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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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06~07 Side Akito 02話

 彼女を見送り駐車場へと足を向けた俺はひとり零す。

「結構きついな……」

 彼女と一緒にいたい。一緒にいる時間を得たい。

 そうは思う。

 けど、あからさまに司を意識する彼女を見るのはきつかった。

 いつかのホテルでの出来事を思い出すくらいには……。

 翠葉ちゃんは司に返事をしたのだろうか。

 少し考えてみるものの、両思いになったにしてはさっきのふたりの雰囲気は奇妙だ。

 俺に会いに来るのが気まずかったのはわかる。

 それは俺に対して後ろめたい感情を抱くから。

 けれど、司に対しては何ひとつ後ろめたいことなどしていないのだから、あそこまでおどおどする必要はなかったはず。

 車にエンジンをかけると、俺はいつものように車に背を預け彼女がやってくる通路を見ていた。

 数分もすると、図書棟と桜林館の間にある通路に姿を現す。

 いつもより早い歩調でやってきた彼女は少し息が上がっていた。

「お待たせしました」

「そんなに待ってないよ」

 俺が助手席のドアを開くと、彼女の動作が一瞬止まった。

 さっきと同じように、次の動作に移る前にワンクッション置く。

「どうかした?」

「いえ、お邪魔します……」

「なんでもない」と念でも押すかのように、わずかな笑みを添えられた。

 さすがに短時間のうちに二度も目にすると引っかかりを覚える。

 引っかかるものが何かわからない以上、本人に訊ける状況ではないけれど……。

 翠葉ちゃん……俺もね、訊きたいことはたくさんあるんだ。

 でも、まずは翠葉ちゃんの疑問に答えることにするよ。

「さて、ほかに訊きたいことは?」

 ギアを変えると同時に彼女の顔を覗き込む。

 話題の振りが唐突すぎたのか、彼女はとても驚いた顔をしていた。

 慌てる彼女を見ると、つい笑みが漏れる。

 ゆっくり時間が取れたらいいんだけど、ここから病院までは車だと五分くらい。

 今訊かないとまた俺に会いに来なくちゃいけなくなるよ?

 俺はいつ会いにきてくれても大歓迎だけど、君は困るんじゃないかな。

 図書棟へ来るのに時間がかかる程度には……。

「あ……あの――」

「ん?」

「秋斗さん、今は――今は、みんなと仲良しですか?」

「え……?」

「っ……ごめんなさいっ、なんでもないです」

 司のことを訊かれると思っていた俺は虚を衝かれた。

「……翠葉ちゃん? それはつまり……俺と誰が仲良しってことかな?」

 ちらりと彼女を見るものの、彼女の視線は完全に手元へ落ちている。

 ここは私道ということもあり、公道のように信号で止まることはない。

 俺がほかに意識を使わず、彼女だけを見ることができるタイミングは訪れない。

 車を停めるという手はあったが、彼女の治療時間のことを考えるとそれは憚られた。

 話の続きは聞けないかもしれない。

 そう思ったとき、彼女はゆっくりと口を開き、言葉を選んで話し始めた。

「……記憶の話をしてくれたとき――」

 隣からゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた。

「あのとき、秋斗さんは今の自分を信じてくれる人は少ないからって言ってましたよね? だから……今はどうなのか気になって」

 さっきから気になる違和感の正体は何……?

 何かが気になるのに、それがなんなのかがわからない。

 少なくとも、紅葉祭前までは俺にここまで遠慮がちではなかったはずだ。

 司のことを訊いてきたかと思えば俺の話。それが示すものは……?

