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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
45/110

45話

 ザッザッザッザッ――。

 背後から複数の足音が聞こえてくる。

 音のする方を振り返ると、優太先輩と久先輩だった。

「遅くなってごめんね。風紀委員が司に指示された警備員に足止めくらってて連絡来るの遅れた。で、司は?」

 言われたことの意味を理解することはできず、ただツカサのいる場所、池に視線を移した。

「まさか池の中っ!?」

 久先輩が声をあげ、答えられない私に代わり、警備員さんが理由を説明してくれる。

「お嬢様の携帯が池に落とされました。司様はそれを探しておいでです」

「あっちゃ~……ここら辺は結構深いんだよね。ま、いっか。優太、行くよ」

「ラジャっ」

 っ……!?

「翠葉ちゃん、俺たちの上着も預かっててね」

 バサバサ、と背にふたりの上着が追加され、ふたりは躊躇することなく池に向かう。

 ザバ、とツカサが息継ぎに上がってくると、

「司、楽しそうなことしてるじゃん?」

 慣れた様子で優太先輩がトプン、と池に入った。

「準備運動はバッチリしてきたから! おまけに視力もいいよ!」

 久先輩は私に向かってそう言うと、

「寒中水泳バンザーイっ!」

 十二月目前の冷たい池に飛び込んだ。

 ザバン、と一際大きな水しぶきが上がる。

「……ふたりとも物好きだな」

 ツカサの言葉にふたりはにっ、と笑い、

「「物好きじゃなくて、友達だから」」

 久先輩と優太先輩が声を揃えて言うと、ふたりはツカサを残して池に潜った。

 ツカサもそれを追うように潜る。

 久先輩とツカサが息継ぎに上がってきたとき、背後からバタバタと足音が聞こえてきて、

「ライト到着しました」

 数人の警備員さんが大小様々なライトを持って現れ、小さなライトを持った警備員さんが池へ近づき久先輩にライトを手渡した。

「これは助かるねー」

 久先輩が頭に装着したことで、それがヘッドライトということを知る。

 ほかの警備員さんは大きなライトで岸辺から池の中を照らし始めた。

 気づけば、あたりは真っ暗だったのだ。

 十一月末の五時過ぎといえば、陽が沈み街灯が灯り始める時間だ。

 地上でこれだけ暗いのだから、水中はもっと暗いことだろう。

 もういい――本当にもういいから……。

 そうは思うのに、私の背後にいる警備員さんを振り切って止めることもできない。

 寒さからなのか、この状況だからなのか、歯の根が合わずガチガチと音が鳴る。

「翠葉」

 私を呼んだのは湊先生だった。

 いつからいたのだろう……。

「校舎へ戻ろう」

 私は首を横に振る。

「あんたがここにいてもできることはないでしょ? 熱を出すのが関の山よ」

「翠葉ちゃん、戻ってて?」

 後方から新たな声が加わる。

 よく知っている声は秋斗さんのもの。

 振り返ると、秋斗さんの隣には蔵元さんと唯兄もいた。

 何がどうしてこんな状況なのか……。

 これだけの人が集まっているのには理由があるはず。

 なのに、私だけがそれを知らない気がした。

「期末考査前に熱出して悲惨な成績取ったら目も当てらんないよ? あんちゃんのあと、追っかけてるんでしょ?」

 唯兄が私の側まで来て言う。

「何が――何が、起きているの?」

「……詳しいことはあとで話そう?」

 ザバッ――。

 池に視線を戻すと三人が揃って顔を出していた。

 息継ぎに上がってきたという感じではなく、みんなが岸辺に近づいてきている。

 久先輩が一番に上がり、笑顔で「あったよ」と教えてくれた。

 次に優太先輩が上がると、池に残るツカサに手を貸す。

 ツカサはその手に引き上げられるようにして池から上がり、バスタオルを渡そうとする警備員さんの手を遮りヘッドライトだけを押し付け私のもとまでやってきた。

 ツカサの手に携帯が握られていた。シルバーの薄い携帯が。

 ストラップもついているしとんぼ玉も割れていない。唯兄の鍵もちゃんとついている。

 ――良かった。

「必要以上の心配をさせるな」

 とてもきつい口調で言われた。

 とても険しい顔つきで、鋭い目で。

「そんなの、誰も頼んでないっっっ」

 どうしてこんなことを言ってしまったのか……。

「ありがとう」と言わなくちゃいけなかったのに。

「ごめんなさい」と言わなくちゃいけなかったのに。

「頼まれて心配した覚えはない。勝手に心配してると言われたらそれまでだ。……けど、こっちだって心配したくてしてるんじゃないっ。したくなくても心が勝手に動くんだから仕方ないだろっ!?」

