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異世界で軍人してます 未完結前提の投稿 

作者: 多聞天

※※ プロローグ 異世界史概略


 ……大陸の歴史が始まるより古い時代。神話の時代と呼ばれ、神々が大陸で覇権を争う時代があった。神々の戦いは熾烈を極め、地形を変えるほどの威力を扱う戦争が多数あった。神話は善神と邪神の対立がストーリーとして物語形式で後世に残されている。

 どれほどの期間戦ったのか、どのように戦ったのか、神はどのような容姿だったのか。それら全ては神話として残されているが、真実性があるとは思われていない。槍を一振りしたら大陸が割れた。肉片から島々が出来たなど荒唐無稽な話もあるが故に……。

 人族よりも先に文明化した歴史を持ったのは魔族である。神話で登場する地名や神々の名前は魔族が歴史を形作る以前よりも存在していたが、実際に神を見たものは誰もいないので、大陸上で始めて文明社会を持ったのは魔族である。神話では珍しく邪神が善神を倒すという勧善懲悪とは真逆の結末ではあるが、魔族が崇めているのは邪神なのでこの場合、まっとうな意味で善悪は正しかった。

 神々の戦いの結果、邪神が大陸上で唯一の神となり、邪神は唯一神として神界へ昇った。それが神話の結末である。神々の戦いは激しいもので、邪神が勝利したとはいえ満身創痍であり、善神との戦いで多数の肉片を削ぎ落とされた。それが魔族の始まりであるとされている。

 魔族は多数の種族がおり、たびたび種族間同士で争いが起きていた。魔族という種全体で見れば争いがなかった歴史は無く、常に乱世であった。しかし、副次的に種全体があきらかな戦闘能力の向上が見られた。弱い種族は強い種族に従属するか滅ぼされるかしていき淘汰されていったのが原因であると近年の歴史家たちは結論付けた。

 魔族が歴史を持ち、大陸歴が制定されて一六〇〇年以上経過している。その中で極めて強力な指導者や歴史的英雄が生まれたのが、黄金期と呼ばれる大陸歴一〇〇〇年代のことである。

 この頃、魔族たちが政治的統一を行うために魔族種族連邦から魔王帝国への成立の過程で大きな争いがあった。同じ魔族同士でも数多存在する種族間で泥沼の内戦が長く続いた。その中で頭角を現したのが、カムイ族であった。

 歴史的結果を見れば、カムイ族が政治、軍事の権力を掌握するため専制君主制魔王帝国を成立させ王座に座ることになる。かくして、魔族たちをまとめ上げて政治的統一を果たしたカムイ族は、一族の目的であった大陸最奥部と辺境部にあくなき探求心を持って、挑んだ。それは爆発的膨張であった。未知を求めて開拓地を突き進む。だが、開拓地の住人たちにとってそれは厄災であった。政治的統一がなされたとはいえ、王威が開拓地に通じないことが多々あった。同時に、それは侵略した開拓地を自分の自由にできるということであった。


 各魔族はこぞって無秩序に開拓地を目指した。それは自分の領土を得るためであり、帝国のためではなかったのだ。程なくして、各地で力を持つ魔族が増えていくことが帝国の問題となる。それを面白く思わないのは、苦労の末に帝国を成立させたカムイ族である。

 この問題が顕在化してきた時、帝国は既にカムイ族のものになっており、それは政治的にも軍事的にもである。帝国は本腰を入れてこの問題を片付けることにした。

 皇帝自ら軍を率いて各地に打って出て、連戦連勝を重ねた。しかし、遠方すぎる開拓地は補給線が伸びるという理由で大々的な軍事行動は控えた。初代魔王国皇帝は、暴君であることに間違いないが、軍事的才幹は高かったと後世の歴史に名を残している。

 長い時を経て、魔王帝国は各地に存在する勢力を飲み込み、国家安定化を成し得た。その過程において、新たな発見と出会いがあった。それは、魔族と異なる種族である人族との出会いと、魔族と人族の間に生まれた種族である。どちらも未知であり、新しいものであった。

