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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
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02話

 コンコンコン――。

 ノック音にはっとする。

「まだ寝てないの?」

 振り向くと、唯兄がドアから顔を覗かせていた。

 どうして寝ていないことがわかったのか……。

「リィ、唯兄さんを侮っちゃいけません。数値見てたら起きてるか寝てるかくらいわかるよ。横になってるときは血圧の上九十はキープできるでしょ? 今は八十二だから座ってる姿勢が濃厚」

 唯兄は「どんなもんだい!」と言わんばかりに両腕を組み、胸を張って見せた。

 言われて驚いてしまったけれど、確かにそれは私が体位を変えたときの数値に言えることだった。

「唯兄、すごい……」

「伊達にモニタリングしてませんよーだ! 専門知識がなくてもデータと人物照らし合わせて観察し続ければ素人なりにも見えてくるものはある。俺、そういうのは得意だよ?」

「……唯兄は不思議ね」

「何が?」

「唯兄がこういう話をしてくれるとき、モニタリングをしてもらっていることを全然負い目に感じないの。だから不思議……」

「……リィは誰に負い目を感じる必要もないんだけどね」

 唯兄は珍しく苦い笑いを見せた。

「さ、休まないことには治るものも治らないよ。熱はまだ三十八度台なんだからね」

「うん、手……洗ったら寝る」

「あぁ、髪の毛まとめたのね。ベトベトして気持ち悪いかもだけど、お風呂はもう少しの我慢!」

「うん」

 私は手を洗い、自室に戻ってすぐに横になった。

 枕元には、紅葉祭から帰ってきたときのままになっている携帯がある。

 携帯は何件ものメールを着信していた。

 それらのほとんどがクラスメイトからのお見舞いメール。

 未読メールの中に、ツカサと秋斗さんの名前を見つけてドキッとする。



件名 :風邪が治ったら

本文 :藤山の紅葉を見に行こう。



 これはツカサから。



件名 :早く治りますように

本文 :インフルエンザって聞いたよ。

    ゆっくり休んで早く元気に

    なってね。



 これは秋斗さんから。

 なんてことのないお見舞いメールなのに、このふたりに返す言葉が見つからない。

 熱が引いて風邪が治ったら、私はどんな顔をしてふたりに会えばいいのだろう。

 記憶が戻ったことをいつ、どんなふうに話せばいいのか……。

「リィ、オーナーがさ――ってなんで泣きそうなのっ!?」

 部屋に戻ってきた唯兄に驚かれる。

「なんでも、ない……」

「具合悪い?」

「違う」

「……ブッブーーー、どれも不正解。まず、なんでもないのに人は泣きそうにはなりませんん。次、間違いなく具合は悪いと思う。……でも、泣きそうな理由は体調に関係ないのね?」

