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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
5/110

05話

 唯兄が言うには、ウィステリアホテルの専属カメラマンで素性を伏せて活動している人がもうひとりいるらしい。

 それは、私が大好きなカメラマン「久遠」さん。

 以前ブライトネスパレスの総支配人、木田さんに聞いて知っていた。

 久遠さんは性別とハンドルネームのほかは一切を伏せて活動している。さらには、ホテルの従業員であっても久遠さんの実名を知っているのは静さんと撮影スタッフしかおらず、ホテル内を歩いていても、その人がカメラマンであるという認識はされていないのだとか。

 つまり、従業員にカメラマンだということも周知されていないのだという。

「前例があるならそれに習うほうが賢い。リィの場合はすでに一部の人間に顔と本名が割れてるから全面的に同じ、とはいかないけど、かなり近い状況にはしてきた」

「リメラルド」イコール「御園生翠葉」を知っているのは静さんと澤村さん、園田さん、それからシェフの須藤さんと唯兄くらい……?

「今知っているのがオーナーと澤村さん、園田さん、須藤さん。そして追加されるのが広報部の部長と撮影班。撮影班はレンズの貸し出しなんかも面倒見てくれる。リィのことは表向き、御園生夫妻の娘として社会見学のためにホテルに出入りするってことになってる。この間病院用に作ったIDカードあるでしょ?」

「あ、エレベーターに乗るときの?」

「そう。あれ、社員証と同じものだから、あれがあれば裏口をパスすることも可能。土曜日はそういうの教える」

「はい」

 お仕事の話はそれでおしまい。

「勉強は大丈夫そう?」

「理系はなんとか。文系は必死」

「うちはあんちゃんも俺もリィも理系なんだよねぇ……。英語くらいなら見れるけど、ほかを教えるのはデンジャラスだなぁ……」

 それはきっと蒼兄も同じことだろう。

「司っちに教えてもらったら?」

 これは誰かに言われることを予想していたから答えも用意してある。

「紅葉祭が終わったからツカサはこっちに帰ってこないよ」

「じゃ、秋斗さんに教えてもらったら? ほら、ジャケットも返さなくちゃだし」

 これは全く予想していなかった。

「困った顔……?」

 唯兄にぷに、と頬をつつかれる。

「ジャケットは返しに行く。でも、勉強はひとりでする。……ノート、すごく細かく取ってくれてるから時間をかければ大丈夫だと思うの」

「そう?」

「うん」

「何? 司っちが好きってわかっちゃったら秋斗さんに会いづらくなっちゃった?」

 それもある……。それもあるけど、それだけじゃない。

「大丈夫だよ」

「え?」

「だって、リィが誰を好きでも秋斗さんはリィを諦めないと思うもん」

「……どうして?」

「どうしてって……リィだって同じでしょ? 司っちに好きな人がいるってわかっても、すぐに気持ちはリセットできないでしょ?」

「あ……」

 唯兄の言葉に絶句する。

 紅葉祭一日目に感じた気持ちを思い出すだけで胸が苦しくなる。

 それと同時に、香乃子ちゃんの言葉を思い出していた。

 香乃子ちゃんは片思いでも「幸せ」だと言っていた。それから、「好きな人が誰を好きでも好き。むしろそんな一生懸命な好きな人が大好き」とも……。

 私はどのくらいの時間があったらそんなふうに思えるようになっただろう。

 秋斗さんは――秋斗さんは今、どこにいるのかな……。

 つらいところ? それとも幸せなところ?

「リーィっ! とりあえず夕飯の時間」

「あ、はい」


 夕飯を食べ終え、お風呂にゆっくり浸かって出てくると携帯が鳴っていた。

 手に取らずとも着信音で誰からかわかる。

「ツカサ……」

 このまま出ずにお風呂に入っていたことにしてしまおうか……。

 鳴ったままの携帯を見下ろしていると玄関が開く音がした。

「ただいま」と部屋に顔を出したのは蒼兄で、私は「おかえりなさい」と言いながらも携帯を気にしている。

「それ、司からだろ? 出ないのか?」

「あ、えと、出るよ。出るっ」

 咄嗟に携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押してしまった自分に戸惑う。

 蒼兄はすぐにいなくなり、今はツカサとつながっている携帯だけが手に残る。

 恐る恐る携帯を耳に当てると、当然のことながらツカサの声が聞こえてきた。

『悪い、寝てた?』

「あ、わ……違う。携帯、部屋で鳴ってて、私、お風呂入ってて……」

『あぁ、そういうこと……。で、休んでた分の授業内容、なんとかなりそうなの?』

「うん、大丈夫」

『文系もくまなく?』

「……鋭意努力中」

『明日、部活のあとでよければ見るけど?』

「いいっっっ。部活後で疲れてると思うしっ」

『翠の勉強を見るくらいなんてことはない』

「やっ、あのねっ、ノート、すごく丁寧に書かれてるからひとりで大丈夫っ」

『俺が教えたほうが効率いいんじゃないの?』

「それは――」

『翠のことだから三日かけてやるつもりだろうけど、俺が教えたら一日くらいは短縮できると思うけど?』

 言われていることが的を射ているだけに反論ができない。

 頭フル回転で思いついたことといえばこのくらい。

「ツカサがこっちに帰ってきてばかりじゃ真白さん寂しいと思うっ」

『……翠』

「な、何っ?」

『……なんでもない。今週末の予定は?』

「え……?」

紅葉こうよう。……見に行く約束しただろ?』

「あ……うん。でも、土曜日はホテルに行くことになってて――」

『あぁ、仕事?』

「……どうしてツカサが知っているの?」

『別筋から聞いてる。それに、俺が知っていても不思議じゃないと思うけど?』

「そっか……そうだね」

『じゃ、日曜日。風邪をぶり返したくなければあたたかい格好して来るように』

「はい」

『じゃ、おやすみ』

「おやすみ、なさい」

 携帯を切って身体中の力が抜けていく。

 心臓に悪すぎる……。

「約束なんてすっかり忘れてた……」

 紅葉は見たいし真白さんにお弁当のお礼も言いたい。ハナちゃんにも会いたいけど――。

「好き」の気持ちにフィルターがかかる。ブレーキがかかる。

 ツカサを好きな私の隣に、秋斗さんを好きだった私が並ぶ。

 ツカサに会いたくて、会いたくない――。

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