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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
42/110

42話

 前方に私道と大学の敷地を分けるゲートが見えてきて、その向こうに大学のカフェが見えた。

 病院へ行く際に何度かカフェの前を通ったことがあるけれど、ライトアップされているのを見るのは初めて。

 まだ陽は落ちていないけれど、カフェをぐるりと囲むイルミネーションもすでに点灯していた。

 青く光るLEDライトを眺めていると、

「少しお茶していこうか?」

 お茶……。

 きっと、お茶を飲んでいる間も私は秋斗さんに気を遣わせ続ける。

「蒼樹にも連絡入れてさ、あたたかいものを飲んでいこう?」

 蒼兄も、一緒……?

 それなら大丈夫な気がする。

 そこまで考えて思う。

 きっと、秋斗さんは私が何を思うかまで見越して提案してくれたのだろう、と。

「自分でかける? どうする?」

「自分でかけます」

 コートのポケットから携帯を取り出しリダイヤルから蒼兄にかける。と、

『どうした?』

「あの、今電話してても大丈夫?」

『大丈夫だよ。翠葉は今どこ? 司と一緒?』

「ううん、ツカサとは少し前に別れて、今は秋斗さんと一緒に大学のカフェの前にいるの」

『え? 秋斗先輩? なんで?』

「どうしてかはよくわからない。今日、私とツカサが藤山に行くのをツカサが秋斗さんに話していたみたいで……」

『じゃ、三人で会ってたの?』

 三人で会っていた、という言葉が正しいかは微妙だ。

 私道から藤棚まではツカサとふたりで歩いたけれど、とくにこれといった会話はなかったし、藤棚に着いてからは秋斗さんと少し話したくらいで、あとは写真を撮ることに没頭してしまった。

 どうにもこうにも一緒にいた時間が短すぎる。

『翠葉……?』

「あ、あのねっ、今カフェの前で、秋斗さんが蒼兄も呼んで一緒にお茶しませんか、って」

『今から?』

「うん……」

『……んー、帰れるといえば帰れるんだけど、帰る準備に十五分くらいかかる。秋斗先輩、時間は大丈夫かな?』

「訊いてみるね」

 私は通話口を押さえ、秋斗さんに向き直った。

 振り向いた瞬間に目が合って、少し驚いた。

「あの……」

「ん?」

「出てくるのに十五分くらいかかるみたいで……」

「十五分なんてあっという間だよ」

「気にしないで」という笑顔で言われたけれど、周りが暗くなれば暗くなる分だけ気になってしまう。

「お時間、大丈夫ですか?」

「なんだったら三十分待ってもいいよ、って蒼樹に伝えて?」

 これも気遣いなのかな……。

 そんなことを考えながら、私は携帯を耳に当てなおす。

「あのね、秋斗さん、時間は大丈夫みたい。だからカフェで待ってるね」


 カフェに入ると店員さんが秋斗さんに軽く挨拶をし、秋斗さんは片手を挙げて応えた。

 そこかしこから視線を感じるのは、きっと秋斗さんが一緒だから。

 高校にいるときよりも視線を感じる気がした。

「秋斗さんはこのカフェによく来られるんですか?」

「そうだな、大学にいたときは蒼樹とよく来てたよ」

「そうなんですね……」

 会話はそれで終わってしまう。

 どうしたら会話が続けられるのか……。

 なんだか根本的なことがわからなくなってきた。

 そこに店員さんがオーダーを取りに来て、オーダーが終わってしまうとまた無言状態。

 どうしよう……。

 歩きながらならまだよかった。こうやって向き合ってお話をするのはなんだかとってもハードルが高い。

 テーブルに置かれたグラスの縁をじっと見ていると、クスクス、と秋斗さんが笑いだした。

 不思議に思って視線を向けると、秋斗さんは私を見て笑っていた。

「秋斗さん……?」

「ううん、正直だな、と思って。でも、そんなに困らなくていいよ。一緒にいること、もっと楽に考えて? 話題提供なら事欠かないし。……もう一年以上前の話だけど、この席で蒼樹とお茶してたときに蒼樹の彼女っていう女の子が現れてね、俺、初めて修羅場に同席しちゃったよ」

