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聖ランドリギーヌの夜明け

作者: 帆摘

これは、この国で初めての平民女性官僚としてその能力を高く買われ、数々の功績を遺した私、リサ・バートン(旧姓:テイラー)の手記である。


「聖ランドリギーヌ高等学院」


そこは将来、国内外を問わず国を背負っていく主要な王侯貴族ら、そして一部の際立って優秀または特殊技能を持つ平民だけが入学を許される選ばれた者たちの集う全寮制の学びの園である。18歳までの最後の4年の間、寝食を共にした生徒らは学院にて将来自分たちが担う役職のための教育と仲間との絆を深めて後、初めて公な社交界への参加を認められるのである。

当然のごとく学院の卒業式には王を初めとした高位貴族及び諸国からの貴賓が列席し、最終試験を終え証を得た子女を迎え、卒業式の晩に初めて公式な社交界への参加を兼ねた盛大な舞踏会が開かれる。

そして今年、この学院の名を冠する王家のたった一人の跡継ぎである皇子が卒業と共に立太子し、正式な婚姻発表を行うとの王家の通達により、近隣諸国からの貴賓客も多く出席を表明し、通年よりも豪奢で大がかりであった卒業舞踏会にて前代未聞の事件は幕を開けたのである。


舞踏会は国王の開始の合図とともに今年卒業を果たしたデビュタントらが城の大広間に入場し、パートナーと一斉にワルツを踊ることから始まる。僭越ながら、一介の庶民であった私も卒業とともに国からデビュタントの為の白いドレスを賜り、この栄えある卒業舞踏会に参加している。

聖ランギーヌへの入学は、言うまでもなく平民にとって超難関ではあるものの、奨学生として学費・寮費を免除され、また校内で認められている実施訓練を兼ねたアルバイトにより給料まで得ることができる為、多くの志ある者達が入学を試みるが、入学を果たす平民の数は毎年10人にも満たない。

また無事に入学できたとしても、元々血統による特殊技能をもつ貴族らの間で優秀とはいえ、ほぼ魔力を持たない平民が貴族よりも優秀な成績を保ち続けて卒業するのは至難であり、最終的に卒業の証を手に入れるものは入学時の半分となる。

貴族であったとしても努力を怠ったものは容赦なく落第するか、他校へと転校することもある。


この国の中枢は開かれた実力主義であり、平民であったとしても優秀なものは取り立てられる。少数の出来の悪い貴族にやっかまれることはあっても、難関をくぐり抜け、学院から卒業していった栄えある平民の先輩は皆その優秀な頭脳と能力をもって国の中枢にて活躍しており、持ち前の図太さと能力をもって

貴族のやっかみからも身を守る術を持つ者たちである。

私も学院の奨学生としての恩恵を受け、在学中にいくつかの特許を得て収入を得ており、その延長線で国の重要機関よりスカウトを受け就職も決まっている。



同じ講義を取ってから気のおけない友人となったパートナーである、国内有数の商家であるバートン家の次男坊と共にこの卒業式を迎えられたことは私にとって未来へ向けた大きなステップであったわけだ。卒業への喜びと将来への期待・そして少しの興奮をもって大勢の貴賓客らの前でなんとかステップを間違えずにダンスを踊りきり、(パートナーのエスコートが良かったこともあるが・・)あふれる拍手にホッと一息ついた。

その後、デビュタントらは左右へ別れ、ファンファーレと共に10組の皇子を含めた高位貴族らの入場を見守る。中でも注目されるは眉目秀麗とされる皇子自身と皇子がエスコートし、噂で未来の妃と称されていたこの国の公爵令嬢・・・であったはずなのだが、ファンファーレと共に入場してきた皇子が愛おしそうにエスコートするのは私が尊敬する、気高い薔薇姫と呼ばれる公爵令嬢、オリビア様とはまったくの別人であった。

