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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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01 Side Tsukasa 01話

 俺はよほど疲れていたのか、昨夜は日付が変わる前に寝たにも関わらず、翌朝目が覚めたのは八時半を回ってからだった。

 家に人の気配はない。

 姉さんはホテルか……?

 ここのところ式の準備でホテルに出向くことが多いのは知っている。

 でも、こんな朝早くから……?

 疑問に思いつつ、長時間睡眠にだるさを覚えた身体をすっきりさせるため、風呂に入ることにした。

 朝風呂に入る場合、たいていはシャワーで済ませる。が、今日は湯船に浸かりたい気分だった。

 湯船に浸かりながら、今日一日をどうやって過ごすか考える。

 弓を手にしたいと思ったが、今日明日は清掃業者の出入りがあるため高等部の敷地内に入ることは自粛するように言われているし……。

「本屋に行くか……」

 いつもはネットで買うことが多い。けど、たまには実店舗へ赴くのも悪くないと思えた。

 駅まで行くなら帰りにコーヒーショップに寄って豆でも買ってくるか……。

 考えたところでこれ以上の予定がたちそうな気配はなく、思考が翠に及ぶ前に風呂を出ることにした。


 十時前に家を出て、警護班の人間に駅ビルまで送ってもらった。

 そして十一時現在、俺は手ぶらでコーヒーショップにいる。

 本屋であれこれ物色していたらあっという間に持って帰れる分量を超えてしまい、店の人間に配送を勧めらるまますべてを配送にした。

 でも、今になって思う。

 一冊くらいは持ち帰りにすれば良かった、と。

 今さらすぎる後悔をしつつポケットから取り出した携帯に目をやるも、見慣れたディスプレイには時間と日付しか表示されていない。

 こんな行動を今日になって何度繰り返したことか。

 気にしているのは翠からの連絡。

 いつでも連絡してきてかまわないとは言ったものの、今日明日は誰かにコンタクトを取れる状況でもないか……。

 そんなことは容易に想像できるのに、それでもメールが届くのではないか、と無駄な期待をする。

 携帯をしばし見つめ、藤山の家に連絡を入れることにした。

「今、駅にいるんだけど何か買って帰るものは?」

『そうね……コーヒー豆をお願いできる?』

「それならもう買った。父さんの、いつものでいいんでしょ?」

『えぇ、ありがとう。お昼には帰ってこられるの?』

「昼には着くと思う」

『お昼ご飯は?』

「今からお願いできるなら一緒に食べる。無理そうなら何か買って帰る」

『大丈夫よ。今日は楓も来ているの。湊ちゃんも帰ってくる予定だから、久しぶりに家族が揃うわね』

 母さんはとても嬉しそうに話した。

「……とりあえず、帰るから」

『気をつけてね』

 姉さんはともかく、最近は兄さんとの遭遇率が異様に高い気がする。

 気のせいか……?

 そんなことを思いつつ警護班と合流して帰途についた。


 帰宅すると、父さんはリビングで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。

 その膝の上でハナが「早くただいまの挨拶をしに来なさいよ」と言わんばかりに尻尾を振っている。

 ハナ……挨拶をしにくるのはおまえのほうだ。

 おまえは犬で俺は人間。そのことをいい加減理解しろ。

 俺をじっと見つめる黒目がちな目と戦ってみるものの、最終的には俺が負ける。

「ハナ、ただいま」

 小さな身体を抱き上げると、満足そうな顔でペロリと顔を舐められた。

「司、普通は犬より先に父親に挨拶するものだと思うが?」

「あぁ、いたんだ? ハナの存在が強すぎて気づかなかった」

 適当に受け流すと、キッチンで俺たちのやり取りを見ていた母さんが笑っていた。

「司、おかえりなさい」

「ただいま。これ、豆」

「ありがとう。もうお昼ご飯の用意ができるから、楓を呼んできてもらえる?」

「了解」

 手洗いうがいを済ませ二階へ上がると、兄さんの部屋のドアが少し開いていた。

 中から会話が聞こえてくる。

「え、インフルエンザで入院っ!? 熱、そんなに高いの?」

 どこの誰だか知らないが、十一月頭でインフルエンザになるとかご愁傷様……。

 しかも、入院が必要なくらいの高熱とか、どれだけ運が悪いんだか。

 知り合いか患者の話だろうと思い、電話が終わるまで自室で待つことにした。

 けれど、突如聞こえてきた名前に身体が反応する。

「四十一度かぁ……。翠葉ちゃん、それじゃつらいだろうな。発症してからどのくらい経ってたの? ――そうなんだよね。あの子常に微熱っ子だからどの時点からの発熱が発症になるのかわかりかねるんだよね。――薬、すぐに効くといいけど……」

 す、い……?

