すと、善はぼんやりとした表情でそれを受け取りながら、そのままずるずると座り込んだ。まるで帰りたくない、と駄々をこねる子どものようだ。だが、廊下に座り込むなよ、と叱っても聞く耳を持たないだろう。

「…………」

「……どうした?」

「…………」

 無言と無表情を貫く弟に、仁は眉尻を下げた。

「……電子辞書、友達に借りても良かったんじゃないか?」

「…………」

「それか、別のクラスにいる彼女」

「別れたからいない」

 いつも通りの声色でしれっと言い放った善の旋毛を見下ろす。

「いつ?」

「今さっき」

 その足でそのままこっちに来たのだろうか。

 深く聴くべきか、軽く受け流すべきか。おそらくは前者を望んでここに来たのだろうが、そうするためには如何せん時間が無い上に、ここは学校の階段だ。


 どうしたものか、と悩んでいる間に、善が口を開いた。

「好きな人ができた、って言われた。だから、じゃあ別れよう、って返したら、すごく泣かれた。フラれたの俺なのに」

 表情こそいつも通り平然としているように見えたが、よくよく確かめてみると、目許が赤い。瞳にも、悲しみと怒りが混ぜこぜになったような色が見え隠れしている。

「好きが見えない所為だ、って。そもそも感情なんて見えるわけないのに」

 わけわかんない。もごもごと言い連ねる善の頭を、ぽんぽんと撫でる。普段なら振り払われてもおかしくないが、今回に限っては大人しくしている。つまりはそういうことなのだろう。

 お前も大概わかりにくい落ち込み方をしてるけどな、という言葉は胸に留めておいた。


 奇異の目を向けられながらも――男子生徒が、一学年下の男子生徒の頭を撫でていたら、そりゃあそれなりに目立つ――しばらくそうしていたら、ようやく少し落ち着いたらしい。

「もうしばらく恋愛とかいい」

「そうしとけ。どうせ落ちる時は、いろんな都合を無視して勝手に落ちるんだから」

 こちらの都合も、あちらの都合も、環境も、状況も、全て無視だ。

 ふう、と小さく息を吐く。

 善がおもむろに上を――つまり仁の顔を見た。

「仁兄……好きな人、できたんだ」

「は?」

 なんでそうなる、と問い詰める前に、善が携帯を取り出した。非常に嫌な予感がする。

「待て、何してる」

「一兄と尊臣に報告」

「やめろ。あと校内では携帯禁止だ。没収されるぞ」

「大丈夫、上手くやる」

「そういう問題じゃない」

 兄弟で携帯の取り合いをしていると、予鈴が鳴った。二人同時に、動きが止まる。


「……まだ昼ご飯食べてないのに」

「俺も途中だ」


 かくして、一時休戦と相成った。もう完全に昼食を諦めた風の足取りでのろのろと自分の教室に戻っていく善とは違い、仁は慌ただしく教室に戻ると、残り少ない弁当の中身を掻き込んだ。

 慌てていたおかげだろうか、その時は何も考えていなかった。が、授業中になり落ち着くと、善の言葉が蘇ってきた。

『仁兄……好きな人、できたんだ』

 どうして善はそう言ったのだろう。そう考えた、理由があるはずだ。あの時の自分の言動にどこか、それを匂わせるものがあったはずだ。

 ――が。

(駄目だ……)

 なにひとつ、思いつかなかった。

 でも、仮にもし自分が今、誰かを好きなのだとしたら、それは――


 ふと気づくと、視界の中心には、鈴子の姿があった。


 言葉で結論付けるよりも先に、突然答えを投げつけられたような心境に陥る。

 逃げるように視線を外して、黒板を睨みつけた。授業に集中しなければ。半ば意識が乗っ取られかけながら、辛うじて板書だけはノートに写した。

「古市ぃ」

 休み時間になると、星崎が寄って来た。

「弟、大丈夫だったか?」

「あ~……、ああ」

 大丈夫、だろう。おそらく。傷心ではあったが。

「そういや古市が席立った後に話してたんだけど、月原たち、剣道部の大会、応援に来るってさ」

「へえ」

 月原は前回も、なんだったらその前も試合を観戦しに来ていた。幼馴染だから、と本人は言っていたが。なんだかんだで仲が良い二人である。

 と、他人事のように聞き流していたら、星崎がにやりと笑った。

「鈴ちゃんも来るんだって」

「…………へえ」

「いやー、頑張らないとなあ」

「……まあ、そうだな」

 す、と視線を外すと、それを追うように星崎が仁の視界に入り込んだ。

「カッコイイとこ、見せたいもんな~」

「…………」

 無言で蹴ると、「痛っ!」と悲鳴が上がった。


「蹴ることねえじゃんかよ。いいじゃん、カノジョにいいカッコしたいって思うのなんて普通だろ」

「は? かのじょ?」

「え、違うの?」

 お互いに顔を見合わせる。次いで星崎が「マジで?」とあんぐり口を開けた。

「だって二人で意味ありげに目配せしてるし」

 それは必要に迫られたからであって……

「あと、お前はどうでもいい相手をわざわざ連れてきたりしない」

「それは、俺にとっては、どうでもよくないってだけの話だろう」

「つまり片想い!?」

 何故かキラキラした目を向けてきた星崎に、じとー、とした目で返すと、それでも星崎は嬉しそうに笑った。そうかそうかついにそんな相手が……、などと言う姿に、お前はいつ俺の保護者的立場になったんだ、という言葉が喉元まで出てきた。


「じゃあ、更に頑張らないといけないな! うおっしゃ燃えてきた!!」

「お前が燃えてどうする」

 言い返しながら、ふと『片想い』について否定し損ねたことに気づく。それ以前に、自らそれを認めるような発言をしている。

 ――これは。

 いよいよもって、認めざるを得ない。



(俺は、鈴木のことが好き……らしい)



 明確な言葉にしてみると、それははっきりと熱を持ってくる。仁は赤く染まった自分の頬を隠すように、仏頂面で頬杖を突いた。






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