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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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30~45 Side Tsukasa 05話

 エンターキーを薬指で叩き、ディスプレイに右下に目をやる。

 デジタル表記は十時を告げていた。

 充電が終わった携帯を手に取り翠にかけるもつながらない。

「三十分置きにかければ次かその次には出るか……」

 携帯をデスクに置き、同じデスク上に置いてあったファイルを手に取った。

 このファイルは秋兄が作ったものだろう。

 秋兄が作るファイルは社用とプライベートなものでは仕上がりにずいぶんと差が出る。

 社用のものは誰が見てもパーフェクトとしか言いようのない精度を誇るが、プライベートで使われるものに関しては脳内補完が多分にあり、事前情報を持ち合わせない人間が見たところで文字の羅列、無秩序にファイリングされた不親切極まりない杜撰なものにしか見えない。

 しかし、本当のところは「無秩序」でも「杜撰」でもない。

 見る人が見れば、きちんと法則に則ったファイリングがされている。

 今回も人に見せるつもりはなく、自分用に作ったのだろう。

 それを急遽じーさんに見せる羽目になった。

 そう考えるほうが納得がいく。

 第一、今回の件で雅さんに引っかかりを覚える人間がどれほどいただろうか。

 佐々木と雅さんの関係に気づく人間はいたかもしれない。が、そこから雅さんの経歴を調べようとまで思う人間がどれほどいるか、という話だ。

 一度置いた携帯に手を伸ばし、秋兄の番号を呼び出す。

 こちらはコール音二回で応答した。

「今、時間取れる?」

『あぁ、大丈夫だ』

「警備会社のほうは粗方片付いたって聞いたけど」

『こっちは優秀な人材が揃っているし、この手の情報戦には強い人間が多いからな。開発の人間が内部監査を出し抜いて実行犯を割り出した』

 開発の人間に出し抜かれるって、それ、内部監査のレベルに問題があるんじゃないの。

 それとも、開発の人間がそれだけ優秀ということなのか……。

 現時点ではどうでもいい疑問が脳裏を掠めるものの、そのことは口にしない。

「雅さんのファイル、見た」

『そうか。……なら、学園警備はどう動かす?』

「……話、少し聞いてもらいたいんだけど」

『どうぞ』

「雅さんは自分とは正反対の環境で育った翠に憎悪の念を抱いていると思う」

 もっとも、そんな人間は翠に限らずごまんといるわけだが、雅さんの目に留まってしまったのが翠だったのだろう。

「その場合、家族に被害や及ぶ可能性はどのくらい?」

『ゼロではない』

「……碧さんには警護班がついているから問題ない。零樹さんはまだ建築現場。手を出しやすいのは御園生さんと翠だけど、確率的にはどう考えても翠が上」

『同感だな』

 でも、「学園内」というならば、御園生さんも藤宮の学生であることに変わりはない。

「念のため、御園生さんにも誰かつけて」

『了解』

「それから、もう配置済みだとは思うけど、翠の警護班を学園内に入れてほしい」

『了解』

「越谷の単独行動なら命を狙われることはないと思う。ただし、雅さんが絡むなら話は別。命を狙われることも視野に入れるべき。仮に、越谷が催眠術をかけられているとしたら、術がいつ発動するのかを事前に察知することは不可能だ。雅さんに訊いたところで素直に答えてくれるとは思わないし、確証なしに詰問すれば名誉毀損で訴えられる可能性もある」