 魔族にとって人族は脅威になり得た。まず、魔族同様、魔力が扱える事であり最も脅威なことはその繁殖力と数である。また、魔族と人族の間に生まれた新しい種族は両者の良い所も悪い所も引き継ぐ種族のようであり、便宜上、帝国はこの種族を亞人族と名付けた。

 人族は魔族と異なる文化と社会があり、人族のための共和制同盟国家を成立させようとしていた。帝国は魔族統一のために多くの犠牲を出した。帝国としてはそのような悲劇を"国内"で再び行わせるにはならなかった。

 だが、人族は魔族と相容れない返答をした。それが魔族と人族の対立の始まりであるとされている。


 ――。

 ――――。

 人族と魔族は世界を二分にぶんした。世界を、天下を、どちらが統一するか。それは神にさえわからないことである。

 わかっていることがある。一つは、人族と魔族の戦争は、200年間ものあいだ膠着していることであり、2つは、それは、歴史が、時代が生み出した若き英雄が両陣営に登場することで、歴史は大きく動き始めることである。

 燃えるような朱色の瞳。銀髪に彩られた氷のような美貌。その表情は、不敵そのものである。その若者の名はヴァイス・カムイ。生まれついての専制君主と揶揄されたこともあるが、己の才幹と実力を持って名実共に魔王帝国の皇帝に上り詰めた人物である。

 彼女は王家に生まれたが、王位継承権は下から数えたほうが早かった。しかし、彼女の運命は自らの手で変えた。王位継承権を持つ兄弟と自らの親を排除した。その時の年齢が若干二〇歳であった。強行手段を用いた王位簒奪に反発するのは当たり前の帰結であったが、自己の才幹を他者に示すことにより、その批判は鳴りを潜めていった。専制国家の魔王帝国らしいと言えばらしい歴史であるが、魔族の寿命は人族に比べると非常に長く、平均寿命は六〇〇歳をゆうに超える。当時から彼女は貴族や将校達から「生意気な銀髪の女児」と呼ばれていた。

 ヴァイス・カムイの目的は大陸統一であり、それは神話に登場する邪神が成し得た神の偉業に倣ったものであり、まことしやかであるが、大陸を統一した者は神に成れると言われている。

 彼女の政治的、軍事的手腕は初代魔王国皇帝を超える物である。簒奪により王位を奪ったのは悪辣であるという大義名分の元に彼女を倒し自身が皇帝になるという輩は多く存在した。それをことごとく倒し、従属させていきヴァイス・カムイの勢力に取り込んでいった。中央を制した後に辺境地開拓に乗り出し、自ら陣頭指揮を取っては辺境地に住んでいた優秀な魔族を勢力に加えていき、優秀な物に限るが、身分や種族に別け隔てなく人材収集癖があると周知させることになる。

 いつしか、彼女に付いて行けば出世と報酬が約束されるということになっており、実際彼女は優秀な者には身分や種族に関わらず相応しい地位と権力を与えている。

 輝かしい美貌、才幹、戦果を持つ彼女を崇拝する臣下は多い。一方で彼女に妬みや怨みを持つ者も潜在的に多い。それでも彼女は止まらない。その足を止めるとしたらそれは大陸統一を達成した時であろう。


 一方、長き時を経て、人族同盟もひとりの用兵家を得た。

 発見された当時はほぼ全裸。下着1枚で同盟軍に保護された時の年齢は若干一八歳。青樹明海あおき あけみである。異世界では書類上、アケミ・アオキである。

 異世界人である彼は元の世界でも軍事に志があったわけではない。いくつかの偶然が重なったのだ。彼が思うに、異世界へ漂流するという偶然は必要なかった。日本で平穏無事にごく普通に生涯を終わらせたかったのだ。それらを環境が許さなかった。

 一つ、異世界で生きていくために必要だった。二つ、身元引き受け人が軍人であった。三つ、長き戦争で圧倒的に男性軍人が不足していた。数を数えればキリが無くなるほど必然的に彼は軍人へ歩む道しかなかったのだ。

