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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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20~26 Side Akito 04話

 彼女の朝食が終わると、木田さんは再度俺の部屋を訪れた。

 どうやら、彼女はこの寒い中森へ行こうとしているらしい。

 木田さんが外気温を伝えても引く気配はなかったという。

「でき得る限りの防寒対策はいたします。ですが、やはり長時間はお勧めできません」

「……会長は着きましたか?」

「はい、今朝七時前にお着きになられました。今はバックヤードの応接室にいらっしゃいます」

「会長は彼女に会うつもりでここへ来ています」

「そのようにうかがっております」

「彼女を館内に連れ戻すのは会長に引き受けてもらいましょう。木田さん、自分も応接室へ移動したいので手配をお願いできますか?」

「かしこまりました」


 俺とじーさんは宿泊客に顔が割れている可能性が高い。

 中には声をかけてくる人間もいるだろう。

 もっとも、それ自体が問題なのではなく、俺たちを見た宿泊客の会話から、俺たちがここへ来ていることが彼女の耳に入ることが問題。

 よって、表に姿を晒すのは極力避けたい。

 じーさんもそう思ってバックヤードに留まっているのだろう。

 そうでなければ、早々にこの部屋を訪れているはず。

 つまり、じーさんはまだ彼女に自分の正体を明かすつもりがないということ。

 藤宮グループの会長としてではなく、あくまでも陶芸作家「朗元」として彼女に会うつもりなのだろう。

「っていうか、着いたら着いたで連絡の一本くらいよこせよ……」

 俺は携帯に向かって文句を言い、木田さんの手配を待った。

 彼が部屋を出て十分と経たないうちにリネン回収の人間が訪れ、俺はそのカートに乗り込みリネンをかぶせられた状態でバックヤードへ移動した。

 バックヤードに入るとすぐ木田さんの声が聞こえた。

 俺をここまで運んだ従業員に労いの声をかけ、かぶせてあったリネンを取り去る。

「このような方法で申し訳ございません」

「いいえ、実に乗り心地の良い移動でした」

 俺はカートを降り、ここまで運んでくれた従業員に礼を述べるとすぐに応接室へ向かった。

 廊下ですれ違う従業員は俺に気づくと皆軽く会釈をする。

 ここの従業員に限って表で私語をするとは思えないが、従業員の口から俺たちのことが彼女の耳に入ることを懸念した俺は念のために尋ねる。

「木田さん、大丈夫だとは思いますが、従業員の緘口令は――」

「ご心配には及びません。そのようなことは通達せずとも皆心得ております」

 余裕の笑みで返された。

「さすがですね」

「いいえ。ホテルマンとしてごく当たり前のことです」


 応接室には和服姿のじーさんとシンプルなスーツを着た司がいた。おそらく、司は場をわきまえての格好。

 そしてもうひとり――じーさんの専属医、藤原清良もシンプルなパンツスーツを着てこの場にいた。

 じーさんは俺にではなく木田さんに反応する。

「久しいのう」

「はい。ご健勝そうで何よりです」

「ここは寒い。木田も身体に堪えるんじゃないかの?」

「私はこのパレスができてからずっとここにおります。この寒さも日常の一部です」

「そうかの? お互いもう年じゃらかのぉ。身体には十分気をつけよ」

「お言葉ですが、私は会長よりも二十三歳も若いのですよ? 静様にお暇を出されない限りはこちらで働かせていただく所存でございます」

「ほぉ……そんなにわしよりも若かったかの?」

「はい、残念ながら」

 木田さんはにこりと笑みを浮かべた。

 じーさんとこんなふうに会話ができる従業員も珍しい、

 一通りの挨拶が済むと、木田さんはテーブルに置かれたカップを目にしてすぐにそれを下げた。

「ただいま代わりのお飲み物をお持ちいたします」

 木田さんが応接室を出て、

「じーさん、これ」

 俺は集音機をじーさんに差し出した。

「わしに盗聴させるとはいい度胸じゃの」

「そのくらいはしてくれるんでしょ」

 司は訊く、というよりは「やれ」という口調でじーさんに言い放つ。

 じーさんはため息をつき口元に笑みを浮かべた。

「ったく、どこまでもわしの孫たちじゃの。……いいじゃろう、引き受けよう」