 秋斗さんは軽やかに話題を変え、私の知らない蒼兄の話をしてくれた。

 一通りその話が済むと、

「翠葉ちゃん、俺なら、翠葉ちゃんが困るようなことはしない」

 秋斗さんが何を言おうとしているのかはわかる気がする。

 けれども、秋斗さんは「気がする」の状態で終わらせることはない。

 きちんと意味が違わず伝わるように言葉を補足してくる。

「今日、司と一緒にいたときの君はすごく困っているように見えた。でも、俺ならそんなことにはならないよ」

 なんと答えたらいいのか逡巡しているところに蒼兄がやってきて、それまで話していた内容は、まるで水のように流れていった。

 きっとそんなところも秋斗さんの気遣いのうち。

 わかっているのに何も言えなくて、言えないのに優しくされるから、もっともっと自分が嫌いになってしまいそうだった。




 お昼休みにツカサが来るのは日課になった。

 二回目の訪問を前に呆然としていたら、ツカサはにこりと微笑んでこう言った。

「有言実行って言葉は意外と好きなんだ」

 その言葉に教室から一切の音がなくなったけれど、順応力のなせる業なのか、数分後にはいつもと変わらないランチタイムのざわめきを取り戻した。

 桃華さんひとりがツカサを邪険にするものの、飛鳥ちゃんも海斗くんも佐野くんも、割と早くにツカサの存在に慣れていた気がする。

 なかなか慣れないのは私だけ。

 毎日のランチタイムが緊張のひと時に変わってから一週間ちょっと。

 ようやく慣れてきた頃、

「最近見かけないと思ったら……」

 言葉を発したツカサの視線は携帯に注がれていた。

 いつもポケットかかばんに入れている携帯が珍しく机に出ていたのだ。

 ツカサが口にした「最近見かけないもの」とはとんぼ玉のことだろう。

 私は記憶が戻ってから一度もこれを身につけていない。

 身につけられなくなってしまったのだ。

 それでも、持っていたい、側にあってほしいという気持ちは変わらず、結果、いつも持っている携帯のストラップに通すことにした。


 秋斗さんにプレゼントされたストラップには繊細なつくりの葉っぱと立体的なハートがバランスよく並んでいた。

 そこにとんぼ玉を通すとセンスを疑われそうなほど不釣合いなストラップとなる。

 誰が見ても一緒のチェーンに通してあることが不自然に思えただろう。

 さらにはもうひとつ、ちぐはぐついでに唯兄からもらった鍵も通していた。

「この鍵は?」

 訊かれた私は携帯を手に持ち答える。

「これは唯兄からもらった大切な鍵なの」

「ふーん……」

 誰にもわからないだろう。これらに共通点があるなんて。

 どれだけ不釣合いでも、私にとっては「大切なもの」という共通点で結ばれている。

 そしてあともうひとつ――。

 それは「携帯」そのもの。

 携帯がこんなにかけがえのないものになるとは思ってもみなかった。

 メールの履歴や録音された声、人とつながっていると目で見て実感できるそれは、私にたくさんの安心をくれた。

 こんなにも大切なものをなくすことになるなど、このときの私は想像すらしなかった――。




 翌日の木曜日、帰りに携帯がないことに気づいた。

「翠葉、どうかした?」

 飛鳥ちゃんに訊かれ、

「ん……携帯をどこにしまったのか忘れちゃって」

「何言ってるのよ。翠葉はいつもかばんか制服のポケットでしょう?」

 桃華さんに言われ、そのとおりだと思う。

 けれど、ポケットもかばんもすでに探したあとだった。

「最後に見たのっていつなの?」

 桃華さんに尋ねられ、今日一日の行動を振り返る。

「――あ、ごめん。たぶんコートのポケット。朝、家を出るときにポケットに入れてそのまま」

「なーんだ」

「……意外とドジね」

「心配かけてごめんね」

「ううん。じゃ、私部活だからまた明日!」

 飛鳥ちゃんは元気よく教室から出ていった。

「相変わらず元気いいね」

 飛鳥ちゃんの背を見送りながら口にすると、桃華さんがその理由を教えてくれる。

「明日から試験休み。つまり、部活動禁止期間突入。エネルギーが有り余ってる飛鳥にとっては死活問題よ。部活に対する集中力を少しでも勉強に回してくれるといいんだけど」

 辛辣な物言いだけれど桃華さんの表情は穏やかだ。

「桃華さんはこのあと真っ直ぐ帰るの?」

「いいえ、梅香館に寄ってから。本を返してこなくちゃいけないの。翠葉は?」

「今日は通院日じゃないから真っ直ぐ帰るよ」

「そう。明日は病院?」

「うん」

「二学期になってから部活に出られてないわよね?」

「……うん」

「顧問の先生には話してあると思うけど、ずっと休みだと内申に響くわ。せめて作品提出や何か課題を出してもらったほうがいいと思うの」

「うん、先生に相談してみる」

「じゃ、帰り道気をつけてね」

「桃華さんも」

「また明日」

「バイバイ」

 私はコートのポケットを確かめることなく桃華さんと別れた。

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