 しかし、彼は歴史上敗戦国である日本で生まれ育った。戦争への忌避感と嫌悪感は義務教育と環境で育まれていたが、皮肉にも軍人という職業に対して彼は非常に秀でた適性と才幹があった。彼は義理を返したらさっさと軍部から抜けだして異世界を冒険するという欲求は終生叶えられることはなかった。

 大陸歴一六五〇年の初頭、ヴァイス・カムイ率いる魔王帝国軍と人族同盟国軍の一員であるアケミ・アオキが戦場でぶつかることになる。

 このときヴァイス・カムイは三二一歳、アケミ・アオキは二一歳であった。


 ※※ 01


 異世界、魔法、冒険者、魔王、勇者などなど。異世界ファンタジーと言えば、魔法勢力が主軸であり魔法文化が存在し、中世ヨーロッパ風の世界観を持ち封建的貴族社会が王道パターンと言えるかもしれない。

 転生、召喚、漂流などで異世界での生活を余儀なくされることがある物語をたくさん知っているが、俺は漂流に該当するのだろう。正確な日数は数えていないので分からないが、日付がわかるようになってわかったのは異世界での生活は約三年の月日が流れていることだった。

 便宜上、異世界漂流者という名称が当てはまる俺は当時、パンツ一丁で異世界漂流したヘンタイパンツマンであった。今ではどこにパンツマンが現れたかわかる。偶然なのか、必然なのか、誰かの意志があったかもしれないが、異世界に存在している魔物に襲われた村の近場だったのが幸いしたのだろう。パンツマンでも怪しまれずに済んだのだ。

 その後の行動というか流れに身を任せた結果は、避難民と共に人類というか人族が治める人族同盟国軍の軍人たちに保護されたのだ。

 ご都合主義的になるが、異世界で俺の言葉は通じた。文字は覚えることになったが。しかし、当時は文字を読めなかったし置かれている環境と社会問題について理解がなかった。無知であることが俺の人生を変えることになったと言えば自己責任の範疇だが、善意的な詐欺にあったと言えるだろう。

 現代日本で生活していた俺でも異世界の軍人というのは見てわかった。いわゆる、ミリタリー系ファッションだったのだ。異世界漂流が出来た(起こったのかもしれない)ということは世界が近いのか、俺の知る地球世界に存在する様々な物がこの世界にも存在していたのだ。ともあれ、世界間移動や異世界に類する知識は持っていないので詳しくはわからない。

 無事保護されたと同時に書類にサインが必要だと言われたので言われるがままにサインしたが、俺の書いた文字が読めないとのことで名前と年齢を自己紹介したらそれをそのまま軍人が書いたのだ。それで良いのかと思い返すが、完全に違法行為である。しかし、俺と同じく文字が読めない、文字が書けないという幼子の場合は誰かが代筆してた。俺は幼子と同じ扱いだった。パンツ一丁から幼子へ昇進したと喜んだ。それは鮮明に覚えている感情だ。

 それから栄進して今では少将という位にいる。

 男性軍人は出世が早いと聞いていたが、早過ぎると思った。しかし、俺にはどうやら軍事的な才幹があるようだ。自覚していてもなお、他人事に思える。その理由はいくつかあるが、俺の指示に隊が寸分違わず従ってくれることにある。つまり自分自身の力で得たという実感が薄いのだ。また様々な歴史的知識を持っているので勝てたということも多い。身に余る社会的地位は俺の望むところではない。


 ※※ 02


 魔王帝国軍上級大将マリア・ホーリーは戦場に用意された帝国軍本陣営へ一歩を踏み入れた瞬間、思わず立ちすくんだ。それは見慣れたはずの幼馴染であり、親友であり皇帝であるヴァイス・カムイに見惚れたからだ。