 唯兄は時々鋭すぎてちょっと困る。

「……ま、無理に話す必要はないけどさ、俺もあんちゃんもいつでも聞く準備はできてるから。いっぱいいっぱいになる前に吐き出すといいよ」

「……ありがと」

「で、オーナーからの伝言なんだけど、熱が下がったらホテルに来てほしいって。さすがにリメラルドのお披露目まで二ヶ月切ったからね」

 あ、お仕事――。

「そういうわけだから、早く元気になろう! んじゃ、何かあったら呼んで? 今日は一日家で仕事してるから」

 唯兄はそう言って部屋を出ていった。

 私はもう一度携帯に視線を落とし、自分の体温を確認する。

 三十八度五分――。

 だいぶ下がったけれど、それでもまだ三十八度台。

 こんな状態で考えようとしてもまともな判断ができるとは思えない。

 今は休もう……。何も考えずに、今は眠ろう――。


 眠ったところで気になるものがなくなるわけじゃない。むしろ、気になることは執拗なくらい夢に出てくる。

 私は寝ている間中、四月からの出来事を体験しなおすかのように夢を見ていた。

 そんな日々が金曜日から月曜日まで――。

「翠葉、ちゃんと眠れてるのか?」

 心配そうな顔で尋ねてきたのは蒼兄。

「うん。知ってのとおり、お薬を飲んだらすぐ、睡魔に呑み込まれるようにして寝てるよ」

 そうは答えるけれど、毎回毎回夢を見ているため、決して眠りが深いわけではない。

 連日続く夢に、私は恐怖感すら抱き始めていた。

 それでも身体は睡眠を欲し、私の身体は抗うこともできずに夢の世界へ招かれる。

「……休んでいる割にはすごく疲れているように見えるけど」

「寝ていても熱で身体がだるいの。たぶん、そのせい」

 嘘がさらりと出てくる自分が怖い。

 私は記憶が戻ったことをお母さんにもお父さんにも、蒼兄にも唯兄にも誰にも話せないでいた。

 言うのが怖くて。人に知られるのが怖くて。

 今、とても後悔しているのは、蒼兄と唯兄にツカサを好きだと話してしまったこと。

 ツカサに気持ちを伝えてしまったこと。

 後悔の色は、時間が経つにつれて濃くなる一方だった――。




「明日から登校していいわよ」

 湊先生から許可が下りたのは月曜日の夕方だった。

 明日から学校……。

「何浮かない顔してるのよ」

「え? あ……えと、授業についていけるかなと思って……」

 それはもちろん嘘じゃないけれど、それが不安要素のメインでもなかった。

「翠葉、大丈夫だよ。明日、昇降口で桃華が待ってるって言ってた」

 蒼兄は私の別の不安を知っている。だからこその言葉だと思った。

 私は笑みを添え、「心強いな」なんて答えてみたけれど、今は「休み明けの教室のドア」よりも、もっと不安に思うものがある。

 ツカサと秋斗さんに会うのが怖い。どうしたらいいのかがわからない。

 今の私にそれ以上の不安はなかった。


 不安の大きさに伴い時間がゆっくり進んでくれたらいいのに……。

 そんな願いが叶うはずもなく、あっという間に火曜日の朝はやってきた。

 学校を休んでいる間は寝込んでいることを言い訳にできたとしても、学校へ行き始めたらそうはいかない。

 先週の水曜日には紅葉祭の仕上げ作業をする予定だったのだから、もうその作業は終わっているだろう。だとしたら、生徒会の活動自体はしばらくお休みになるはず……。

 ひょっとしたらツカサに会わずに済むかもしれない。

 図書棟へ行くことがなければ秋斗さんに会う可能性も低くなる。

 今日は教室を移動する授業もないし、クラスから出なければふたりに会うことは避けられるかもしれない。

 蒼兄の運転する車の中でそんなことを延々と考えていた。

「翠葉、そんな不安がらなくても大丈夫だよ」

「うん……」

 不安は不安でも、蒼兄が思っている不安とは全くの別物。

 でも、どううしてもそのことを話せなかった。

 蒼兄は昇降口までついてきてくれ、そこで桃華さんにバトンタッチ。

 蒼兄を見送ってから昇降口をくぐると、

「もう大丈夫なの?」

「うん。昨日には熱も三十六度台に下がっていたの。ただ、もう一日様子を見ましょうって言われて休んだだけで……。だから今日はもう大丈夫」

 それは本当。嘘はひとつも含まない。

 でも、桃華さんは私の顔をじっと見て、

「その割には元気がないように思えるけれど?」

「……体力落ちちゃったかな? あ、落ちる以前にもともとの体力がないのだけど」

 心を占める本音を隠したくて言葉を追加した結果、自虐っぽくなってしまった。

 それが桃華さんの心に引っかかったのだろう。

「……何かあった?」

「……ないよ。どうして?」

「……なんとなく、かしらね? でも、『ない』のね?」

 桃華さんは前方の階段へ視線を戻した。

 まだ人影のない階段を上りながら、私は無意識のうちに口にしていた。

「桃華さん……生徒会のお仕事ってしばらくはないのかな?」

「……そうね? 仕上げは先週の水曜日に会長が学校長へ提出したから、あとはそれに学校長の捺印をもらえれば全工程を完了できるわ。でも、どうして?」

「……あ、理由は話せないのだけど、ちょっと学校外の予定で忙しくなりそうだから……」

 写真のお仕事があってホテルへ行かなくちゃいけないのは事実だけれど、心の大半を占めているのは別のこと。

 生徒会の仕事がなくてほっとするのは、ツカサや秋斗さんに会う可能性が低くなるから。

 嘘をついてもつかなくても、後ろめたくなるような「想い」を隠してしまうと、なんともいえない罪悪感を覚えるのだと知った――。

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