「もうひとつ頼まれてほしいんだけど」

 俺の言葉に、「今度はなんじゃ?」という視線を向けられる。

「じーさんが彼女に接触するのは森になる」

「……司、さっき外気温は何度と言っておったかの?」

「一度」

 じーさんはやれやれ、といった表情で窓の外に目をやった。

「あのお嬢さんはなぜそんなところへ行こうと思うのかのぉ……」

「さぁ、自分をいじめるのが趣味なんじゃない?」

 司の言葉は容赦ない。

 今日のデートをキャンセルされたことを多少なりとも根に持っているのだろう。

「お嬢さんが館内に戻ってきてからでも問題はなかろう?」

 じーさんは彼女に会うつもりはあるが、外に出ることは気が進まないようだ。

「いや、大ありかな? 彼女もじーさんと同じで寒さに強いほうじゃない。でも、今の彼女は放っておいたら戻ってきそうにないからね。頃合を見計らって館内に連れ戻してほしい。それがもうひとつの頼み」

「……しょうがないのぉ、わかったわ」

 答えたあと、じーさんは窓の外に目をやる。

「雪が降ってきそうな空模様じゃの……」

 その言葉に専属医が動いた。

 スーツの内ポケットに手を入れピルケースを取り出すと、

「会長、予防的にお薬をお飲みください」

「そうするかの」

 じーさんは薬を受け取りミネラルウォーターで飲み下した。

 そのあと、司が確認するように尋ねる。

「吸入器は?」

「持っておるわ」

「ならいいけど……」

 無愛想ではあるが、司は司なりにじーさんの体調を気にしているのだろう。

 じーさんの喘息は症状が軽いものではない。

 発作が起きるとたいていは病院送りだ。

 そのため、冬の間はあまり遠出をしないし、遠出する際には必ず女医を連れていく。

 今夏は、その女医に翠葉ちゃんの専属になるよう指示を出したため、自分の外出は極力控え、ほぼ毎日のように庵にいたという。

 そんなじーさんにこの寒い中外で接触しろというのはずいぶん酷な話かとは思ったが、今この場でその役を引き受けられるのはじーさんしかいない。

 もし何かが起きたとしても、この女医が一緒に来ているのなら大事には至らないだろう。

 それは翠葉ちゃんも然り。

 この場に司がいるということは、司もじーさんが彼女に接触したことは聞いているはず。

 ただ、身分を隠して会っていることを知っているかは不明。

 ま、表に出てこなかった時点で薄々気づいてはいると思うが……。

 そうこうしていると木田さんが戻ってきた。

「森の準備が整いました。私はこれからお嬢様をご案内してまいります」

 そう言うと、コーヒーを置いてすぐに下がった。

「彼女が森にたどり着くまで二十分くらいはかかると思う。足元が滑りやすくなっているだろうから、いつもに増して時間がかかるはず」

「じゃぁ、わしはその時間を考慮して行くかの」

 じーさんは普通の草履からわら草履に履き替えた。

「このほうが滑らんのじゃ」

 年のくせに、その場でぴょんぴょんと跳ねて見せる。

 木田さんが出て行って戻ってきたのは五十分ほど経ってからのことだった。

「森に着かれて、現時点で二十五分ほどです」

「では、行くとするかの」

 じーさんはひょい、とソファから立ち上がり、ボールペン型集音機の使い方を確認してから応接室を出た。

 そのあとを追うように藤原清良もドアへと足を向ける。

「どちらへ?」

 女医は振り返らずに答える。

「私、盗み聞きするような悪趣味は持ち合わせていないの。……隣、第二応接室にいるわ。何かあったら呼びに来て」

 そう言うと部屋を出ていった。

「相変わらず辛辣なことで……」

 彼女は、表ではもう少し控え目な態度を取るものの、藤宮の人間に媚び諂うということを一切しない。

 じーさんはそこをとても気に入っていた。

 紫さんの秘蔵っ子と言われるほどに医者としての腕も認められている彼女は、じーさんの専属医師にはもってこいな人材だった。

「言われても仕方ないんじゃないの? 俺だって相手が翠じゃなければこんなことはしない」

「おまえも相変わらずだな」

 それはさ、彼女以外には全く興味がないって言ってることと変わらないと思うけど?

 司はこんな場所へ来ても普段のスタイルを崩すことなく黙々と本を読んでいた。

 そうしていられたのも、じーさんに渡した集音機が稼動するまでは、だけど――。

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