銀糸で縁取られた複雑な文様の合間にダイヤが縫い付けてある豪奢なローブデコルテと煌びやかな装飾品を身につけた小さく可愛らしいが装飾負けしている少女は、困惑する周囲の目線など気にしていないかのように皇子に甘えて縋りつくように歩いていく。最後のデビュタントカップルが入場し、扉が閉められたが噂されていた公爵令嬢とその双子の兄である次期エルドラン公爵の姿は無かった。



会場は皇子がエスコートする見知らぬ少女への好奇心ともう一人の主役であったはずの姿の見えない公爵令嬢及び次期エルドラン公爵の不在を訝しがる声で徐々に熱気を帯びていた。皇子らは始まった宮廷楽団のワルツの音に合わせて軽やかに踊り始めたが、好奇心丸出しの貴賓客とは対照に既にワルツを踊り終えた学院の生徒らは苦虫をつぶしたような顔で皇子の腕の中でうっとりと頬を染め上目づかいに相手を見上げながらダンスを踊る少女達を凝視していた。


雰囲気の異様さに私はついと、己のパートナーの袖を引っ張り、目線で説明を促した。おそらくは事情を知っているだろう商家きっての情報通である男は、何度か瞬きを繰り返し、また何度か口を開きかけては黙り込んで言葉を選んでいるようであったが、自分の中で整理がついたのか徐々に話し始めた。

幸か不幸か周りでもこそこそ話をする人の数は少なくないと見え、私たちの内緒話は咎められることはなかった。

彼はしきりに閉じられた広間の扉と、ここからは少し遠いが壇上に座って傍観を続けている現王の様子を気にしながら小声で、話題の中心となっている人物の情報を教えてくれた。学内ではかなり噂になっていたらしいのだが、私は卒業まで、ある実験と新たな特許の申請に忙しく、元々そういった噂話には無頓着なこともありなにかと、情報通な友人を頼りにしているのである。


曰く、注目の女生徒シャロン・リュイック嬢は数代前に爵位を買った下位貴族(男爵)の庶子であること、優秀な学院内において成績は下の中であるにも拘わらず、成績優秀でなおかつ高位貴族しか入室を許されないはずのサロンに出入りしており、院内の貴族らから反感を買っていること、皇子は別として、すでに家同士での契約が纏まっている正式な婚約者のいる見目麗しい高位貴族をも常にはべらして掌握し、彼らの権力を使用して、気に入らない生徒を幾人か学院より追放しているという黒い噂がある事。

皇子の正式な婚約者になるのではないかという噂の公爵令嬢を毛嫌いしており、周りの「ハーレム要員?らしき面々に」にあることないこと吹き込んでいるらしい事・・そこで彼は一度言葉を切って言いよどんだ。


「それと、これは・・・あくまでもごく一部の者たちの間で噂されていることなんだ・・事がことだし、万が一にでも公になってそれが間違った情報であるなら、国家反逆罪を問われてもおかしくはない。 だけど・・・もしかしたら本当に・・・・・」そういって彼は広間の中心で自分たちの世界を作り上げている男女と、いまだ壇上にて無表情を貫いている王を見上げた。


ちょうど同時に宮廷楽団が奏でるワルツの調べが止むと、注目を浴びていた皇子が突如腕の中の女生徒の手を取ったまま声を上げた。

「父上、及びこの卒業舞踏会に参加されている君子・淑女の皆様方、この私アルバート・ル・フォン・ランドリギーヌは、この度聖ランドリギーヌ高等学院からの卒業をもって、このシャロン・リュイック嬢を正式な婚約者とし、彼女と共にこの国を支え、次期国王となることを宣言する!」

