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この国の王子が望んだもの  作者: ノア
Ⅰ.混乱は寝具(ベッド)の上から
5/5

1-4

 変に思い出しながら歩いていたからだろう、はっと気づくといつの間にか結構歩いていたみたい。辺りを見回すと露店がほとんど出てない道に入っていた。ここはどこだろうとマナの記憶を引っ張り出していると、後ろから急に誰かに抱き着かれた。もう突進されたような勢いで。


「お、おっ?」


「マナ様!また来てくださったのですか!」


 後ろから抱き着いてるのを少し強引に離しながらその顔を確認するとまた名前が頭にふっと浮かんできた。


「レイナ」


 私より頭二個分背の低い彼女はレイナ。オレンジ色のツインテールに幼い顔立ちは笑顔の似合う可愛いマスコットみたいだ。


「はい!お店寄っていきますよね?」


 店?首を傾げる私に構わず、私の手を掴んで道案内をするレイナに私はとりあえずついて行くことにした。店ってことは可愛いぬいぐるみ屋さんとかお花屋さんとかかな。レイナに似合う店を想像してはレイナの後姿を見て頬を緩める。

 そして着いた場所は。


「[スモーリー]?」


「マナ様が来てくれたって知ったらみんな喜びますよ!」


 店の看板にまた首を傾げる私の背中を押して店の中に誘導する。しかし、中はぬいぐるみ屋でも花屋でもなかった。

 聞こえるは女の甘い声と男のだらしない声、そして店中匂うは酒とつまみばかり。…あれ?なんか想像と違うんですけど。何ここキャバクラ?


「さ、座ってください」


 呆気にとられる私に構わずまた私の手を引いて店の奥の個室へと連れて行く。

 とりあえず座って私は重大なことを思いだした。さっきあの子は私をなんて呼んだ?はっきりと「マナ様」って呼んでたよね?もしかして王子だってバレてるんじゃ…。そう思いレイナを見るとレイナニコっと可愛い笑顔で人差し指を自分の唇の前に立てた。それを見てもうバレた上で店に通したんだと悟って溜息交じりにレイナに言った。


「…いいのか?」


「何を今さら仰ってるんですか。マナ様はウチのお得意様です」


 ……本当に何してんだよマナ王子。というかこの子未成年じゃないの?何でこの店で働いてるの。聞きたいことはあったけどボロが出そうだったから何も聞かないことにした。


「さっきマナ様が来たことを店長に合図したのでもうすぐ来ると思いますよ」


「店長…」


「はい。あ、マナ様は何を呑みますか?いつものですか?」


「うーん、じゃあいつもので」


「はいっ」


 嬉しそうに了承したレイナが出て行くのと同時に綺麗な女の人が入ってきた。ああ、そうだ。あの人が店長だ。金色の艶やかな髪を緩く巻き、同じ金色の瞳で私をじっと見つめる。濃い紫色のスリットのはいったドレスが眩しいくらいスタイルの良い彼女の魅力を引き出していた。


「お久しぶりです。マナ様」


「久しぶり、イリン」


 そう、イリンだ。優雅に私の隣に座りイリン色気に、中身が女ながら目眩がしそうになっているとイリンが身を寄せるように乗り出してくる。


「本当にお久しぶりですわ。ここしばらくお忙しかったので?」


「まあ…そうだな。あいつの目が誤魔化せなくて」


「ライアン様ですか。確かに従兄妹あにの目を盗むのは楽ではありませんね」


 …ん?あに?変換すると、兄?


「ライアン様はお元気ですか?」


「相変わらずだよ。そういえばイリンってライアンの妹なんだっけ」


「正確には妹ではなく従兄妹いとこですが。まああの堅物も元気そうでなによりです」


 わぁお、堅物って言い切っちゃったよこのお姉さん。当たり障りない会話だけど、もしかしたらこの店にいれば色々情報とか手に入るんじゃないか?そう考えて私は早速情報収集を開始した。


「そういえば最近この国はどうだ?」


「どう、とは?」


「どこか治安が悪いとか、不満を聞くとか」


「そうですね…マナ王子を前に申し上げるのは憚れるのですが、やはりあまり王族の評判がよろしくないようです」


 王族の評判?


「それ、詳しく聞かせてくれ」


「この前と似たようなお話になってしまうのですが」


「酒が入るとアルコールと一緒に抜けちゃうんだ。また一から頼むよ」


「分かりました」


 そう言って遠慮がちにイリンが話し出した内容に私は思わず頭を抱えたくなった。

 イリンが言うには、ここは軍事を重視する国らしい。男は17歳を超えると兵士としての訓練を受けなければならず、声がかかれば否応なしに戦場に駆り出される。中には若くして女子供が残されるとこもあるようで、そういった人たちからは王族は言ってしまえば恨まれているらしい。決めたのは今代の王、マナの父親で先代の王のマナのお祖父さんは最初そのことに反対してたんだけど結局は反対しきれなかったらしい。その理由まではさすがにイリンも分からないけど、先代の王という枷を説き伏せた今代の王は土地を増やす為に隣国との戦争を繰り返しているらしい。

