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光のもとでⅠ 第十四章 三叉路  作者: 葉野りるは
本編
19/110

19話

 久遠さんのサイトは、久遠さんが撮った写真やお仕事の近況報告のほかに投稿スペースがある。

 そこはコメントと共に自分の写真をアップすることができるわけだけど、それらに返信コメントがつくことはない。それでも、投稿数はかなりの件数があり、久遠さんの写真以外の多数の作品を見ることができる。

 私は過去に二回だけ投稿したことがあるのだけど、まさかそのふたつを覚えていてくれるとは思わなかったのだ。

 久先輩は言いづらそうに言葉を継ぎ足す。

「『suiha』が投稿してきたものは――ごめん。色々と思うところがあって、コメントも画像もプライベートで保存かけさせてもらった」

「え……?」

「翠葉ちゃんさ、屋久島に行きたいってお父さんかお母さんに言ったことない?」

「あります……」

 でも、どうしてそのことを久先輩が知っているの?

「俺の一冊目の写真集が屋久島な理由」

 理由……?

「翠葉ちゃんが見たい、行きたいって言ったことがきっかけ。俺はオーナーに依頼されて屋久島に写真を撮りに行った。……つまり、翠葉ちゃんがいなかったら俺はあのタイミングで写真集を出せていたかわからないって話。シリアルナンバー〇四二五は俺の誕生日。翠葉ちゃんが手にした写真集は最初から翠葉ちゃんの手に渡るように手配されていたものなんだ。もっとも、俺の中で〇四二五の『suiha』が翠葉ちゃんとつながったのは高校で会ってしばらくしてからだったけど。オーナーの親友の娘さん――『suiha』は俺にとって特別な存在だったんだ」

 そんなこと、知らなかった……。

 私はお母さんに「高校の同級生にもらったの」としか聞いていなかったし、誰が自分の願いをかなえるためだけに写真集が作られたなどと思うだろう。

 でも、今ならその同級生が静さんであるとわかる。

「私、静さんにお礼言わなくちゃ……」

「「善意だけと受け取らないようにっ」」

 右と左、つまりは久先輩と唯兄に声を揃えて言われる。

「クゥ、気が合うね?」

「合いますねぇ~」

「しょせん、リィもクゥもオーナーに仕組まれただけだよ」

 言いながら、唯兄はメールの送信を済ませて携帯を手に取った。

「あ、若槻っす。今、メールとデータの送信したんで確認してください。広告用のデザインが上がりしだい部長のチェックを済ませて澤村さんにデータ送信。送信直後に判決電話がくるって話だったんで、あとはそっちでよろしくです。――はーい、失礼しまーす」

 唯兄……それでもね、私はあの写真集にとても救われたんだよ。

 たくましく空に伸びる枝葉、自身を支えるべく深く太く伸びる根、陽のもとでキラキラ輝く姿や雨を受け止める大地。命あるものを見て、自分もこうありたい、と思えたんだよ。

 一瞬一瞬に生けるものを切り取ったような写真たちに、いつだって勇気づけられた。

 私にとって久遠さんの写真ってそういう存在なの。

 だから、やっぱりお礼が言いたい。

「善意だけを見ないように」なんて言われてしまったけど、これは善意以外に何も含まないでしょう?


 すべての選考作業が済んだのは七時を回った頃だった。

「リィ、俺、メインコンピューターのチェック行かなくちゃいけないから、俺の部屋で休んでてもらっていい?」

「あ……」

「ちょーっと待って! 姫様のカメラメンテ終わったからスタジオから取ってきます」

 あーやさんが走って会議室を出ていった。

「リィ、俺が独断で動いていたことだけど、一緒にあーやに謝ってもらっていい?」

「それはもちろん……」

 私たちはスタッフたちに挨拶を済ませ、会議室をあとにした。

「あーやはさ、シゲさん曰くすごく器用なカメラマンで、ほかのカメラマンの癖を掴んで吸収するのが早いんだって。だから、ここ数日はリィの写真を見て、なるべくリィの写真に近い写真が撮れるように研究してくれていたんだ」

 嘘……。

「さらには二日間、ブライトネスパレスへ行って、リィ目線の勉強までしてくれた。あーやに提示した条件は、最初の二年はリィにかぶる作品を撮ってリメラルドを演じること。そのあとは自分のスタイルに戻して一年以内に紅林綾女の名前で写真集を出す。そういう条件で了承してもらった」