 極限まで研ぎ澄まされた芸術品は何度見ても立ちすくむような感覚を得ると言うが、まさに彼女が体験したのはそれである。

 本陣営に用意された皇帝専用の椅子に座り、報告書に目を通している姿はヴァイスに取って日常的行動であるが、見るもの全てを魅了する芸術的行動なのだ。


「気になる報告でもありましたか、ヴァイス様」


 ヴァイスはマリアの声に一瞬の間を置いて、マリアに視線を向けた。ここに第三者が存在していたら究極とも言える美が二つ揃う奇跡を見たと後世に残すだろう。

 黒に近い青毛を持ち。美少女に違いないが、微笑が張り付いた不気味な人形に思える容姿のマリア・ホーリーに対して、気が弱ければ倒れると人族同盟で噂されている燃えるような朱色の瞳を向けている。マリアはそれを微笑で迎えている。


「言わなくてもわかるでしょう? マリア?」


 美しい旋律で奏でられた言葉には、棘があった。しかし友に向ける優しいものであった。これが英気と覇気を含んだいつもの旋律ならば誰もが萎縮するだろう。否、現に先ほど萎縮させた。現在、膠着状態が続く戦場だが、帝国軍三万、同盟一万五〇〇〇の兵力差があるにもかかわらす膠着状態にあるのだ。


「アケミ・アオキ少将ですね」

「そう! アオキ・アオキ少将よ!」


 ヴァイスは声量大きく、歓喜を表したのだ。マリアは疑問に思う。敵が不利であり、こちらが圧勝すべき戦場で膠着状態に持ち込まれているという事態をどう思っているのか。その答えは目の前にある。

 それは歓喜である。


「王位簒奪から始まった私の戦いの中でもおおよそ、明確な敵というのがいなかったわ。でも、この瞬間、この時、この時代にはいる」


 人生の殆どを一緒に過ごしてきたマリアは過去を思い出して、微笑で答える。


「王位簒奪の時から始まった私とヴァイス様の戦いの中で、楽勝という相手は人族くらいでしたが?」


 慢性的な戦争状態の中でも三度ほど人族同盟軍の中に英傑、英雄と呼んでも良い将官はいたが、それでも魔族相手に比べると劣る。


「だからこそ面白いわ。この数年同盟が手強くなったように感じたのは、アケミ・アオキの存在が大きく影響しているわ」

「過大評価と思います。それにあまり期待をしても期待はずれの際に落ち込むのはヴァイス様です」


 マリアはヴァイスの性格を熟知している。それが故に、忠告する。そして帝国中でヴァイスに忠告できる人物はマリアしかいない。


「そう言われると思ってアケミの経歴を調べさせたわ」


 ついに敬称が名前に変わったのを聞いてマリアは微笑を崩さず、内心で獲物が定められたとつぶやいた。


「あまり亞人を使うのはどうかと思いますが。私の知る限り、前回の功績で少将に昇進したのが最新情報だったかと」

「そうね。それは最新情報であって、為人を知るための情報ではないわね」


 品定めをする艶のある表情だが、同時に殺意と敵意が若干あるものだった。


 人族同盟軍アケミ・アオキ少将。現在二十一歳であり、ヴァイス達と三〇〇歳もの歳の差があるが、容姿で言えばヴァイス達の方が年下に見られるか、同年代と思われるだろう。

 黒い髪と黒い瞳が特徴であり、肌の色は白色に近い黄色で人族、魔族、亞人族の中でも珍しい組み合わせである。親兄弟はなく、戦乱の中かで帝国軍に落とされた村で保護された。その後、発見保護した軍人が身元引き受け人となり程なくして軍籍に身をおくことになる。同盟の状況的にやむなしといったところだろうが、短期士官学校での成績は良くも悪くも平均的だった。


