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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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20~26 Side Akito 05話

 じーさんが部屋を出てから二十分ほどすると、俺のパソコンから音声が聞こえ始めた。

『もし、もし?』

 昔俺が開発したものは病院で使うことが前提だったため、単なるマイクロレコーダーだったわけだが、今回のこれには無線機能が追加されていた。

 ただ、ごくシンプルな無線機能が追加されただけなので、通信機器としては不十分。

 向こうの音声を拾うことはできても、こちらの音声が向こうに届くことはない。

 ボールペン型集音機はマイク機能のみでスピーカー機能はついていないからだ。

 つまり、どう逆立ちしても盗聴にしか使えないアイテム。

『こんなところで寝ると凍死するぞえ?』

 穏やかで優しい老人の声だった。

『っ……ろ、げんさん』

『久しぶりじゃのう?』

 彼女の細い声も聞こえてきた。

 ふたりが再会の挨拶をしているとき、司に訊かれる。

「ろげん、って何?」

「あぁ、司も知らないよな」

 俺だって彼女から聞かなければ今でも知らないままだっただろう。

「じーさん、趣味で陶芸やってるだろ? その作品をうちのデパートの雑貨屋に置いてるんだ。その陶芸作家の名前が『朗元』。ばーさんの和名、『朗良ローラ』の『朗』にじーさんの『元』で『朗元』」