すぐに皇子らの傍にいたハーレム要員とやらが、拍手して会場の関心を買おうとしたが、追随したものは少なくすぐにそのまだらでいびつな拍手は鳴りやんだ。


今や会場の目は壇上の王と王妃に注がれていた。視線を受けて、王がようやく何か面白いものを見るように口角を上げた。


「ふむ・・そちは其を望むのか?」ちらりと皇子の隣に立つ少女を蔑視して視線を戻し、問う。


皇子は王の視線に何かを感じたものの小さく「怖い」と呟く愛しい令嬢を守るために己を奮い立たせてなおも言いつのった。


「はい、私の妃となるのは優しく聡明な彼女を置いて他におりません。巷では、厚顔にも我が物顔で私の婚約者だと言いつのる愚かな公爵令嬢もいるようですが、私の心はただ一人このシャロンだけのものであり、彼女以外に測妃も娶るつもりはありません。父上のように跡継ぎが私一人であっても、母上以外の妃を置かなかったのと同様に、私もシャロン一人を愛し彼女との間に設けた子に王位を継がせます」とどや顔で言い切った皇子を尻目に王はすいっと視線を反らし、会場を見まわしながら言った。


「なるほど・・・よく判った。」


「父上!」うれしそうに顔を輝かせた皇子と女生徒だが、王は用事は済んだとも言わんばかりに手を振り「そういえば、エルドラン公爵の息女らの姿が見えぬようだがいかがした?」

と自身の後ろに控えていたエルドラン公爵に問いかけた。


「申し訳ございません。卒業式の後、一度自宅に戻り、支度をしたのちに舞踏会に出かける予定だと聞いていましたが何やら不都合があった様子で・・王妃様が娘のためにデザインし、自国から連れられた専属の針子が銀糸の刺繍を施して王から賜った「特別」な衣装が皇子の指示により、急きょ別の方の為にドレスの手直しがなされ他家に渡ったと聞かされ、王と王妃様に会わせる顔が無いと泣き伏せていたところ、妻と息子の説得にて取り急ぎ別のドレスを取り寄せこちらに向かっているとのこと、まったくもって

面目次第もございません。」ちらりと皇子とその隣に縋りつく不似合なドレスを纏った娘を瞥見した公爵が深々と王に謝罪する。


「なっ!エルドラン公爵、貴様」


「おだまりなさい!」声を荒げた皇子にぴしゃりと王妃の冷たい声が浴びせられた。

「まったくもって下品な品になり果てたこと・・・・。その生地と衣装は私自ら将来の義娘となるオリビアの為にしつらえたものであったというのに・・・まさかこんな馬鹿なことを仕出かすなんて、私こそオリビアに合わせる顔が無いわ・・・。」王妃はシャロン嬢を上から下まで目視して苦々しげに言いつのる。


「母上!いかに母上と言えど、私の選んだ女性を侮蔑することは許されません!大体、オリビアではなくシャロンこそが貴女の義娘となるのですから、母上が用意したこの衣装をシャロンが着るのは当然のことではありませんか?!父上も私とシャロンの婚姻を認めてくださったというのに、これ以上の侮蔑は未来の王への反逆とお考え下さい!」


「・・・・・まったく愚かなことよの・・・」小さく呟いた王の言葉を幾人のものが聞き取ったか、その時、閉じられていた広間の扉が開き一組の美しい男女が姿を現した。

さっと人海が開け、堂々とした足取りで、王たちの前までやってきたカップルは他者が見惚れるような美しい所作で高座に座る王と王妃、自国と近隣諸国の貴賓の前で紳士・織女の礼を取った。


「この度は王家主催である卒業舞踏会に遅れてしまったこと、真に申し訳ございません。」そう言って口火を切ったのは美しい菫色の瞳と王家特有の銀錆を持った美しい青年であった。

