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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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30~45 Side Akito 01話

 パレスから帰った翌日、夕方四時過ぎくらいだっただろうか。

 小会議室で残務処理に追われていると、じーさんから連絡が入った。

 スペースがあまり広くないということもあり、この場で携帯に出るのは憚られる。が、そこはなんといっても会長相手。

 席を立ち、仕方なしに通話ボタンを押す。

「はい」と応答しつつ、俺は蔵元のパソコンのキーをひとつだけ押した。

 それは「1」。

 会長が来ているという意味ではなく、通話相手がじーさんだと伝えるための行動。

 蔵元が頷いたのを確認してから会議室をあとにした。

「なんでしょう?」

 人気のない廊下でも声は響かない。

 このフロアは床材に絨毯が使用されており、壁材も人の声や物音を反響させないよう考慮されている。

『そろそろケリはついたかの?』

「えぇ、すでに残務処理を始めています」

 うちの社員は皆優秀だ。

 事、今あの会議室にいる人間たちは……。

『雅のことを調べたそうじゃな』

「えぇ……」

 内容が内容だけに、そこはあまり突っ込まれたくない。

『そのファイルをわしに見せてくれぬかのぉ?』

「……会議用にまとめたものではないので、お目汚しになるかと思います。そもそも、こんなファイルを見なくても会長はご存知なのでは?」

『そうじゃのぉ。じゃが、わしはそのファイルが欲しいんじゃ。そっちに人をやった。その者に渡すがよい』

「……個人情報なので、用途をうかがいたいのですが」

『身内の情報じゃて、つまらんことを申すでない。強いて言うなれば、司に見せようと思っての』

 くつくつと笑う声が聞こえた。

「司に見せてどうするつもりです?」

『どうする――ふむ、どうなるかは司しだいかのぉ……。そうじゃ、先に言うておく。司に学園警備の指揮権を持たせる』

 なぜ司にっ!? 理由は?

