第二話 二杖流の極意と枯葉
翌朝、まだ日も昇らないうちからリズはルルカに連れられて裏山の広場へと来ていた。昨夜リズが魔法の練習をしていた広場よりも一回り広い場所で、魔法訓練用の人形や、魔物の侵入を防ぐための魔法陣などが設置されている。誰かが山を切り開き、訓練目的でこの広場を作ったとみて間違いない。
リズは広場の様子を見渡すと、意外そうな顔をした。こんな場所が裏山にあるなど、誰にも聞いたことがなかったのだ。
「へえ、こんな場所あったんだ……」
「昔私が使っていた修行場所だ。これからの修行はここを使うと良い」
「はい!」
リズがそう元気よく返事をすると、ルルカは黙って頷き背負っていたリュックを広場の端に下ろした。彼女はその中から練習用の杖を二本取り出すと、二丁拳銃よろしくクルクルと回転させた。リズはなぜ杖を二本持つのだろうと戸惑いつつも、ルルカの様子から目を離さない。
「では、修業を始める前に二杖流がどんなものかを話すとしよう。リズ、お前は魔法が発動する原理を覚えているか」
「もちろん! 気合と根性よ!」
「……まあいい、最初から話すとしよう。簡単に言うと、魔法というのは大気を満たしているアクアと呼ばれる粒子を魔力によって振動させ変化を与えることによって発生する。この時、魔力を放出するための媒体となるのが、杖をはじめとする魔響叉だ。二杖流というのは、その名の通り魔響叉を二つ使うから二杖流というのだ」
「……えっと、杖を二本使うのね!」
うんうん唸った挙句、思いついたようにそう言ったリズ。もはや突っ込む気力も出なかったのか、ルルカは黙って額に手を当てた。彼女は肩を落とすと、大きくため息を漏らす。
「リズはそのうち頭の方も鍛えないといけないな……。ま、今はとにかく二杖流だ。実演するから、ちょっとそこに座って見てなさい」
「はいッ!」
リズが地面にペタンと腰を下ろすと、ルルカはゆっくりと彼女から離れていった。そうして広場の中央付近にたどりつくと、リズとは反対方面に立てられていた人形を睨む。彼女は杖を高く構え頭上で交差させると、ゆっくり手を下して杖と杖の接点が顔の前へ来るようにした。
ルルカの顔が険しさを増した。杖の先端から淡い黄金色の光が広がる。魔紋――魔法を使うときに発生する、魔力の波動だ。これがアクアを揺らし魔法を発生させるのである。
二つの魔紋は重なり、一つとなった。合わさった魔紋は急速にその大きさを増し、ルルカの身体を覆い隠すほどとなる。やがてその中心に煌々とした紅の光が現れた。光はルルカの頭ほどの大きさがあり、さながら太陽のごとく燃え盛っている。
「二杖流――ファイアーボールⅡ!!」
放たれた炎は人形の腹を正確に打ち抜き、大爆発を起こした。閃光が溢れてリズの視界を白一色に染め上げ、さらに爆音が鼓膜を突き破りそうなほどの勢いで轟く。以前、ルルカが上級魔法を塾生たちに見せたことがあったがそれに匹敵する威力だ。とてもファイアーボールの威力ではない。
爆発が収まると、人形のあった場所には大きなクレーターができていた。小さな子どもなら体全体がすっぽり入ってしまうような大きさだ。そのあまりの威力に、リズは思わず目を輝かせる。
「今のってファイアーボールよね!?」
「ああ、そうだ。これが二杖流の力だぞ」
「すごいすごい!! 早く私にも教えて!」
リズはルルカのローブの袖をつかむと、早く早くと引っ張った。ルルカはそれに苦笑すると、リズの肩にぽんと手を置く。
「落ちつけ、そんなに焦るな。前から言っている通り、二杖流というのは危険なのだ。もしわずかでも魔力や魔紋の制御をミスすれば――死ぬこともある」
「ど、どういうこと?」
「二杖流は二つの魔紋を重ねて増幅させることにより、呪文の威力を飛躍的に上昇させる技だ。だがその性質ゆえに、魔紋の暴走が非常に起きやすい。ひとたび魔紋の暴走が起きれば、何が起こるかは神のみぞ知る領域だ」
「よくわかんないけど、とにかく危ないのね。わかった!」
「……お前はつくづく人を不安にさせるな。まあいい、お前が決めたことだ。では、第一の修行を始めるぞ」
「はいッ!」