その隣で一歩控えて立つ同色の髪色と濃い碧色の美しい瞳を持った令嬢がもう一度深々とお辞儀をする。


「許す。 この度のことは、こちらにも不手際があったこと、この晴れの日に娘同然の其方に恥をかかせてしまったことを申し訳なく思う」


「陛下・・・勿体ないお言葉でございます・・・・」少し青ざめた顔に微笑をのせてエルドラン公爵令嬢オリビアは返答する。


「よくものうのうと顔を出せたものだな、オリビア!よくもまあ、兄妹そろって面の皮の厚いことだ。父上、聞いてください!この者達は身の程知らずにも私のシャロンに対して散々罵声を浴びせかけ、執拗に学院内にていじめを繰り返し、挙句の果てにシャロンを呼び出して階段から突き落そうとした犯罪人なのです!」


「私はそのようなことはしておりません」皇子に罵倒された公爵令嬢は悲しげに、だがしっかりと皇子を見据えて言った。


「なんだと?!白々しい・・私の側近によって其方の行ったシャロンに対するいじめの証拠は上がっている」


「どんな証拠ですか?大体私がそのようなことをする意味がありません。」


「そんなっ・・ヒドイ・・わたしのこと、目障りだって。会うたびに睨み付けて・・・アルバート様から離れろと・・わたしとても怖くて・・・」震えるシャロンを守るように皇子が抱きしめる。


「それは・・そちらにいらっしゃる高位貴族の側近の方たちは、すでに婚約者を持つ身、学園内において特に女生徒の接し方について気を付けるべきですが、彼らに何を言っても聞く耳を持たないので、彼らがご執心な貴女に直接話した方がと思ったのですが・・私は、アルバート様を始め、すでにお相手のいらっしゃる殿方にみだりに近づかないようにと注意しただけですわ。」


「なぜそんなことを貴様に指図されなければならない!」側近の一人、騎士団の次男が声を荒げる。


「・・・・・。そんなことを言わなければ判らない貴方たちに言われたくはありませんわね。」


「よくそんなこと言えるよね~。シャロンがいつも大事にしている亡くなったお母さんから貰った形見の守り袋を破って燃やしたりした証拠だってばっちり押さえてあるんだぞ、この悪女!」と魔術師長の末子。


「ああ、あれですか・・・。シャロンさん、私、何度も申し上げましたよね。あの匂い袋は校則違反だと。「アレ」は危険なものですから・・あんなものを校内に持ち込むことは許されておりません。何度も注意しているのに持ち歩くことを辞めませんのでこちらで適切に処分させていただきましたが・・・・シャロンさん、アレが本当にお母上の形見ですの?」


「なっ!そうよ!ひどいわ!そうやっていつも私のことを見下しているのね!」


「おっしゃっている意味がわかりません・・・」


「はっ!この売女が・・素直に認めて謝ったならこの優しいシャロンに免じて爵位剥奪ぐらいで許してやったものを!証拠は押さえてある、言い訳はいくらでも裁判で聞いてやろう。その時に謝ったとしてももう遅いがな。衛兵、この場違いな女どもを連れていけ!」と命じる皇子の声にかぶせ「その必要はない!」と王の威厳ある言葉が室内に響いた。


会場はシンと静まり帰り、皆不安そうに事の次第を見守っている。


「エルドラン公爵・・・・・この度のご息女の最優秀者としてのランドリギーヌからの卒業を心からお祝い申し上げる・・・と共に、ご息女と共に真の王族としての最後の試練を乗り越え証を得た次代の王として相応しい「跡継ぎ」を慈しみ育てた王家に対する其方らの忠義、まことに大儀であった。王族として、また一人の親として礼を言う」


「「は・・・?」」

「「え?」」いくつもの驚きの声が会場にこだまする


「ありがたきお言葉でございます。陛下・・この時をもって我がエルドラン公爵家は次代の王となられるクリストファー様に忠誠をささげる所存でございます」そういって、エルドラン公爵と公爵令嬢は、つい先ほどまで、己の息子、または兄であったはずの男にひざまずき臣下の礼をもって拝した。