 思わず、俺は兄さんの部屋に足を踏み入れる。

「あ、司。――うん、今帰ってきたみたい。――わかった。母さんには俺から言っておく。じゃ、姉さんもうつらないように気をつけて」

 そう言うと、兄さんは通話を切った。

「兄さん、翠が何……?」

 会話の内容は聞こえていたし理解もしている。

 それでも訊き返さずにはいられなかった。

 四十一度という体温が聞き間違いであることを願う。

「昨夜から三十八度台の熱があったんだけど、夜に何度か戻して朝には四十度越え。姉さんが朝一でゲストルームに下りて診察。インフルエンザの可能性があったからすぐに病院へ搬送された。検査の結果、ばっちり陽性。薬を飲ませても戻しちゃって水分も摂れないからそのまま入院。今四十一度突破したみたい」

 兄さんは淡々と語った。

「兄さん――悪いんだけど、俺にリレンザ処方してくれない?」

 翠の発症時間はわからない。

 でも、自分が一緒にいた時間、間違いなく潜伏期間にあり、さらには発症していた可能性もある。

 自分が今いる場所が「実家」であることに焦りを覚えた。

「……司くん、それはつまりどういう意味かな?」

 黙秘を通したい。

 けれど、兄さんはそうさせてくれなかった。

「キス、したとか……?」

「…………」

「黙るは肯定ね。……まさか、告白した日にキスまでしてたとは。兄さんは嬉しい限りだよ」

 にこにこと笑う兄さんから視線を逸らす。

「お願いついでに二、三日マンションに泊めてほしい」

「くっ……まぁね、姉さんのとこじゃどうしたっていじられるだろうし、ここで発症しようものならそれこそ洒落にならない。父さんの不機嫌マックスで病院各所に被害者続出。そんな事態は避けるが一番」

 そう、それだけは何がなんでも回避――。

「いいよ。空いてる部屋好きに使って。あとで一緒に病院へ行って検査だけは済ませよう。薬はそのときに用意する」

 言い終えると同時、兄さんの視線が俺の背後へ移される。

「司、おまえはミイラになるのか?」

 振り向くと、そこには自分と同じ顔をした父さんがにこりと笑って立っていた。

 一階に下りてからは無言で昼食を食べ食後のコーヒーを自室で飲んだあと、病院へ行きインフルエンザの検査を済ませた。

「今のところは陰性。でも、予防的にリレンザは処方しておこう」

「……助かる」


 マンションに帰ってきて、久しぶりに兄さんの家に上がる。

 そこは相変わらず人体模型だらけだった。

 人体模型の収集、それが兄さんの趣味のひとつ。

 ぱっと見、ものすごく趣味の悪い部屋というか気味の悪い部屋なわけだけど、西洋医学だけではなく東洋医学に突出した模型などもあり、興味深いといったら興味深い。

「司、何もその人体模型部屋で寝なくていいっていうか、むしろ、そこに寝るためのアイテムは何ひとつないんだけど……」

「……いつもの癖。姉さんの家だと俺の部屋はここだから」

 同じつくりの家に入ると、いつもの要領で普段自分が使っている部屋に足を向けてしまう。

「玄関入って右側の部屋は片付いてる」

「ありがと」

 その部屋に入ると、正面の壁から視線を逸らせなくなった。

 ほぼ正方形に近いこの部屋は――この部屋の向こうは翠が使っている部屋だ。

 でも、今そこに翠はいない。

 翠がいるのは病院……。

 紅葉祭でウイルスをもらったのか、それとも、ボックスの空気の悪い密集した空間でもらった?

 もっと早くに帰ってくるべきだっただろうか。それとも、御園生さんたちに連絡を入れて迎えにきてもらうべきだっただろうか。それとも、

「最初から打ち上げなんて行かせなければ――」

 そう口にしたとき、コツ、と頭を小突かれた。

 兄さんは穏やかな笑みを浮かべている。

「今は熱を出しててつらいだろうけれど、昨日翠葉ちゃんは打ち上げに参加できて嬉しかったんじゃないかな」

 嬉しかった……?

「友達と長時間一緒に過ごせて、嬉しかったと思うよ。たぶん、彼女は打ち上げに出たことを後悔なんてしない。だから、おまえも後悔するな」

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