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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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30~45 Side Tsukasa 07話

 賑やかな昼休みとはいえ、一、二年棟の一階は人気がない。

 一階には昇降口のほか教諭室がいくつかと保健室しかないため、用がない限り生徒が通ることはない。

 よって、思考を邪魔する騒音も、視界を横切る人影もなかった。

 昨日から雅さんのことが頭から離れない。

 大人だからできることがある。

 医療従事者だからできることがある。

 そう思っていられたらよかった。

 医者じゃなくても年令が達していなくても、人は誰もが救いを求める手を取ることができる。

 ただ、万人が万人の手を取れるわけではない。

 俺はそんなできた人間ではないし、一族の中にどれほどのしがらみが蠢いているのか、と考えただけでも辟易する。

 それでも、雅さんのこれはそれらと一緒くたにしていいものではないことは明らかで――。

「人」だからできることがある。

 科学的な薬ではなく、人の心そのものが薬になるのが「人薬」。

 それは医療従事者と患者、という関係に限られない。

 職業や年令といった枠に囚われることのないとてもシンプルなもの。

 友人や家族、人と関わることで得られる薬――。

 知っていても、今の俺が雅さんにできることはない。

 同情こそすれ親身にはなれない。

 それでは意味がない。

 こういう面では翠と雅さんは似ていると思う。

 育った環境は違えど必要なものは「人薬」。

 自分と真っ直ぐ向き合う人間――ふたりに必要なのはきっとそういうもの。

 俺が見つけたふたりの共通点は、共通点でもあり歴然とした差でもあった。

 俺は翠になら尽力できても雅さんにはできない。

 結果、雅さんに関しては人に委ねることになる。

 これは、数年後医者になった自分が見過ごしてきた過去に囚われないようにするための一布石。

 もしくは、今の自分から逃げるための理由であり、未来の自分の枷となるもの。

 ――静さんはどこまで知っていたのか。

 あの人は何もかも知ったうえで放置していたように思える。

 雅さんの件が静さんに一任されていたのなら、雅さんの経歴を知らないわけがない。

 いったい何をどこまで知っていて、なんのつもりで今まで放置してきたのか。

 思考をめぐらせたところで答えの片鱗すら見つけられそうにはなかった。


 階段を上がると翠のクラスが目に入る。

「……この機会を逃がす手はないな」

 俺は弁当を持ったまま翠のクラスに踏み入る。

 すぐに人の視線を集めたが気にはせず、まだ俺には気づいていない一画へと近づいた。

 窓際の、翠や海斗たちが集まる場所へ。

 昨夜のことを問い質すという口実もあったが、それ以外の目的もある。

 自分が翠をかまうことで越谷を刺激することになるのか、それとも牽制することになるのか――。

 もし術をかけられているのだとしたら、それは音声によって発動するのか、視覚から発動するのか。

 吉と出るか凶と出るか、誰にも判断することはできない。

 何も起こらなければいい。

 そう思う自分と、起こるなら起こるでとっとと終われ、と思う自分がいた。

 俺にようやく気づいた翠は目を見開き、「どうして」と唇を動かす。

「弁当、一緒に食べようと思って」

 答えたところでクラス中のフリーズは解けない。

 同じように間抜け面で俺を見上げる海斗を移動させ、代わりに自分がその席におさまる。

 海斗は手近な場所から椅子を調達してきて臨時席を設けた。

 俺が弁当箱の蓋を開けたときだったか、やっと正気に戻ったらしい翠がはじかれたように疑問を口にした。

「つ、ツカサっ、どうしてにここでお弁当っ!?」

「こうでもしないと会えないから」

 ごく簡潔に答えを述べたあと、煮物に箸を伸ばす。

 翠は戸惑っているのか、箸すら持たずに視線を彷徨わせていた。

「食べれば?」

「あ、はい……」

 条件反射。もしくは上の空で答える。

 数秒後に小さな声で、

「ツカサ……みんなにすごく見られてる」

「そのうち慣れるだろ」

 身も蓋もない返答をし、俺は黙々とおかずを口に運んだ。

 すると、簾条が翠に声をかける。

「翠葉、諦めなさい。その男、基本的に自分の行動を改めるって概念持ち合わせない人間だから」

「桃華さん……」

「なんだったら、椅子を後ろに向けて私の顔を見て食べたらどうかしら?」

 相変わらず嫌みな女だ。

「簾条、俺は翠に会うために来たと言った。しばらく会わないうちにずいぶんと耳が遠くなったんじゃないか?」

「あら、失礼ね。知ってて言っているに決まっているでしょ?」

「あぁ、さすがだな。性格の悪さも天下一品だ」

「お褒めに与り恐縮だわ」

 簾条との応酬は姉さんとの会話を彷彿とさせ、自分の言葉の振りように後悔した。

 視界の端で、翠はかばんからサーモスタンブラーを取り出す。

「あら、お弁当を食べるんじゃなかったの?」

「弁当は?」

 俺と簾条の声が重なり、俺たちは顔を見合わせると互いに表情をしかめた。

 そんな俺たちを見ていた翠はしどろもどろに答える。

「あ……なんか寒いからスープを飲もうかと思って」

「翠葉にしては珍しいわね? お弁当とスープの両方を食べるだなんて」

「あぁ、そうだな。食べられるのなら両方食べるに越したことはない」

 簾条も俺もわかっていて言っている。

 翠は弁当を食べることを放棄し、サーモスタンブラーに手を伸ばしたのだろう。

 けれど、それを易々と見逃す俺と簾条ではない。

 俺と簾条は同質の笑みを浮かべ、

「まさか、それだけなんて言わないわよね?」

「まさか、それだけとは言わないよな?」

 同じタイミングで同義の言葉を発すると、翠は蚊帳の外になりつつある海斗と佐野、立花に視線のみで助けを求めた。

「や……司も桃華も、翠葉困ってんじゃん」

 海斗がすぐに応じたが、

「困らせているのは藤宮司であって私じゃないわ」

 俺に丸投げする人間など身内以外には朝陽しかいなかったはずだが、簾条はそこに堂々と名を連ねるまでになっていた。

 が、俺にも言いたいことはある。

「海斗、その認識は間違ってる。困っているのは俺だ」

 翠は目を白黒とさせ、思案の末に頭を抱えそうになる。

 すぐに答えをやるから安心しろ。

 翠が顔を上げ、目があったところで笑みを向けた。

「昨日の帰り、夜電話するって言ったと思うけど?」

「え……?」

「一度通話状態になったにも関わらず、切った理由は?」

 しばし沈黙が流れる。

「理由は?」

 再度詰問すると、

「ごめんなさい……。電話のことすっかり忘れてて、十時過ぎには寝てしまったの……」

 そんなことだろうとは思っていたけど――。

 なかなかいじめ甲斐のある理由を得ることができた。

「つまり、約束を忘れて就寝したと?」

 笑顔のまま問い返す。

「本当にごめんなさい……」

「まぁ、過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。次の土曜か日曜で手を打つことにする」

「えっ!?」

 俺は笑みを深めた。

 拒絶などされてたまるか、と念をこめて。

「先日、一方的にキャンセルされたデートの振り替え。まさか嫌だとは言わないよな?」

 翠は反論できない状況を認め、素直に「はい」と頷いた。

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