 三年スパンの条件提示をされていたなんて申し訳なくて仕方がない。

「私――リメラルドを降りたほうが良かったのかな……? それは今からでも可能なの? リメラルドを降りても海斗くんたちと友達でいられるの?」

 私は海斗くんたちとのつながりを絶たれるのが嫌だったから静さんの庇護下に入ることを選んだ。庇護下に入ることはそのままリメラルドを続けることとイコールになっていた。

 だけど、提示されなかっただけで本当はリメラルドのみ降りる選択肢もあったのかな。

 あーやさんは私の替えとはいえ、せっかくのチャンスを不意にしたことになるのだろうか。

「姫様っ! はい、カメラちゃんです」

 気づくと目の前にあーやさんがいた。

「あーや、ごめんなさい。俺のわがままでピンチヒッターになってもらったのに」

「え? あ、嘘……若ったらそんなこと気にしてたの!? ってか、もしかして姫様もっ!?」

「リィは何も知らなかったんだ」

「そりゃそうでしょ。私に話が来たのも急だったし……。姫様は今日、そんな選択をさせられることすら知らなかったんでしょ?」

 私は気まずく思いながら頷いた。

「仕方ないよ。それに、これはもともと私の仕事じゃなくて姫様の仕事だもん」

「でも、そのために私の写真の研究をしたり出張までしてくださったんですよね……?」

 あーやさんはにこりと笑った。

「写真はさ、同じ被写体であっても撮り方は三者三様でしょう? だから、どんな写真を見ても勉強になる。それにほかのスタッフも言ってたけど、姫様の写真は視点が斬新で勉強になるんだ。自分の糧になりこそすれ、損はしてないよ。ましてやブライトネスパレスへ行って写真撮ってきたのだって、基本は撮ることが好きだから苦労よりも楽しかったって感じだし。自分だったらこう撮る。でも姫様ならこっちかな? って考えながらアングル変えるのは楽しかった」

 邪気のない笑顔に救われる。

「だから気にしないっ!」

「「すみませんでした。それから、ありがとうございます」」

 頭を下げ口にした言葉は唯兄と見事に重なった。

「くっ、あははははっ! ふたりとも律儀だねー? ほんっと、気にしなくていっから! 棚ボタチャンスもいいけどさ、やっぱりチャンスは自分の手で掴み取ってこそ、だよね? 実力で実績残していきたいよ」

 何も口にできない私と唯兄を見ると、

「あー……んじゃさ」

 と代替案を提示してくれた。

「私が個展開いたら絶対に来ること! 写真集を出したら絶対に買うこと! それでチャラ! んじゃね、お疲れ様っ!」

 あーやさんは手を振って会議室へと戻っていった。

 未来に明確なビジョンを持って行動している人が羨ましい――。

 パワフルでハキハキと喋り、自分のやりたいことや夢がはっきりしている。自分の力で夢を掴み取ろうとしている人。

 私の目にあーやさんはそんなふうに映った。


 地下から一階へ上がる道すがら、唯兄に訊かれる。

「三十九階の俺の部屋、行き方覚えてる?」

「あ、唯兄、それなんだけど……」

「ん?」

「私、少し駅の方に行ってきてもいいかな?」

「駅?」

「うん。ハープの弦も買いたいし、行きたい雑貨屋さんがあるの」

 唯兄は腕時計を見たあと窓の外に視線を移した。

「もう暗いし時間も時間だから許したくないなぁ……」

「どうしてもだめかな? 楽器店は駅向こうだけど、ここからなら歩いて十五分もかからないし、帰りに雑貨屋さんに寄っても一時間半くらいで戻るから」

「ま、警護班はすでに配置についていることだし……。俺のほうでもGPS起動させるけどいい?」

「ん……」

「じゃ、気をつけて行っておいで」

「ありがとう!」

 互いが笑顔になったあと、唯兄が「あ」と小さく声をあげた。

「リィ、マフラーしてないじゃん」

「うん。今日はオフタートルだから……」

「ダメダメ。ちゃんと首元はあっためなさい。ほい、俺のスヌード」

 唯兄は自分がしていたボルドーのスヌードを私の首にかけてくれた。

「帰ってきたら俺の部屋ね? 仕事が先に終われば俺が駅まで迎えに行くし。……リィ、約束」

 唯兄が目の前に右手を差し出し小指を立てる。だから、私も同じように右手を出すと小指を絡められた。

「知らない人にはついていかない。携帯はつながる状態にしておくこと」

「はい」

 まるで小さな子が初めてお使いへ行くときのような約束を交わしてホテルを出た。


 外の空気は寒いというよりも気持ちがいい。

 あたたまりきった頬の温度が少しずつ下がっていくのがわかった。

 駅までのメインストリートは様々な明かりが溢れている。

 街路樹には青いLEDライトが瞬き、その向こうの車道では赤いテールランプと黄色いハザードランプがチカチカと点滅しては後続車に反射していた。

 光で溢れる道を真っ直ぐ進むと駅にたどり着く。

 エスカレーターを上がり駅ビルを通過すると左側には券売所があった。けれど、人がたくさんいるにもかかわらず、切符を買うために並ぶ人はほとんどいない。

 券売所とは反対側の壁際、つまりはきちんと右側通行をしながら観察していると、見覚えのある手提げ袋が目に入った。

 それは薄紫色のしっかりとした手提げ袋で金色のマークが入っている。

 私が今までいた場所、ウィステリアホテルのものだ。

 なんとなしに持っている人の顔を見ると、知っている顔だった。

「木田さんっ――」

 私ははじかれたように足を踏み出した。

 けれども行き交う人通りは思うように横断できない。

 券売所にたどり着いたときには木田さんの姿はなかった。

 私は慌ててお財布を取り出し、五百円玉を券売機に入れ適当なボタンを押した。

 切符を手に急いで駅構内に入ったけれど、改札口付近に木田さんの姿は見当たらない。

 どこっ――!?

 辺りを見回すと、ホームに降りるエレベーターの中に木田さんがいた。私は反射的にエスカレーターへ向かいホームへ降りる。

 ホームにはちょうど電車が滑り込んできたところで、人の列がいたるところにできていた。

 エスカレーターからエレベーターの場所まで二十メートルほど離れているため、人垣で見通しは利かない。けれど、じっと目を凝らすと、薄紫色の手提げ袋が電車に入るのが見えた。

 乗った――。

 そう確信を持ったとき、私は何を考えることなく電車に飛び乗った。

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