『座学、それも基礎教育と戦略、戦術系は満点に近いが魔法学と魔法実技は落第点ギリギリ』


 昔は魔法学と魔法実技が芳しくないのは珍しくもなかったが、現在では相当珍しくこのような情報が記録として残っている程だ。入学当初は魔法関係の課目は超低空飛行と落第を繰り返しているが、数ヶ月後には落第することなく落第点ギリギリを保てるようになっていた。入学当初から面倒を見ている教官はとんだ落ちこぼれが入ってきたと嘆いたが、時代と状況がそれを許さなかった。同級生の九割は女性なのだ。それに時間もなかった。異例であるが、物は試しに本来踏むべき段階を飛び越して、実践形式の訓練を体験させることにしたのだ。遅かれ早かれやることになるし、上手くいかなければ子供生産機として後方に回せば良いと考えていたのだ。そのため相手には類稀なる才幹を持ち、一〇〇年に一人の逸材と称された同級生を実践形式の訓練相手にした。本来なら半年以上の訓練を受けるべきなのだが、いくら男性が本人の意志(アケミは騙されたが士官学校側にはそう伝えられている)で士官学校に入学してきたとはいえ、数ヶ月間落第点ギリギリを彷徨っている落ちこぼれに手間をかけられることを嫌った。

 複数の教官たちが見守る中、アケミは一〇〇年に一人の逸材と評価されているアントワーヌ・ルイゼットを撃破してしまったのだ。

 毎度、帝国軍と同盟軍は平野にて陣形を組んでぶつかり合う。実践形式の訓練でも同じ条件である。アントワーヌは正々堂々と部隊を横一列に並べもっとも基本的な陣形とされる横陣形に組み一糸乱れずに秩序だって全体を前進させた。アントワーヌの狙いは力の差を見せることにある。それに対してアケミは鋒矢陣形を取り、面で迫ってくるアントワーヌが指揮する横陣形を点で突破する構えを見せたのだ。

 戦場に正解はない。あるとしたらそれは勝者である。

 その言葉が正しいことを認識できる一戦だった。両者が指揮する陣形がぶつかり合う寸前で、アケミが指揮する陣形が進行方向を変えたのだ。いや、食い破る面の場所を変えたと言えるだろう。

 ぶつかり合うと構えていた部隊の虚を突いて援護するはずの部隊を攻撃し、突破。横陣形が分断されたのだ。そして混乱したところで各個撃破されていきアントワーヌの陣形はズタズタに切り裂かれた。また各個撃破の際に、アントワーヌを直接狙う精鋭部隊も動いており、陣形をズタズタにされたのは、アントワーヌが指揮を出せる状況ではなかったのが大きい。

 奇策と強襲によるアケミの勝利であった。これに対してアントワーヌは『正面から戦っていたら私が勝利していたわ』と言葉を残している。


 アントワーヌは即戦力として期待されていた。そのアントワーヌを撃破した上に、数少ない男性軍人の登場である。これは士気向上に使えると思ったのか、短期士官学校を飛び級して卒業した(させられたともいう)アケミは戦場に派遣されることになる。


 ※※ 03


 自分を特別な存在だと思ったことは一度としてない。ましてや、軍人など日本で職業として成り立っていない存在だ。だが、俺は知っている。それは学校で学んだ歴史や娯楽から得た知識でだが、戦争というものは知っている。そして、どうやれば戦争に勝つか。それも理解している。


「ご高説聞こうじゃないの」


 年齢的にも階級的にも俺の方が上だが、アントワーヌとは付き合いが長かったりする。士官学校時代を含めて三年近くになる。


「ええ、私も是非とも聞きたいですね」


 アントワーヌの先輩で、俺の直属の部下であるロッタ・トリッドも付き合いが長いが、アントワーヌとロッタは友人関係にあり彼女たちの共通の敵として俺が存在しているらしい。


「というか、戦史上かつて同盟軍が帝国軍を撤退に追い込んだことがあるから既存の策だということを踏まえて言う」

「そういえば戦史課目も毎回高得点だったわね」


 嫌味と皮肉だろう。座学系以外は落第点ギリギリだと知っているくせに。


「極端なことを言えば、魔王帝国軍そのものである皇帝ヴァイスを戦場で倒すことよりも、補給線、補給路を絶てば相手は撤退するしかないということさ。魔族とは言え飲まず食わずで戦い続けることは出来ないからね」