「やはりそうだったか・・・・。」驚愕の表情を浮かべたまま固まる皇子と男爵令嬢、そしてその取り巻きを遠目に事情通のパートナーは全て納得がいったかのように頷いた。


「どういうことっ?!」折しも私の心の声と皇子の傍にいた男爵令嬢の声が会場内に響いた。いまだ驚愕して青ざめた表情の皇子は公爵令嬢と共にある男を睨み付ける。


「どうもこうも・・・、本当に頭が悪いんだね、君たちは。本来ならば他国の目もあるこの舞踏会で、こんな茶番を開くはずではなかったのだよ。この卒業舞踏会で、発表されるのは私とオリビアの婚姻発表と1年後の王位継承のはずだったんだが、まさか王家が特別に用意したオリビアの為のドレスを猫糞したばかりか大衆の面前でありもしない事実をでっちあげて彼女を貶めるなんて・・君たち、この4年間、学院で何を学んだんだい?」睨まれたクリストファーは肩をすくめて彼らを嗤う。


あからさまな挑発にさっと顔を赤らめたハーレム軍団もとい皇子の親衛隊は皇子と男爵令嬢を守るように身構えた。


「ち・・・父上、どういうことなのです?!なぜあの男が真の跡継ぎなどとっ!!父上と母上の子供は正真正銘私一人のはず、いくら彼らが王族特有の色を持つとしても、それは数代前に王家の姫が降嫁しているから、隔世遺伝が強くでたのだろうと言っていたではありませんか!」


「そうだな・・・確かにオリビア嬢は魔力の質一つとっても王家の特色を色濃く継いでいる。容姿も降嫁されたベルネイラ曾祖母の若いころと瓜二つだ。そしてアルバート、オリビア嬢の本当の双子の兄であるお前も同様に色濃く王家の血を受け継いだ。この取り換えは、クリストファーが王族の証をもって成人する時をもって終了する予定で王家と公爵家の間で内密に行われた契約だ。そして本日をもってその契約も終了した。」


「は・・・はは・・・私が公爵の息子?そんな馬鹿な?!なぜっ??」


「その問いには私が答えましょう・・・」そう言って言葉を紡いだのは王妃だった。


「私と陛下はもともと聖ランドリギーヌ学院にて勉学を共にした級友でした。その頃から私達はほのかな情を抱いてはいましたが、お互い大国の王家に属する身とあって、いくら相手のことを思っていようと、簡単に婚姻などできぬ身であったことは想像に難くないでしょう。それでも陛下は私を得るために様々な困難と難題を片づけ、求婚してくださいました。

ですが、元々あまり交流のなかった大陸出身の王族で、陛下と魔力の質が合わず、何年も子を授からなかった私に対して周囲の目は厳しく、幾度も陛下に対して側室をもつように進める勢力の後押しが強くなったころ、やっと私の懐妊が判りました。


合わない性質の魔力を多く含んだ子をもつことは母体に負担がかかるだけでなく、私の妊娠を聞きつけた反勢力からの嫌がらせで心身ともに疲れ切っていたとき、私の食事に混ぜられていた子を流す薬によって一時期は母子共に危うくなり、愛しい陛下との子を失うところでした。その時に同じ学院の同級であった、エルドラン公爵の奥方が希少な癒しの力をもって助けてくれなければ、今頃どうなっていたか判りません。ですが、やはり負担は大きく、予定より二か月も早く生まれた我が子と奇しくも同時期にエルドラン公爵の奥方が産み落としたのは王家の色を濃く引き継ぐ男女の双子でした。


我が子・・クリストファーは生まれながらにして性質の異なる大きな魔力を体内に宿し、定まらない魔力を暴走させ、自身をも傷つける可能性がありました。私は・・・愛する息子をこのように産んでしまったことの罪悪感、また自分自身だけでなく、息子にも向けられるであろう悪意を恐れていたのです。そんな時、私の親友で、同時期に子を産んだエルドラン公爵が婦人ミルフィーユが焦燥した私を案じて提案してくれたのです。

