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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
9/110

09話

「いってきます」

「本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。昨日、欲張って食べ過ぎちゃっただけだから」

「そう……?」

「うん」

「リィ、お昼ご飯、スープだけはちゃんと飲むんだよ? 確認の電話入れるからね?」

「唯兄、大丈夫だよ。スープなら飲める。それに、たぶんお昼には胃もたれも楽になってると思うし。そしたら、ちゃんとお弁当を食べるから」

「翠葉、何かあったらすぐに連絡しろよ?」

「蒼兄……大丈夫だから」

 兄ふたりとお母さんに繰り返し「大丈夫」と言って家を出た。

 エレベーターを待っている間にため息ひとつ。

「がんばって食べるにしても限度がある、か……」

 もともと胃が小さいのだ。そこへいきなり一人前を入れたら重量オーバーで胃にクレームをつけられても文句は言えない。

 現に、今朝は胃もたれで朝食が食べられなかった。かろうじてコンポタージュを数口飲めたくらい。

 こんなことでは心配してください、と言っているようなもの。

 私はエレベーターの中でもう一度ため息をついた。


 教室に着くと、クラスには数人のクラスメイトがいた。

 席に着くまで何人かの人と挨拶を交わし、

「桃華さん、おはよう」

「おはよう。今日は遅かったのね?」

「なんか身体が重たくて。坂道を歩いていたら息切れしちゃった」

 私は苦笑しながら胃もたれの話をする。

「それじゃ、蒼樹さんたち心配したんじゃない?」

 食べ過ぎて胃もたれ……というのが余程意外だったのか、桃華さんは目を丸くしてからクスクスと笑いだした。

「うん。昨日は夕飯に蒼兄はいなかったんだけど、唯兄もお母さんも栞さんもびっくりしてた。でも、やっぱり食べすぎはあまり良くないみたい」

 肩を竦めて桃華さんを見ると、目が合った途端に声を立てて笑い始める。

 どうやら、相当ツボだったみたい。

「あ……そうだ。桃華さん、文系科目を教えてもらいたいのだけど……」

「いいわよ? でも……昨日、藤宮司がマンションに行ったんじゃないの?」

「え……」

 どうしてそれを桃華さんが知っているの……?

「会ってないの?」

 会ったといえば会ったけど、桃華さんは違うことを言ってる気がする。

 今日もマスクをしていてよかった。

 マスクをしていなければ、驚く以上にうろたえている自分をさらしてしまっただろう。

 桃華さんは、私の目を見て「知らない」と認識したらしい。

「おかしいわね? 昨日、梅香館の帰りに佐野と会ったんだけど、佐野が藤宮司に翠葉の小テストの話をしたらしくて、それを聞いたら部活休むの即決な感じだったって言ってたわよ?」

 思わず口元を押さえそうになった手を必死で留める。

「ズル休みの口実にされたらたまらないわね? 文句はちゃんと言ったほうがいいわよ? で、何がわからないの?」

 桃華さんはすぐに教科書とノートに視線を移した。

「あ、うん……これなんだけど」

「この漢文は……」

 桃華さんはとても丁寧に教えてくれた。

 その説明を聞かなくちゃ、と思うのに、頭の中にツカサの顔がちらつく。すごく不機嫌そうなツカサの顔が……。

 昨日、最後に避けてる理由を訊かれた。

 怖くて振り返ることはできなかったけど、あのとき、ツカサはどんな表情をしていたのかな……。


 お昼休みになると同じ話題を佐野くんに振られる。

「昨日、藤宮先輩が勉強見てくれたんだろ? どう? 追いつきそう?」

 結局、まだ胃の調子が戻らずスープだけを飲んでいた私は思わず咽る。

「悪い、大丈夫!?」

「ん……平気」

「昨日、部室棟で会ったときに御園生のこと訊かれてさ、咄嗟に思いつくことが小テストのことしかなかったんだ」

 佐野くんは、「悪い」と顔の前で手を合わせ謝った。

 確かに、授業に追いついてない私の小テストの結果は散々なものだった。

 授業始めにある小テストは、みんな満点を採るつもりで挑んでいる。その中で、私は十点満点のテストを半分クリアするのがせいぜい。

 これが続けば間違いなく成績に響くだろう。

 そのことを知れば、ツカサがマンションに帰ってくるのはごく当たり前なことだった。

「ごく極当たり前」というのは、「それが当然のこと」というわけではなく、ツカサならそう行動するだろう、という意味。

 昨日ツカサは何も言わなかったけれど、マンションに帰ってきたのは私に勉強を教えるためだったの……?