 司はこめかみを押さえた。

「じゃぁ、翠は今喋ってる相手が俺たちのじーさんであることも藤宮グループの会長であることも知らないわけ?」

「知らないだろうね。彼女にとっては大好きな陶芸作家の朗元以外の何者でもないはずだ」

 司は信じられない、と言った顔をしていた。

 彼女は森までの小道が滑らなかったかとじーさんに尋ね、じーさんはさっき俺たちの前で飛び跳ねた見せたように得意げに答えた。

『わしもそのラグにお邪魔してよいかの?』

 彼女のいる場所に近づいたのか、より鮮明に彼女の声が聞こえるようになる。

 じーさんの声と大差ないということは、それだけ近くにいるのだろう。

 じーさんはもっともな質問をする。

 なぜ、この寒い中外にいるのか、と。

 彼女はとても彼女らしい答えを口にした。

『……暖かい場所にいたら、もっと逃げてしまいそうで……』

『……目が赤いのぉ。泣いておったのか』

 その言葉に唾を飲み込み目を閉じる。

 昨夜、やはり彼女は泣いていたのだ。

『お嬢さんは会うたびに悩み迷っておるのぉ……』

 前回じーさんが彼女に会った明確な日時は知らないが、あの日、彼女と藤山を訪れたときにはすでに会ったあとだった。

 そして、彼女が駅前に行く予定があったのは誕生日の前後のみ。

 それだけで十分だ。

 その頃、彼女が何に悩んでいたのか俺は知っている。

 彼女はじーさんの質問にゆっくりと答えを返す。

 自分ときちんと向き合い、間違った言葉を口にしないように、とても慎重に話しているように思えた。

『ふむ……欲しいものには手を伸ばせぬか』

 彼女は答えない。

『さくっと訊いてしまおうかの? 何に悩んでおるんじゃ?』

 直球過ぎる質問に俺が反応してしまう。

 だが、彼女はその質問に質問で答えた。

『……朗元さん、私は何に悩んでいるのでしょう?』

 そこからの会話はひどく胸に痛い内容だった。

 人の気持ちはどうして変わるのか、どうして変わったのかわからない。

 声を震わせ答えた彼女。

 彼女は俺と司の間というよりは、自分の気持ちに困惑していたのだ。

 まるで、気持ちが変わってしまった自分を責めるような、そんな口ぶりだった。

 あぁ、この子は泣いている……。

 涙を流して、心からは血を流して泣いている。

 じーさんは実にうまい具合にパレスへ戻るように話を振った。

 彼女の返事は聞こえてこなかったが、じーさんの呟きで本館へ戻ってくることがわかる。

 彼女の側を離れたのか、俺たちに向けて通信が入った。

『これでよかろう。続きはお嬢さんがきちんとあたたまったあとじゃ』

 じーさんは、彼女がパレスへ戻ったらまずはお風呂に入って身体を温めることを従業員に命令して戻ってきた。


「司、それを出しておけ」

 じーさんに言われた司はテーブルの上にある風呂敷包みから木箱を取り出す。

 桐でできた木箱はおわんが入るくらいの大きさ。

「何それ」

 訊くと、じーさんは蓋を取って見せてくれた。

「前に会うたときに約束しておっての。おまえたちがお嬢さんを一向に連れてこぬから渡す機会がなかったんじゃ」

 どこか責めるような物言いだった。

 そして、俺と司は気づかぬ振りをして無視を決め込む。

「狸どもめ……」

 そうは言うけど、じーさん以上の狸はいないと思う。

 たぶん、この見解は司も同じだろう。


 じーさんと彼女はしばらくしてからレストランで落ち合った。

 最初はじーさんのカップに驚いていた彼女だが、じーさんが話をもとへ戻そうとすると、それを遮り自分から話し始めた。

 俺と司と出逢ってからの話を静かに、ゆっくりと言葉にしていく。

 気づいてはいたが、彼女の言葉を聞いて記憶が戻ったことを改めて実感した。

 聞いているうちに、彼女の懺悔を聞いている気がしてくる。

 すべて自分が悪い――。

 そう言っている気がした。

 どうして……。

 悪いのは俺だろう? 君じゃなくて、俺だろう?

 翠葉ちゃん、俺は君がそんなふうに言ってくれるほど大人の対応はできなかったんだ。

 もしできていたなら、君がこんなに苦しむことはなかったと思う。

 今がすべてを物語っている。

 なのに、どうして君は――。

 話は徐々に過去から現在へと近づいてくる。

 それに伴い、彼女の口調に淀みがなくなってきた。

 俺の予感はたぶん当たる。

 彼女は俺を選ばない。

 そして、司も選ばない。

 どちらも選ばない――。

『じゃが、今はその先輩とやらと想いが通っておるんじゃろう?』

『でも、付き合っているわけではありません。ただ、互いが好きだと知っただけです』

 本当ならそれだけで十分なはずなのに……。

 ふと思い返し、そうか、と思う。

 俺は関係に形を求めた。けど、司はそうしなかったのだ。

 気持ちが通じても、「付き合う」という言葉は口にしなかったのだろう。

 両思いだから付き合う、という方程式は彼女の中に存在しない。

 そして、司の中にも存在しない。

 ゆっくりと、とてもゆっくり「恋」が始まろうとしていたんじゃないだろうか。

 記憶を取り戻すそのときまでは……。

『今度はその手を取らぬつもりか?』

『はい……』

『お嬢さんは自分に厳しいうえに欲がないのぉ……』

『朗元さん、違います。私は自分にとても甘いし欲張りです』

『とてもそうは見えぬがの』

『もし、ひとりを選んだらどうなるでしょう』

『ひとりはあぶれるのぉ。三、という奇数はそういう宿命じゃ』

 当たり前な答え。

 けれど、彼女はそれを受け入れられないと言う。

 そして、それを避ける方法がひとつある、と……。

 もう十分だ――。

 俺は耳を塞ぎたい衝動を抑え、彼女の声だけに神経を集中させる。

『最初から偶数になることを望まなければいい。ただ、それだけです』

 すでに決めたこと、とでもいうかのように凛とした声だった。

『……ふむ。極論じゃが、理論的には成立するのぉ。だから手を取らぬ、か』

『はい……。ふたりとも、とても……とても大切な人なんです。恋愛感情でひとりを選んでひとりを失うなんてできないくらいに』

『……お嬢さんは自分の気持ちを殺すつもりかの?』

『いえ、私は選んだだけです。自分の気持ちを殺すとかそういうことではなくて、どちらも手放したくないという選択をしました。これは、何も……誰も失わないための選択です』

 悪い、と思いつつ、その言葉に救われてしまう俺はいったいなんなのだろう。

 自分の中で相反する感情に絞め殺されてしまいそうだった。


 話が終わると、じーさんは彼女をランチに誘った。

 彼女は快く応じ、ふたりはそれから一時間ほど共に過ごした。

 同じ頃、俺たちにも昼食が届けられたが、歓談しながら食べるじーさんたちとは反対に、俺と司は無言で料理を口にした。

 ランチが済むとじーさんは藤倉まで一緒に帰ることを提案したが、彼女はじーさんの誘いを断り電車で帰る旨を伝えた。

 そこで話が終わるかと思えば、最後の最後でじーさんは話をもとに戻す。

『お嬢さん、次に会うたときに教えてくれぬかの』

『何を、ですか?』

『お嬢さんの恋愛感情がどう変化したか、を』

『え……?』

『わしは「好き」という感情が意思でどうこうできるものとは思えんでのぉ……。じゃから、次に会うたときに教えておくれ』

 ふたりの会話はそこで途切れた。

『司よ、おまえは秋斗と共に帰ってくるがよい。清良は裏口でわしが拾う。ふたりとも、これからどうするのかよく考えるんじゃな。あのお嬢さんはかなり手強そうじゃぞ』

 その言葉を最後に、通信は完全に途切れた。

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