癒しの力を持つ自分がクリストファーをもう一人の娘と一緒に育て、もう一人の魔力の安定した王家の色を持つ息子を代わりに王家にて身代わりに育てるという途方もない案は、私たちとってメリットがあるばかりか反対にミルフィーユにとっては、自分の息子を悪意渦巻く王宮に取り残すつらい決断でもありました。最初は反対しましたが、その後陛下も公爵も同意され秘密裏に子の取り換えが行われました。

魔力をうまく扱えず暴走させる我が子を自分の子と同様に慈しみ育ててくれたミルフィーユと同じく、私も陛下もアルバートを自分の子と思い、いつか其方を公爵家に返す日が来るまで・・・大切に公爵家の跡取りとして厳しく、愛情をもって接してきたつもりでした。


それが・・・いつからこんなにすれ違ってしまったのでしょう。聖ランギーヌ学院に入学したての頃の貴方は、とても聡明で流石私の無二の親友の息子だと、また私を母と慕ってくれる優しいお前を私も陛下も誇りに思っていたのです。時期を見て、貴方には、事の真相を知らせ、王家の問題に巻き込んだ謝罪と褒美を与えるつもりでいました。学院に入学して2年目辺りからか休暇事に王宮に戻ってきて、沢山の話をしてくれていた貴方が、陛下からの呼び出しにも理由を付けて私たちに姿を見せることが少なくなり、たまに会ってもそっけなくすぐに学院に戻る貴方を心配して、実の妹である、オリビアにも様子を見ていてくれるように頼んでいました。

今となっては、わかるでしょう。あの子が貴方を気にかけていたのは、貴方が、血を分けた兄妹だからであり、最初、彼女や側近からもたらされる報告は信じられないものばかりで、何度学院を辞めさせて連れ戻そうとしたか判りません。ですが、卒業まで猶予を与えてほしいと願った貴方の妹の願いを、こんな形で返すことになるとは、オリビアだけでなく、公爵家の恩を私は仇で返すこととなったのです。」そこには、王妃ではなく、涙ながらに語る一人の母の姿がありました。


「そんなっ!嘘だ!信じない・・・それならば私は一体何のために・・・・」うなだれる元皇子を見ながら慰めるどころか、シャロン嬢はぶつぶつと「話が違う」だの、「これでは計画が」とか「私が王妃になるというから」だのとつぶやいています。ちょっと不気味です。遠めなので声は聞き取れませんが、私は読唇術にたけているのです。


王が合図をすると同時に衛兵が、元皇子と暴れる男爵令嬢、そしてその取り巻きを拘束し会場から連れ出しました。その後、国王の謝罪と共に、卒業舞踏会は幕を閉じました。


後日、王妃と皇子暗殺の疑いをかけられていた勢力の一斉検挙と共に今回の茶番に加担したいくつかの家の断絶、もしくは廃嫡が行われました。私ももさっそく事務官として後処理や外交に関わる仕事を任せられ一気に忙しくなってしまいました。元々私たち平民は高い能力を買われての抜擢なので、重要な仕事を任せれることはある意味理に適っているのですが、それにしても・・・私の上司として就任したクリストファー皇子は有能すぎて鬼です。しかも鬼畜の部類です。にっこり笑ってあり得ない量の書類を押し付けるとか・・まったくもって、正式な婚約者となったオリビア様に向ける優しさの100万分の1ぐらい、部下にもくれってもんです!くそったれ!王家に対する敬意?そんなものは皇子、もとい王太子殿下が就任してきてからの1週間で吹き飛びました。私の唯一の癒しはたまにお菓子などをもって陣中見舞いに来て下さるオリビア様だけです!せっかく可愛くラッピングされたクッキーを頂いて舞い上がっていたらオリビアのくれるものは全て俺のものだからといって取り上げられた恨みは天よりも高いのです。あの猫かぶり(注:オリビア様の前だけ)俺様大魔王め!いつかオリビア様にちくってやるのです!