 国民を強化したことで得た戦力と頭数に次々と勝利したこのライル国は先代の王の時と比べて倍以上の土地を支配しているらしい。そのせいで度々兵士と民による喧嘩も発生して店に大迷惑がかかるんだとか。けど今代の王はそれに対して弁償も謝罪もせずに放置するもんだから民の不満もなくならない。さらには最近年貢も上がって生活が苦しくなる民も続出、そのお金が王族同士の賄賂に使われているという噂も立っているらしい。

 そして現在、今代の王が狙うは隣の国のドラント国。


「ドラント?」


「はい、ドラントは珍しい鉱石や物資が豊かでとても穏やかな国らしいのですわ。確かマナ王子はそこのタツ姫とお知り合いだと聞いたのですが」


「タツ姫…?」


「そう、首を傾げられても…まあただの噂ですのでこれは真ではないということですわね」


「多分な」


 途中レイナが持ってきてくれた酒やつまみを飲み食いしながらタツ姫という人物を思い出そうとしたけど全くマナの記憶にはなかった。というかこの酒、いつもマナが頼んでいる虎鋼とらはがねって名前らしくてこの国でも結構強いお酒らしい。一口飲んで、この舌と体が喜ぶのを実感したあたりマナはこの酒が大好きみたい。

 そういえば、さっきさり気なく聞き出したんだけどこの国は男女16歳で飲酒が許されるらしい。レイナに年を確認したら17歳だと言って拗ねられてしまった。


「でもそれにしてはこの街は活気があるな」


「それは当然ですわ。この街はいわばライル国王のお膝元、色んな国の人たちが行き交う観光地みたいなものですから」


「へえ」


「そう言えばさっき噂で聞いたのですが、入口近くの露店で猫の仮面を被った男が値切りをしたとか」


 思わず酒を吹き出しそうになった。猫の仮面の男が値切りって…私のことじゃないですか。というか数時間前のことなのにもう噂になってるのってどういうことなの。皆井戸端会議のおばさんみたいに噂好きなの?


「あそこのおじさまは中々値切りさせてくれないって有名なんですのよ」


「え?でもオレ100リニ値切ったけど」


「やはりマナ王子でしたか」


「…あんなので噂になんのか」


 これからはしばらく値切りは自重するか?でも猫の仮面ってバレてるしもういっか。諦めって肝心だよね。

 とりあえず聞きたい情報は聞けたしそろそろ帰るか。財布を取り出す私を見て、イリンが「お代は結構です」と言い出すから私は目を見開いてしまった。


「この前しばらく来れなくなるからと多くお代をくださったではありませんか」


「ん?あ、ああ。そうだっけ」


 太っ腹なマナのお陰で手持ちが減らずに済んだらしい。でもこの店、他にも女の人がいるのにイリンとレイナしかこの部屋に入ってこないってどうしてなんだろ。やっぱり王子だから大事になっちゃまずいのかな?でも確かにまずいね、ライアンにバレるわけにはいかないし。あ、でも城出た時点で怒られるのかな…なんか帰りたくなくなってきた。


「では、またお越しくださいね?待っていますので」


「そうですよ!また来てください!」


 綺麗な人と可愛い子に笑顔で見送られ、私は気分よく店を出た。外はもう綺麗な夕暮れだけどライアンに怒られることを思えばそこまで鑑賞に浸れないのは悲しい。また抜け穴まで行ってそこから城に入り、誰にも見つからないように寝室に戻って手早く今日の服に着替えてそのまま直通のドアを通って着替え部屋に向かう。


「あ、おかえりなさい」


「ただいま、ミラ」


「マナ王子、先程のお召し物を」


「うん、頼むよサラ」


「楽しかったですか?」


「それなりにね。あ、これマラ達にお土産」


 レフの入った袋を差し出して、マラに渡す。すると三人そろって嬉しそうに笑いながらお礼を言ってくれて買ったかいがあったななんて勝手に頬が緩んだ。

 そのまま執務室に向かうと執務室の前で仁王立ちになっているライアンがいて…。


「…た、ただいま」


 片手を軽く上げてそう言うと、ライアンがニコっと笑顔になった。


「おかえりなさいませ。城の外は楽しかったですか?」


「う、うん…それなりに…」


「そうですか。ですが、楽しいだけでは執務は終わりませんよ」


 あ、この笑顔ってやっぱり怒ってる笑顔だ。綺麗な笑顔に隠れて額に薄く青筋が浮かんでるのが見えた。私は引きつった笑みになりながらポケットに入れておいたレフを取り出してライアンに投げると、動じることなく難なく受け取ったライアンが少しだけ首を傾げた。


「それ、レフっていう果物なんだって」


「レフ?ああ、隣街の産物ですね」


「知ってたんだ」


「この国のことです、王子も知っていただかなくてはならないのですよ」


 最後にスッと目を細めてくるライアンに、目を逸らしながら空笑いをする私にとうとう溜息をつきながら執務室のドアを開けて部屋の中へと誘う。残った書類サインをしろってことだよね、うん。

 諦めて部屋に入った私がライアンの指導の下、唸りながら書類から解放されたのはそれから数時間の晩御飯直前のことだった。


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