『警備サイドでは佐々木の姪にはなんの手も打たぬじゃろう。その対応を司に任せる。問題はなかろう?』

 あるなし、でいうなら別段問題はない。

 問題はないが、じーさんが何を企んでいるのかが読めないところが大問題だ。

『雅の真実を知って秋斗はどう思うた? ……司はそれを知ってどう思うかの?』

 通話はそこで切れた。

「何を思ったか……?」

 復唱するように口にしたとき、会議室から人事部長が出てきた。

「会長の使いが下にいらしているそうですが……」

「あ、はい。今会長から連絡がありました」

 俺は手に持っていた携帯をスーツのポケットにしまう。

「お疲れのようですね。差し支えなければ私が代わりに行きますが」

「とんでもない。日下部さんだってお疲れでしょう。一昨日から家にも帰らず社に寝泊りしているんですから」

「それは秋斗様もお変わりないでしょう。皆交代で仮眠は取っております」

 普通の会話に笑みが漏れる。

「どうかなさいましたか?」

「すみません……。なんか不思議で」

「何が、でしょう?」

 日下部さんは少し困惑しているようだが、そこから変なプレッシャーはかけてこない。

 五十を過ぎてがっしりとした体型。顔が四角く、まるで将棋の駒、王将を彷彿とさせる。

 正直に言うと非常に強面で、初対面の人は話しかけづらいと思うだろう。

 しかし、彼が纏う気はとても穏やかで健やかなものと感じる。

「こういう会話に免疫がないんです」

「こういう会話に免疫、ですか?」

「はい。社交辞令――上辺だけの会話なら何度となく交わしてきましたが、そこに心が伴う気遣いを何度自分がしてこれたのか、と思いまして」

 日下部さんは俺の次の言葉を待っているようだった。

「美辞麗句に慣れすぎて、心ある言葉をいくつ無下にしてきたのかと思うと、少々怖くもあります」

 俺の言わんとすることが伝わったのか、日下部さんが口を開いた。

「お立場がお立場ですからね……。ですが、今会議室にいる者たちは――」

「わかっています」

 俺は言葉の途中で遮った。そして、もう一度口にする。

「わかっています。あの中に美辞麗句を言う人間はいない。だからこそ、自分も心ある人間でいられました。今は、あの部屋にいる社員の健康状態を心から心配しています」

 本音だった。

 日下部さんの表情が緩み、突飛なことを訊かれる。

「秋斗様は会社での飲み会などには参加されたことがないとうかがいましたが、この件がすべて片付いた折には皆で飲みに行きませんか?」

「いいですね。その際にはホテル一室貸しきりますよ」

 その言葉に日下部さんは苦笑する。

「ウィステリアホテルでは私たちが落ち着きません。よろしければ社員馴染みの居酒屋、というのはいかがでしょう?」

「居酒屋、ですか?」

「はい」

「実はそういった場所へはあまり行ったことがなくて……」

 今度は俺が苦笑する番だった。

「でしたらなおのこと、こちらで手配させていただきましょう。のちほどシフトの調整を済ませしだい、日時のご連絡をさせていただきます」

 会話は不思議なほうへ不思議なほうへと逸れていく。

 そこに会議室のドアが開き、蔵元が出てきた。

「秋斗様、何油売ってるんですかっ。私の携帯に会長から連絡が入ったじゃないですかっ」

 さも恐ろしい、とでも言うかのように、その携帯を胸元に押し付けられる。

「あ、悪い……」

 年寄りはせっかちだなと思いつつ、蔵元の手にあるファイルに視線を移す。

「会長ご所望のファイルです」

「あぁ……下に使いの人が来てるみたいだから渡してきてもらえる?」

「かしこまりました」

 蔵元は足早に去っていった。

「おやおや、蔵元くんにはあのような命を下されるのですね」

「えぇ、彼とは入社したときからの付き合いですからね」

 答えて、ちょっとくすぐったい気分になる。

「では、私も長い付き合いになれるよう精進いたしましょう。――ところで、あのファイルは?」

 さすがに話さないわけにはいかないだろう。

 資料がひとつ行方をくらますのだから。

 用途はともかく、ものの所在は明らかにしておくべきだ。

「自分が調べた雅嬢のファイルです」

「それを会長がなぜ?」

「今、その思惑を考えているところなのですが……」

 はた、と気づく。

 今目の前にいる人が人事部長であることに。

「そちらに連絡は……――いかないでしょうね。一時的なものだと思います。本日付で司に学園警備の指揮権が与えられるようです」

「それは会長のご意向ですか?」

「……だと思います。明確なことを申し上げられず心苦しいのですが」

「いえ、資料の所在と現実に起きている事柄が把握できれば十分です」

「現時点で私が把握しているのは、越谷まりあの件を司が任される、ということくらいです」

「佐々木さんの姪――私たちが問題なし、と判断した人物ですね」

「えぇ、何か起きても風紀委員と学園警備で対応できる程度のものでしょう。こちらに迷惑がかかることはないかと思いますが、ご報告だけ……」

「かしこまりました。学園においては秋斗様の指揮下にございます。何かあったとしても、秋斗様がおさめられるものでしたら問題ございません。ファイルが戻りましたらご一報ください」

 話が済み会議室に戻ろうとしたとき、日下部さんに引き止められた。

「秋斗様は通常業務にお戻りください。もうこの件においては残務処理しか残っておりません」

「しかし……」

 日下部さんはニヤリと笑う。

「システム開発のエースにいつまでも残務処理などさせておくわけにはいきません。会社の利益になる場所へ戻っていただかなくては。……心配せずとも、ほかの者も数名残してすぐにもとの部署へ戻らせます。きちんと休暇を取らせたあとに」

 そう言うと、浅く礼をして俺に背を向けた。

 今回、武継さんい率いる警護班のメンバーとは皆顔見知りであったが、内部監査、そのほかに充当された人間のほとんどが初めて会う人間だった。

 日下部さんが召集をかけた人材だからなのか、緊急で集められたにも関わらず、一貫して統率のとれた部隊だった。

 一段落した頃、何人かに訊いてみた。

 普段、接点のある人間の集まりなのか、と。

 しかし、驚くことに皆が皆、共に仕事をしたことはないと言う。

 まさかと思い、全員の履歴をさらってみたが、仕事上での接点はひとつも見つからなかった。

 情報も時間もない中、仕事ができて横のつながりを持たない人間のみを集められたのは、日下部さんの手腕なのだろう。

 今回は情報収集が主ということもあり、途中から自分の信用するエンジニアを数名投入したものの、皆いい仕事ぶりだった。

 いつか俺がこの社を離れることになったとしても、このメンバーを忘れることはないだろう。

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