「御園生?」

「え? あ……そうだ、私、鎌田くんに連絡しなくちゃいけないんだった」

 咄嗟に思いついた口実を口にし、私は携帯を持って廊下に出た。

 昼休みの廊下はほかの休憩時間と違って人が多い。

 私は人を避けるようにテラスへ出た。


 テラスには、秋風というには冷たすぎるくらいの風が吹いていた。

 食堂の中には人がたくさんいるけれど、テラスで食べてる人はひとりもいない。

 そのくらいには寒かった。

 ジョギングから帰ってきた蒼兄は寒かったと身を震わせていたし、寒気が流れ込むという情報は、昨夜寝る前に唯兄が教えてくれた。

 そんなことを思い出しながら、携帯の電話帳から鎌田くんの番号を呼び出す。

 お昼休みの時間はどの学校もたいてい同じだろう。

 電話は苦手だからメールを送ろうと思っていた。でも、普段話すことのない人と少し話したくて、結局は自分が苦手とする電話を選択した。

 もし話が続かなくても、先日のお詫びを言って切ればいい。

 もともとの連絡をする理由がそれなのだから。


 コール音が三回鳴ると、「もしもし?」と疑問形の声が聞こえてきた。

 本人を目の前にして話すときよりも、電話を通すほうが声が少し高く聞こえる。

 こっちのほうが、中学のときの鎌田くんぽい。

「御園生です」

『え……? あっ、嘘っっっ、御園生って言った!?』

 携帯の向こうからは驚きの声と、バサバサと何かが落ちる音が聞こえてくる。

「あ、えと、言いました。……あの、急にごめんね、大丈夫? 今、電話してても平気かな?」

『大丈夫。こっち昼休み中だし……って藤宮も?』

「うん、そうなの」

 なんともいえない間が少しあってから、私が話を切り出す前に鎌田くんが言葉をつないでくれる。

『さすがに二週間近く経ってたから連絡もらえないと思ってた』

 ほんの少しだけ笑いの混じる声で言われ、

「ごめんね……。実は紅葉祭の翌日からインフルエンザになってしまって……」

『え、大丈夫なの!? もしかして、学校で倒れたときから具合悪かった!?』

「あ、違うの。あれは関係なくて……。でも、びっくりさせちゃったよね。ごめんね」

『びっくりしたし心配はしたけど……。でも、今、連絡もらえてるわけだから何もかもが帳消しだよ』

「連絡、遅くなって本当にごめんね」

 すると、突然鎌田くんが笑いだした。

「え……何?」

『御園生、さっきから謝ってばかり。……御園生、中学のときも貧血とかでよく倒れてたでしょ? だから全く免疫がないわけじゃないよ。ま、びっくりはするんだけど……。それに、連絡できなかったのだって理由あってのことだし、別に謝られるほどひどいことされたわけじゃない。だから、もうごめんはなしね?』

 その言葉に、鎌田くんの屈託のない笑顔が脳裏に浮かんだ。

『この分だと滝口先輩にも連絡してなさそうだよね?』

「あ、うん。鎌田くんには連絡する理由があったんだけど、滝口先輩にはなんて連絡したらいいのかわからなくて……」

『御園生らしいね。滝口先輩には少し話してある。御園生があまり男が得意じゃないって』

「ありがとう」

『そしたらさ、ひどいんだよ。じゃぁ、お前は男と見なされてないわけだってサクっと痛いところつかれた』

「あ、ごめんっ」

『御園生、御園生……それ、暗に「そのとおり」って言っちゃってるから』

「くくく」と携帯の向こうから笑い声が聞こえる。

 鎌田くんは会えばいつも笑顔で話しかけてくれたけど、こんなふうに声を出して笑う人だったかというと、そういった記憶はない。

 いつも穏やかに話し、笑う人。そんなイメージしかない。

「鎌田くん、今の学校楽しい?」

『うん。俺、少しは変わった?』

「……あの、悪気はないんだけどね?」

『うん』

「確かに中学の同級生なんだけど……私が中学の同級生で顔と名前が一致するのって鎌田くんくらいなんだけど……」

『うん』

「それでも、やっぱり『友達』って言えるほど仲が良かったとか、たくさん話をしたとか……そういうのはなかったでしょう?」

 鎌田くんはクスリと笑って「そうだね」と答えた。

「だから……何がどう変わったっていうのはよくわからないの。でもね、私の中で鎌田くんはどんなことにも一生懸命に取り組む人に見えてて、それがいいなって思ってた。私、学校の中で肩の力を抜いて話せる人は鎌田くんしかいなかったから」

 私はそこで一拍おく。

 人の印象について話すのは少しの緊張を伴う。それに、「中学」というものが付加されるだけで、身体中がガチガチになってしまいそうになる。

 私は新しく息を吸ってから続きを話し始めた。

「鎌田くんはいつも穏やかに話す、安心できる笑顔をくれる人だったよ。……でも、今みたいに声を立てて笑ったところは見たことないと思う。今はとても楽しそう」

『……なんか嬉しいな』

「え……?」

『あの頃、御園生って学校の中のもの何も見ないようにしてる気がしてた。でも、その視界にちゃんと入れてたことが嬉しい』

 鎌田くんの声が少し鼻声になった気がした。

『お互い新しい学校でいい仲間に出逢えたんだから、高校生活楽しもうね』

「うん」

『……とは言っても、俺はもうあと一年ちょっとしか残ってないけど』

 鎌田くんがおどけたように笑うから、私もつられて笑った。

「そうだね。同い年だけど一年先輩になっちゃったね」

『あ、そのことなんだけど……』

「ん?」

『滝口先輩も一緒にいた友達も、御園生が一年留年してるの気づいちゃったんだ』

 ひどく申し訳なさそうな声だった。

「鎌田くん、それは仕方ないよ。鎌田くんと中学の同級生なのに、私がいるクラスは一年なんだもの。クラスを訊かれて、私が一年B組って答えた時点で自分でばらしちゃったも同然。それに、今はそんなに留年したこと気にしてないの。……一年遅れなかったら、私は藤宮にくることはなかったから……。もし、入院しなかったらあのまま光陵高校に通うことになって、中学と何も変わらない学校生活送ってたと思う。そう考えるとね『留年』なんて代償には軽いくらい」

『……御園生も変わったね』

「本当?」

『うん。声に張りがあるっていうか……それだけ充実した毎日送ってるんだなって感じる声』

「……なんだか嬉しいね」

『そうだね』

 話が終わろうとしたそのとき、「また連絡してもいい?」と訊かれた。

「うん。あとでメールアドレスも送るね」

『待ってる』

 携帯を切ったときはすべての緊張が解けいていた。

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