 ただ単に、司を好きと気づいたことで俺に罪悪感を感じているのか、それとも――。

「翠葉ちゃん。……何か思い出した?」

「っ……いえっ――」

 彼女は俺の質問に対し、強く短い言葉で否定した。

 どう見ても反射的と取れる間合いで。

「……そう? その話からだと、さっきの『みんな』が指すものは俺の身内、かな? あとは蒼樹や唯?」

 俺は白々しく話の続きを口にするものの、頭では彼女の記憶のことばかりを考えていた。

 本当は、なくした記憶の話をしたときのことではなく、記憶そのものが戻ったのではないか、と。

 それは漠然とした直感だった。

 彼女の性格を考えると、俺に抱くであろう罪悪感はふたつ。

 ひとつは俺の気持ちに対する罪悪感。もうひとつは、記憶が戻ったときに感じるであろう罪悪感。

 俺は戸惑いながらも平然を装おう。

「仲はいいと思うよ。ただ、信用が回復しているかは不明。蒼樹や唯は正面切って信用してるって言ってくれたけど、普通、こういうことは面と向かって話さないでしょう?」

 彼女は黙ったまま顔を上げることはなかった。

 ――タイムオーバー。

 安全運転をしたところで病院までの距離が変わるわけじゃない。

 車は病院の正面玄関に着いてしまった。

「翠葉ちゃん、病院に着いたよ」

 彼女は顔を上げ、外を見て唖然とする。

 俺との会話に意識を集中させていたのか、はたまた思い出した何かに意識を持っていかれていたのかは定かじゃない。

 わかることといえば、何かしら彼女に異変があったこと。

「これは俺の問題だから翠葉ちゃんが気にする必要はないよ。だから、そんな顔しないで?」

 マスクをしていることから表情のすべては読み取れない。

 それでも、目を見ればどんな表情をしているのかくらい察しはつく。

「……どうしたのかな? 何かつらいことでもある?」

「な、い……です」

「君は、嘘をつくのが本当に下手だね」

 俺にこんな質問をしなくちゃいけなくなるような何かはあったはずだし、いつも以上に目が潤んでいることは間違いない。

 それに、喉から搾り出すように発したその声……。

 俺はジャケットからハンカチを取り出し彼女の手に握らせた。

「必要なら使って?」

「私っ、泣いてなんて――」

 またしても反射的な反応を見せる。

 こちらを向いた顔は、悲愴そうに眉がひそめられていた。

「うん。まだ涙は零れてないけど、今にも零れそうだよ」

「っ……」

「それに、これがあればまた翠葉ちゃんに会う口実ができるでしょ?」

 そう言うと、彼女と一瞬だけ目が合った。

 ほんの一瞬だけ……。

 そのあと彼女は車のドアを開け、逃げるように院内へ向かって走り出した。

 俺はその姿を目で追うことしかできない。

「……頼むから、院内に入ったら歩いてくれ」

 そう願いながら車を発進させる。

 運転をしながら携帯の設定を音声モードに変えて助手席に放った。

 発信音のようなそれに耳を傾ける。

 心拍はいつもよりも速いものの、不整脈を知らせるアラートは鳴らなかった。


 図書棟へ戻ったとき、そこには誰もいなかった。

 紅葉祭の仕上げに学校印が押され戻ってきた時点で終わったようなものだ。

 そのあと何かあるとしても、次期会長と副会長の後任がはっきりする程度。

 次の会長は司。そして、副会長には美都が就くはず。

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、彼女の異変について考察する。

 俺は紅葉祭が終わるまで、ほとんどと言っていいほど彼女との接触はなかった。

 一日目の帰りを送り、二日目の後夜祭のあとに少し話をした程度。

 恐らく、司が彼女に想いを告げたのは後夜祭が始まってすぐのことだろう。

 その日、彼女は司を目一杯意識している状態で、俺のことまで気にかける余裕はなかった。

 その後の打ち上げでも翠葉ちゃんは司と一緒だったはず……。

 あのふたりは今間違いなく両思いの状態にあるだろう。

 ただ、それが両者に認識されているのかは不明。

 何せ司に翠葉ちゃんだ。

 あのステージを見れば彼女が司への気持ちに気づいたと思うのが妥当だけど、もし両思いだと認識されているならさっきのふたりのやり取りは不自然に思える。

 なら、両思いだと認識されていない、もしくは翠葉ちゃんが何かしらの理由で断っていたとしたら……?

 司の気持ちを認識したあとなら、俺への気まずさは倍増するだろう。

 それが理由で司の気持ちに答えていないとしたら……?

 ――どう対応したらいいのか戸惑う……?

「いや――俺が持っている情報は少なすぎる。どれを取っても憶測でしかない」

 気づけば携帯を手に唯へかけていた。

『はいはーい。お礼の連絡なんていらないですよー?』

「違う」

『へ? じゃ、何? 仕事ですか?』

 途端に声のトーンが落ちた。

「そうじゃない。唯に訊きたいことがある」

『ほい、なんでしょう?』

「翠葉ちゃん――」

『や、さすがに俺もリィの下着が何色かまでは……知ってても教えませんけどね』

「若槻っ……」

 若槻はコホンとひとつ咳払いをした。

『冗談が過ぎました。すみません……っていうか、そんな深刻そうな声出さないでくださいよ。つい笑いを取りに走りたくなるじゃないですか』

「……彼女、最近何か思い出したって言ってなかったか?」

『……記憶の話ですか?』

「そう……」

『ここ最近って言ったら……紅葉祭二日目ですかね? どうやら中学の友達と会ったときにフラッシュバックみたいな感じで記憶思い出して倒れたって……。ま、これはリィから直接聞いたわけじゃなくて、あんちゃんの彼女さん情報なんですけど』

 それなら俺も知っている。

 確かにその記憶には俺も司もいた。

 けど、それで俺や司に対する態度が変わるとは思えない。

 違う、それじゃない――。

 若槻が知らないとなると、たぶん蒼樹も知らない。知っているとしたら司のみ――。

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