 自然災害の多い日本で生まれ育った俺は支援の重要性を理解している。災害で道路などが壊れ支援物資が届けられないという状況をニュースなどで見た記憶と戦争を結びつけると、自ずと結果が見えるものだ。人は衣食住のどれかが欠けるだけで辛いのだ。それは魔族も同じであり、それが戦争となれば生きる上で必要不可欠な食を狙うのが正しい。反面、人道的ではないと思う。


「未だに納得出来ないのは、士官学校時代にアケミに実践形式訓練で負けたことなんだけど……」


 全くもって話の繋がりがない。


「……今では一応頼りにしているわ。救国の英雄さん」


 ツンデレなのか? そうなのか?

 そう思いつつ俺は天を仰いだ。短期とは言え士官学校を卒業すると同時に少尉に任官する。それは男女平等だ。しかし男性軍人不足という状況が数日後に俺をもう一つ上の階級に押し上げたのだ。それもそのはずで、人族同盟軍人の九割弱が女性なのだ。若い男性軍人がいるというだけで、士気が異なるし身なりや生活の向上といった効果が必然的に現れる。このご時世ではこれが普通だったのだ。

 中尉昇進と同時に俺は前線勤務を命じられた。それは士官学校時代の出来事を加味した人事だったと思える。思えるが貴重な男性軍人を前線に派遣するとは矛盾が発生しているぞ。


「どこで俺の人生は狂ったのやら……」


 異世界漂流が原因だろう。


「私の人生はアケミと出会ったせいで狂いっぱなしだけどね」

「同感ね」


 アントワーヌの意見に同意する形でロッタが頷いた。

 一度として軍人になりたいと思ったことはない。ただ、異世界という特殊な環境で生きるにはそれしか選択肢がなかったとも言える。しかし、軍の教育機関はその社会、世界の最新の情報と知識を得られる環境だった。

 俺が最も関心を持ったのは、やはり魔法と魔族の存在である。どちらもファンタジー系物語に登場するので知識として知っている。

 この異世界では、体内に内包している内包魔力オドを使うことを魔術と呼び、世界に充満している外包魔力マナを使うことを魔法と呼ぶのだが、魔術を使うのが人族であり、魔法を使うのが魔族である。

 馴染みやすいというか、なんというか。俺としては分かりやすかったので良しとする。


 ※※ 04


 ナナス平野は魔王帝国軍と人族同盟軍がぶつかり合う通例の場所となっている。遮蔽物などなく、見通しが良いので奇襲や伏兵の恐れがないのが互いに平等であることと、大陸に伝わる神話の中で神同士が戦った神聖な戦場ということで、故事に習って戦場を固定している。また地理的にも両国の中間地点にあるので戦場で雌雄を決した直後に相手の本国へ攻め入る、ということも可能である。だが、あくまでも前線戦闘区域での勝利の余勢を得て突き進むには、防衛線である要塞や軍事拠点などによる大きな抵抗を覚悟しなければならない。

 よって、やはりナナス平野での戦果を政治的交渉に使い降伏宣言を引き出させるのが最善であるという認識である。

 魔王帝国皇帝ヴァイスはあくまでも専制君主の皇帝として魔王帝国による統一支配を目的としており、人族を根絶するのが目的ではない。一方、人族同盟は人族のための共和制民主主義国家成立が目的であり、それを認めない帝国に反発する形で戦争を行っているのだ。

 どちらかが折れれば戦争はいとも容易く終結するだろう。それが出来ないのが、魔族と人族が背負う罪深き業である。

 

 もう何回目になるか、数えるのも馬鹿になるほどの数を重ねてきた戦場には、血と肉と屍が染み付いている。しかし、会戦のたびに平野は綺麗なものに戻っている。その理由は、できるだけ死体は回収していることと、できなかったものは動物や魔物などが消化していき、時間とともに自然に淘汰されるからだ。

