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第3章 第4話

 ケンタローが言うには、このスタジオから一番近いピザ屋が、橘のいるピザ屋だったという事だ。由紀子にしてみれば先日初めて知ったばかりのピザレストランだったが、気がついてみれば店のチラシがスタジオの壁に貼ってあった。地図を見ると、あの日歩いた丘の坂道沿いのお店の前の道を反対側に降りたところに今いるスタジオがあるのだった。

 ”ハンス&グレイテル”。店の屋号は多分ドイツ語だ。ケンタローはチラシをみて注文しただけで由紀子のように店に足を運んだことは無かった。だから由紀子が橘を知っているという事が、他のメンバーの興味を引いた。

「由紀子さん、先日は有難う御座いました。ここで会うなんて奇遇ですね」橘はお金を受け取るとすぐには帰らずにご丁寧にピザをテーブルに並べてくれていた。「なに、二人はなんか関係あるの?」力を取り戻したマサキヨが真っ先に由希子に聞いた。「別に...なんにもないよ」心の中で橘にもマサキヨにも余計なが事を言うなと言いたくなる。ヒロトが無言になっているが気になる。「でも名前知ってたよねぇ?」マサキヨが続ける。「下品な質問してんじゃねーぞ」ヒロトがすかさずマサキヨを牽制する。由紀子はマサキヨもたまには懲らしめ

られてる位で丁度良いのではないかと思う。立場の悪さに気が付いてマサキヨはまた黙ってしまった。

 いつも自分達はこんな風な事をぐるぐる繰り返しているんだよねと由紀子はいつも変わらないメンバーの会話とこの古ぼけたスタジオ内の風景を見て思う。

「でも、あなた何でずっといるのよ?」由紀子はピザを並べ終わってもちゃっかり座っている橘を見つけて言った。

「せっかくだから皆さんの演奏を一度だけでも目の前で見せてもらおうと思って」橘は笑顔を浮かべてそう言った。

自分はともかく、他のメンバーは初対面でしょ。橘のズレ度合いに呆れ返る由紀子だった。「駄目ですか?」橘は天然ぶりを発揮し始めたのか空気を読まない発言を続けた。あんまりズレ過ぎていて、特にヒロトのような直情型の人間は完璧に口を挟むタイミングを失っていた。

「邪魔にならないかなぁとか、皆の気が散るんじゃないかなぁとか、殊勝な心掛けが出てきませんか?」

由希子もはっきりと物を言う。

「はい、そうですね。ただバンドっていつもお客さんの前で演奏するんですよね?今夜は僕一人ですが、役に立てるんじゃないかと思いまして」

「ちょっと、私達をバカにしてるんでしょ」由紀子はせっかく食べようとしているピザを突っ返す勢いで声を上げた。

「まぁまぁ、1曲だけ聞いて行ってもらえば?」それ位ならいいじゃないかと言ったのは何に対しても間を取ったり中途半端な行動を続けるケンタローだった。それどころかもう2ピース目のピザに手を付けている。頬張りながらケンタローはちらっとマサキヨを見た。ケンタローはマサキヨにとって橘がいた方が気が楽にできるとなんとなく考えていた。つまり部外者の橘の前では、ヒロトも大きな声で怒鳴ったりさっきのようにマサキヨをぶったりしないと考えたのだ。ケンタローの視線の意味に由紀子は気づいたが、あまり良い考えとは思えなかった。結局はヒロトのストレスを蓄積させるだけである。何処かで爆発するだけだ。大切なのは演奏の完成度である。半端もののケンタローらしい考えと言えばそうなのだけど。

 当の本人である橘は本当の天然なのか、または鷹揚なのか全く掴みどころのない表情で由紀子の心配をよそに特等席での音楽鑑賞を決めてしまっている。

「仕事に戻らなくてよかったの?」「はい、大丈夫ですよ」

なんで大丈夫かまったく判らない。ケンタローがマサキヨの耳元で肩をすくめた。「まあ、いいんじゃね」そう言ってマサキヨが見ると橘はこくりと会釈した。朗らかな顔で座って首だけを動かす人形のようだった。

 橘は1曲だけに留まらずに好きなだけ演奏を聴いていくつもりいるらしい。そして偶然に橘が来たことで観客に見られている状況が生まれた。それが思わぬ効果を生んでこの夜の演奏はここから雰囲気をがらりと変えて熱く切れ味の良いものになっていったのだった。


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