『なら、どうする?』

「……泳がせる。徹底的に」

 俺は越谷の監視を学園警備に依頼して通話を切った。

 作戦とも呼べないいたってシンプルな措置。

 校内トラブル、事「姫」に関しては何を言わずとも風紀委員が動く。

 彼らがフォローしきれない部分を学園警備に依頼した。

 取り立てて風紀委員に何を通達する気もなかった。

 いつものように動いてくれさえすればそれでいい。

 必要以上に動かれてもそれ以下であっても困る。

 相手に警戒されたら元も子もない。

「何かが起こることを待っているわけじゃないんだけどな……」

 ただ、何かが起きると想定しないことにはなんの対策も立てられない。

 かといって、守りをガチガチに固めていたら起こるものも起こらない。

 だからこそ、どちらにも偏りがないように――。




 アラームが鳴る前に目が覚め、定位置に手を伸ばし携帯のアラーム機能を止める。

 毎朝同じ行動を繰り返していると、なんのためのアラーム機能なのか、そもそもアラームを鳴らす必要性があるのかすら悩ましく思えてくる。

 ベッドの上に身を起こし、出窓のカーテンを開くがさほど明るいとは感じなかった。

 これからの季節、暗い時間のほうが長くなるわけだが、だからと言って人間の活動時間が短くなるわけではない。

 携帯に表示される天気予報は曇りのち雨。

 夕方には雨が降ると表示されていた。

 十二月を目前に、一気に朝晩が冷え込むようになった。

 それに加えて雨ともなれば翠の体調が気になる。

 これらの気象状況が身体の痛みに響かないわけはないだろう。

 昨夜、秋兄の電話を切ったあとに翠へ電話をかけた。

 しかし、一度通話状態になったものの、何度呼びかけようとなんの反応も得られなかった。

 うんともすうとも言わないどころか、それは一分と経たないうちに切れた。

 再度かけ直してみたがコール音が途切れることはなく、通話状態になることもなかった。

「なんだったんだか……」


 洗面を済ませてから一階へ下りると、廊下にコーヒーのいい香りが漂っていた。

 いつもならこれに加えて包丁の音や人の動く気配があるわけだが、それらがない。

 リビングに入り間通しになっているダイニングに目をやると、キッチンの入り口に父さんが立っていた。

「コーヒーだけは淹れてある」

「わかった」

 俺は主不在のキッチンに入り、トースターにパンを入れる。

 マグカップにコーヒーを注ぎながら、

「母さん、寝られたんだ?」

「誰にものを言っている?」

 俺より少し老けただけの顔が口端を上げて答える。

「ああ、悪い。言葉を間違えた」

「わかればいい。ところで、今日の弁当だが――」

「わかってる。昼前には誰かが届けてくれるんでしょ」

「どうやらこちらも添える言葉を間違えたらしい。……会長からの課題はこなせそうなのか?」

 その問いかけもどうなんだか……。

「それ、うちには通用しない問いかけなんじゃない?」

「あぁ、そうだな。だが、私には藤宮の血など一滴も流れていない。この一族にどんなルールがあろうと私には関係がない。こんな言葉が救いになるのなら何度でも言ってやるが?」

 父さんは壁に寄りかかったままくつくつと笑う。

 そうだった。父さんはこういう人だった……。

 藤宮に婿入りしていながら、その名になびくこともひれ伏すこともせず、一族の中で淡々と立ち回ることのできる人間。

 ただひとり、母さんだけに重きを置く。

 それがじーさんに気に入られた一要因。

「……さぁ、初めての試みだしうまくいくかは不明」

「らしくないな?」

「じゃぁ、藤宮らしいことをひとつ――何か起きれば物証だけは逃がさない」

 父さんがふ、と笑うと同時にトーストのチン、という甲高い音がキッチンに響いた。

「うまくいこうが失敗に終わろうが、いつものおまえで帰ってこい」

「……心得てる」

「ならいい」

 失敗とは何を指すだろう。

 翠自身に害が及ぶことさえ避けられればいい。

 何が起こったとしても、翠だけが守られればそれでいい。

 俺は朝食を済ませ、まだベッドで寝ているであろう母さんを起こさないようにそっと廊下に出る。

 カツカツカツカツ――。

 音に振り返ると、ハナがまだ眠そうな顔をして玄関までやってきた。

「吼えるなよ……?」

 家族に向かって吼えることはないが、寝ぼけているときはたまにやらかしてくれる。

 ハナは俺に焦点をしっかりと合わせると、玄関マット上で行儀良く「お座り」をした。

 しばし見つめ合い、お互いの意思が通じたところでドアレバーに手を伸ばすと、ハナも玄関に背を向けたようで、背後からカツカツカツ、と聞き慣れた音が遠ざかっていった。

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