「っ……じゃぁ――じゃぁ、関わらなければいいじゃないっっっ」

 売り言葉に買い言葉だった。

 また、ツカサから容赦のない言葉が返されるものだと思っていた。まるで紅葉祭のときのように。

 でも、違った。

 ツカサの顔色が変わり、

「翠がそれを言うのか……? ――選ぶ機会はあったはずだ」

 プツリ、と何かが切れる音が聞こえた気がする。

「俺たちに関わるか関わらないか、選択する機会が翠にはあったはずだっ。そこで関わることを選んだのは翠自身だろっ!? 責任転嫁してくれるなっっっ」

「っ……」

「俺たちに関わるというのはこういうことだ。こういうことも全部含めて『関わる』という。情報戦は日常的に行われているし、相手に止めを刺すためなら今みたいな状況が目の前で起こったとしても、命に関わらない限りはこっちが有利になるように事を運ぶ。そういう家だし一族だ」

 こんなツカサを未だかつて見たことがなかった。

 突き放すような物言いは今までにもされたことがある。でも、今回のこれは今までのものとは違う。

 怒鳴られた衝撃よりも、目の前のツカサに戸惑う。

 壊れてしまうのではないかと思うほど、苦痛に満ちた表情をしていた。

 苦痛ではなく怒りだったかもしれない。

 ツカサは一瞬だけ目を逸らし再度視線を私に戻すと、

「今からでも遅くないと思う」

 怒声ではない。ツカサ特有の低く静かな声。

 けれど、そこに温度を感じることはない。

「翠はもう一度選択することができる。今度はよく考えて選択するんだな。……これ以上、俺たちをぬか喜びさせてくれるな」

 今まで交わした言葉の中で、一番冷たい響きをしていた。

 ツカサは、手に持っていた携帯を私の膝に落下させると、次の瞬間には地面を蹴り走り出した。

「「司っ」」

 湊先生と秋斗さんの声が重なる。

 私は振り返ることすらできなかった。

 振り返ったところでかける言葉がない。

 今、自分がどれだけひどい言葉を口にしたのかがわかったから。

「こっちは心配しないで? 司は捕獲したら水泳部のシャワールームに招待するからさ。うちの学校リッチだから、シャワーブースのほかにジャグジーだってあるんだよ」

 優太先輩がにこりと笑ってツカサのあとを追う。

「翠葉ちゃん、大丈夫だよ。それ、大切なものなんでしょ?」

 久先輩は私が手に握りしめていた携帯を指す。

 コクリと頷くと、

「それは司もちゃんとわかってると思う。そのとんぼ玉、いつも大切そうに髪につけてたもんね」

「…………」

「大丈夫、こっちは俺たちに任せて」

 久先輩は周りの警備員さんたちに、「後片付けお願いします」と礼をして駆け出した。

 気づいたときには事の元凶、髪の長い女生徒はいなかった。

「翠葉ちゃん、帰ろう」

 秋斗さんに言われ「はい」と答えるものの、どうしてか動けない。

 秋斗さんは私の背にかけられていた三人分の上着を手に取ると、警備員さんのひとりに声をかけた。

「これ、三人に届けてもらえる?」

「かしこまりました」

 背を覆うものがなくなると、冷気が全身を包み込む。

 身体がゾクリと泡立つほどに気温は落ちていた。

 濡れたままこの気温の中を走っていったら凍えるほどに寒いのでは――。

 自然と背後に視線を向ける。

 振り返ったところで誰の後ろ姿も見ることはできないし、視界に入るのは桜の木や警備員さんたちのみ。

 けれど、秋斗さんの姿によってその景色すら遮られた。

 いつの間にか用意された毛布が肩からかけられる。そして、

「翠葉ちゃん、無理やりでごめんね」

 秋斗さんの声が耳元で聞こえたと思ったら、身体が宙に浮いていた。

 正しくは秋斗さんに抱え上げられていた。

「秋斗さん、私、自分で歩けますっ」

「ごめん、今は聞けない」

「私も、今はっっっ」

 腕の中で暴れ、落ちる寸前で地面に下ろされた。

 申し訳なくて顔向けできない。

 私はひどいことを、間違っても口にしてはいけないことを口にした。

「翠葉ちゃん……売り言葉に買い言葉でしょ?」

 秋斗さんは優しく声をかけてくれるけど、確かに売り言葉に買い言葉だったけれど、言っていいことじゃなかった。

 売り言葉に買い言葉でもあれだけは言っちゃいけなかった。

「マンションに戻ってあたたまろう。そしたら、今回のこと全部話すから」

 今回のこと、全部……。

「翠葉、まずはマンションに帰ってお風呂に入ってあたたまりなさい。話はそのあと」

 湊先生に手を握られた。

「こんなに冷たくなって……。私が相馬に叱られるわ」

 言いながら、湊先生は少し悲しそうに笑った。

「先生、私……わ、たし――」

「翠葉ちゃん、ごめん……」

 秋斗さんの声を聞いた直後、首に衝撃があった。

 私は秋斗さんの手刀で意識を手放した――。

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