リズとルルカは広場の端にある大木の前へと移動した。周囲の木と比べて倍ほども高さがあるその木は、大人が十人がかりでやっと囲めるほどの太さだ。ルルカはその木にまだ落ちていない枯葉が無数に残っていることを確認すると、その幹を思いっきり蹴飛ばす。
木の上からはらはらと枯葉が落ちてきた。ゆっくり不規則に落ちてくるそれらを見据えると、ルルカは素早く杖を構える。瞬く間に杖先に光が広がり、刹那、ルルカの口が呪文を刻む。
「アイスショット!」
放たれた氷は落ちてきた枯葉の中心を貫いた。手のひらのような形をした茶褐色の葉に、ぽっかりと丸い穴が開く。ルルカはそれを破れないように慎重に手で受け止めると、何をやったのか意味がわからずポカンとしているリズに示した。
「良いかリズ、これからやるのは二杖流を使うために必要な魔法の制御の修行だ。この木から落ちる枯葉をアイスショットで撃ち抜け。ただし、葉っぱが破れたり粉々になったりしたらやり直しだぞ」
「簡単そうじゃない。お昼までには終わらせるわ!」
「そうなるといいな。じゃ、私は塾に戻るからもしできたら証拠の葉っぱを持ってくるように。もしお昼に間に合わなくても、ちゃんとご飯を食べに戻ってくるんだぞ」
「はーい!」
ルルカはうんうんとうなずくと、広場を後にした。彼女はゆっくりと山道を下りながら、リズのいる方角を振り返ってつぶやく。
「さて、半年かかるか一年かかるか。間に合うといいんだが――」
◇ ◇ ◇
一人になったリズは、上から落ちてくる枯葉を相手に黙々と魔法を放っていた。彼女の杖先には次々と魔紋が浮かび、青白い氷が宙へ放たれていく。しかし氷は葉を貫くどころか、かすりもしなかった。ゆらりゆらりと不規則な軌道を描く枯葉は、現在地の予想が非常にしにくいのだ。しかも、まぐれで氷が当たっても葉は粉々に割れてしまって、ルルカが見せたようなきれいな穴など出来る気配すらない。
「なにこれ、ぜんぜんできない……」
ひたすら魔法を撃ち続けて三十分ほどが過ぎた。疲れで息を荒くしたルルは、崩れ落ちるように地面に座り込む。彼女は上から落ちてくる枯葉を見ながら、困ったような顔をして唸る。
「どうやれば当たるんだろ? 氷の速度をもうちょっと上げれば……いけるのかな?」
リズは数撃てば当たる方式から、一回一回集中して葉を狙う方式へと切り替えることにした。彼女は慎重に木を揺さぶり葉を数枚だけ落とすと、そのうちの一つに狙いを定める。リズの瞳が細まり、精神が研ぎ澄まされた。彼女は視界の中央に葉が達したところで、一気に杖へと魔力を注いだ。杖の先端のクリスタルが輝き、魔紋が広がる。
ビョウと放たれた氷は、葉からわずかに逸れてかすめるようにして飛んで行った。それを見ていたリズは、グッと拳を握りしめる。
「あとちょっと! もう一回!」
何かつかんだような気がしたリズは、すぐさま木を揺さぶると葉を落とした。彼女は再び鷹のような目つきで葉の動きを睨むと、もう一度魔法を繰り出す。しかし今度は、かすめるどころか氷は大きく葉から逸れていってしまった。
「む、むう……」
その後、何度となく魔法を放ったが氷が葉を貫くことはなかった。そうしているうちに時間は流れていき、朝だったのが昼になり昼だったのが夕方となり――いつの間にか一日過ぎてしまった。リズは二日連続で叱られてはたまらないと、今日の分の修行を終えて塾へと帰ったのであった。
◇ ◇ ◇
リズが二杖流の修業を始めてから、はや二週間が過ぎた。いまだにリズは葉を氷で貫くことはできていない。彼女は今日こそ葉に風穴をあけてやると意気込み、日が昇る前に布団を飛び出していた。彼女は杖を二本背中に背負い、外出用のローブを着こむと塾の廊下を門へ向かって走っていく。するとその時、見覚えのある少年が障子をあけて部屋から出てきた。青髪を短く刈り込んだその姿は、ウィクだ。
「お、リズじゃないか。お前最近どうしたんだ、俺のところに全然来ないけど」
「ちょっと特別な修行をやってるだけよ。今に見てなさい、今度戦うときはコテンパンに叩きのめしてあげるんだから!」
「それは頼もしいな。だけど、あんまり塾を開けて先生に心配かけるなよ。最近、体調があまり良くないらしい」
ルルカが体調を崩しているという話は初耳であった。リズは意外そうな顔をしつつもウィクに分かったとうなずく。