 また同じナナス平野と言っても広大な平野であり、たびたび平野内の場所を変えて戦うのだ。戦争行為なのだが、些かスポーツのようなルールがある。まず、どちらかが宣戦布告する。その後、お互いに戦争特使を出し、ナナス平野のどこで戦うかを取り決める。それが決まり次第、一〇日の日数を置いた後に会戦という具合だ。この約束ごとを破るということは両国とも皆無である。その理由は多々あるが、やはり大陸に伝わる神々の戦いの場を汚すような行為は忌避されているからだ。もし仮に約束ごとを破った場合、勝者には絶賛とは真逆の酷評を受けることになり、神聖なものを穢したことで後々反発と反逆の理由となりうるのだ。


 ナナス平野は最前線の戦場である。そして両国共に最前線の戦場から数百キロ離れた位置に最前線基地を配置している。帝国軍はナナス平野から本国への道のりに一三の要塞が、同盟軍は一二の要塞があり本国側からナナス平野側へその数字は増えていく。つまり、帝国軍の最前線基地は第一三防衛基地となり、同盟軍は第一二防衛基地となる。

 そして、アケミ・アオキは少将に昇進したことにより最前線基地である人族同盟軍第一二防衛基地司令官という長々しく色々な意味で重々しい役職に就いている。一方、魔王帝国軍はその全ての防衛基地の最高司令官は皇帝ヴァイス・カムイであるが、それは名目上のことであり実際の帝国軍の人事上は一三名の上級大将が代理司令官として派遣されている。

 防衛基地の数には意味がある。魔王帝国の場合ははないと人族に不吉とされ忌避されている一三(これには定説がないが、広く認められてしまっている)という数を好き好んで使う傾向があり、基地数も嫌がらせ的な意味合いで使っている。人族同盟の場合は、ギリシア神話の英雄ヘラクレスが受けた12の試練の故事に倣っている。

 アケミがこの異世界と自分のいた世界が近いと考えた理由は、こういった地球世界に存在した神話や逸話がこの異世界にも存在していることであり、同時に自分以外にも過去に異世界漂流した者がこういった話を残したと予測しているが、その事実は全くもって不明である。


 両国の最前線基地に駐留している軍人数は、魔王帝国軍三万人、人族同盟軍一万五〇〇〇人である。帝国軍は最前線基地以外にも軍人は豊富にいるが、同盟軍は精一杯の数字である。この数字情報は亜人族自治領から得ている。

 亜人族は魔族、人族互いの血を引くが故に、両種族の長所と短所を持つ。かつて帝国に亜人族と名付けられ、帝国の支配下にいるものの、独自の文化を持つことで帝国内と思えない地域に変貌していったのだ。亜人族の多くが商才にたける者が多く、亜人族が済む地域は商業地域化していった。また地理的にもナナス平野の真南の山脈地帯の位置にあり、自然の要塞が侵略を阻む形となっているが、亜人族たちはその山脈に独自にトンネルを作り、両国へ自由に行き来することができた。

 このトンネルは亜人族だけが自由に使えるように細工をしており、更にトンネル内がどのように繋がっているかは亜人族しか把握していない状態だ。それに帝国が気付いた時には手遅れであった。その頃、亜人族は帝国に対して帝国内で完全な自治権を手に入れるよう動いた。これは、両勢力のほぼ中間に位置する山脈を完全に支配しているために、帝国は受け入れるしかなかったのだ。下らなくはないが、既に支配下にある亜人族を再び支配するとなると圧政と言われるだろうし、交渉条件に魔王帝国と人族同盟との外交、通商で得られるものを帝国に貢納し、同盟には高値で売るということで帝国には有益を、同盟には若干の不利益をという形であり、帝国としては悪く無い条件であったのだ。


 皇帝ヴァイス・カムイは会戦時に必ず最前線基地である第一三防衛基地に滞在するのに対して、同盟軍の最高司令官は最終防衛ラインである第一防衛基地に滞在している。この差は国力差と揶揄されることが多いが、制度の違いによるものであると反論もある。

 もっとも、ヴァイスの気質が彼女を前線に赴かせるのだが、それをよく知るのは味方であり、敵はそれを知らなくても良いのだ。



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