仕事場から近い寮にて今日も恨みの五寸釘を打とうとした私の背筋にぞくっと寒気が走る・・・・。なんだか最近誰かに見られているよう~な気がするのだ・・・。ホラーである。


それにしても王妃様そっくりの美しい菫の瞳と端正な王に似た顔立ちを見て、なぜ今まで誰も気づかなかったのだろうかと不思議なのですが、思い込みによるものと、情報操作が大きいのでしょう。

国の情報部に引き抜かれた元パートナーと数人の友人らは気が付いていたようなので、そういう部分も含めてあの学院という箱庭の中で監視されていたのかと思うと腹も立ちますが、最終的には長いものは大人しく巻かれておいた方が無難というものです。


アルバート元皇子に関しては、2週間の謹慎処分の後、王宮の窓からちらりと顔を見る機会があったのですが何があったのか随分とすっきりした顔をしておられました。王家の諸事情もあり、公爵家からは廃嫡されたものの、辺境の男爵位を与えられ、大本の事件に関わっていなかった2人の元側近を連れて辺境区の立て直しを命じられ旅立たれました。ですが、もともとは優秀であった彼らですから、根っこまで腐っていないのであればいつの日か王都に戻ってくることもあるかもしれません。公爵位は、オリビア様の年の離れた弟君が継ぐこととなったようです。まだまだ隠居は先かと、王に愚痴るエルドラン公爵の姿が度々見られるとか・・・・。


シャロン・リュイック嬢については、情状酌量のある部分もあり、慎重に裁判を行う予定でしたが、結果的に錯乱による自殺でお亡くなりになられました。シャロン嬢は、今となっては実際に男爵の子であったかどうかもわかりません。ですが、彼女の生母に関しては少々記録が残っています。もともと他国出身の売れっ子の踊り子であったシャロンの母親は珍しい生粋の魅了魔法の持ち主で、その魔法を使用して、多くのパトロンを得て贅沢三昧していたそうですが、ある時、身ごもった子供を出産してから、魅了魔法の効き目が弱くなり、しばらくの間は国で禁忌とされている珍しい魔力増幅の香を使用していたものの、無茶な乱用を繰り返した為に急激に老化して、最後は狂い亡くなったそうです。

しばらくは孤児院に預けられて暮らしていた、母親同様の力を持つ娘をリュイック男爵が己の娘だとして引き取ったのも、その昔王妃様に対して牙を向いた勢力がかかわっていたのだと聞きます。そのあたりは今リュイック男爵を取り調べています。


思えば彼女も欲に塗れた愚かな大人たちの犠牲者なのかもしれません。彼女が使用していた香はある意味確かに彼女の母の形見であったかもしれませんが、母親以上に日常的に乱用していた彼女の体は、母親よりも魔力が多かった為か外面こそまだ廃れてきてはいないものの内臓はもうずたずたでしたた。オリビア公爵令嬢が気が付いて何とか使用をやめさせようとしたものの、もう時既に遅しだったのでしょう。

多かれ少なかれ近いうちに外面の変化も始まっていただろうと王宮医師が話していました。しかし、彼女は香による副作用を知らずに使っていたようで、それを知らされた時の取り乱しようは酷かったと聞きます。細い腕にどうしてこんな力があったのかというぐらいに暴れ、取り押さえようとした近衛兵が携帯していた剣を抜き取って胸に突き刺したそうです。現在、国で麻薬のように中毒性があり「禁忌」扱いとなっている香をどうやってこの親子が手に入れたのかをも調査中です。


ああ、本当に暗い顛末となりましたが、それでも残された私たちは前を向いて頑張って行くしかないのです。願わくば腹黒い殿下に囲われた箱庭のオリビア姫と王国の行く末の幸あらんことを!


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[一言] さすがに説明パートが長いよ・・・。
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