「できるだけ早く戻るわ」
「ああ、飯までには帰ってこいよ」
何となく嫌な予感がしたので、リズはそれを振り払うべく足早にその場を立ち去った。彼女は靴を履くと門を出て、いつもの広場へと向かう。広場に聳える大木は連日の修行のせいで幾分か葉を減らし、枯れ木のような姿となっていた。それを目にした途端、リズの脳内を再び嫌な気配が満たしていくが、彼女はそれを気合いで追い出した。
「よし、今日もやるぞ!」
リズはいつになく気合いをこめて叫ぶと、いつものように木を揺さぶり修行を開始した。彼女は舞い落ちてくる葉の一枚一枚に狙いを定めては、氷を放っていく。だがいつものように氷は葉をかすめもしなかった。直線に跳ぶ氷は、葉の不規則な軌道をとらえることが全くできていない。
「うーん、当たんないなあ……」
数時間後、リズは杖を一旦置くと休憩をとるべくその場に寝転がった。彼女の眼に鉛色の空が飛び込んでくる。冷え切った空からはまばらではあったが雪が降っていた。白いものがはらりはらりと、空の上から舞い降りてくる。リズの眼にはそれが、先ほどまで必死に狙っていた枯葉と重なって見えた。自然と彼女の視線は雪に向いてしまう。
するとその時、ちょうど木から葉が取れた。雪とは比べ物にならないほど大きな葉は、寒空の中をゆっくりゆっくりと落ちていく。この時、奇跡的な偶然が起きた。リズの見ていた雪の軌道と葉の軌道が重なったのだ。
ぶつかる枯葉と雪。それはちょうど、速度の速い雪が速度の遅い葉を撃ち落としたようであった。雪に撃たれた葉はバランスを崩すと、そのまま地面へ一直線に落ちていく。リズはその様子を瞬き一つせずに見ていた。
「これだ!」
リズの頭の中を電撃が走り抜けた。これだ、まさにこれこそ求めていたことなのだ。雪が葉を撃ったようにすれば、氷も葉を撃ち抜ける――。まるで暗い闇の中に一条の光が差し込んだように、リズの視界が急速に開けていった。彼女は急いで起き上がると、わき目も振らずに魔法を撃ち始めた――。
◇ ◇ ◇
「先生やった! 完璧じゃないけど、葉に穴が開いた!」
夕方、いつもより早く塾へ帰ってきたリズは門をくぐると同時に声を上げた。手には大きく裂けてしまっているが、穴のあいた葉が握りしめられている。彼女はそれをぶんぶん振り回しながら、靴を脱ぎ母屋の廊下をルルカの部屋へと走って行った。すると、彼女の眼に深刻な顔をした塾生の集団が飛び込んでくる。
「どうしたのよ、みんな」
「リズ帰ってたのか。実はな、先生が昼間倒れてしまって――」
「うそッ!!」
「お、おい!」
リズは塾生たちを強引にかき分けると、部屋の中へと入って行った。すると、畳の上にしかれた白い布団の上でルルカが紅い顔をして横たわっていた。吐く息は荒く、頭の上には氷の入った袋が載せられている。碌に病気にかかったことがないリズですら、重症だとわかる状態だった。
「先生、大丈夫!?」
「ん……リズか。大丈夫、大したことじゃないさ」
「でも、ずいぶん苦しそう……」
「だから心配しなくてもいい。それより、修行の方はどうだ? 少しはできるようになったか?」
リズは握っていた手を開き、葉をルルカの前へ差し出した。するとルルカは驚いたように目を見開く。彼女は少し起き上がると、目の前の枯葉を丹念に見た。
――これは予想以上だ。信じられん。
既にリズは課題の九割ぐらいをクリアしている状態だった。ルルカの見込んでいた時期よりもずっと早い。正直、彼女にとってこの結果はとても意外だった。リズはウィクとは違い天才型の人間ではないと思っていたのだ。それがどうだろう、明らかに一般を超える才能が彼女にはあったではないか。
「おい、みんな集まれ。外に居る連中もみんな私の話が聞こえる位置へ来るんだ!」
「は、はい!」
ルルカの声に従い、塾生たちはみな彼女を取り囲むようにして集まった。そうして全員がこの場に集まったことを確認すると、ルルカは咳払いをして宣言する。
「三ヶ月後、リズとウィクで試合を行う。この試合に勝った方を私の後継者として指名する。二人は心して修行をするように――」
2月26日、サブタイトルを改変しました