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Ⅱ 女司祭長

「占い師たるもの、傍観者に徹しなさい。

 それが未来を見て導く者の宿命よ」


 私を導いた師匠は幼い私によくこんな事を言っていた。

 それが、どういう意味を持つのか私は師から教えを受ける前に師は黄泉に旅立ったのだが、その師の言葉は残って占い師である私を形成している。



 人の口に戸は立てられない。

 ましてや、女に秘密を守らせるなんて戯言に等しい。


「ねぇ、相良さんって占いができるんだって?」

「私も占ってくれない?」

「ずるい!私も占って!!」


 とりあえず綾乃は後で〆る。

 さて、未来の決定事項についてはおいといて、私は押しかけ客の皆様を追い払う為に口を開く。


「ごめんなさい。

 私は一日三回以上占わないの」


「いいじゃない!

 減るもんじゃないし!!」


 ぶーぶーと非難する女生徒達の言葉がまたテンプレなのがどうしてくれよう。

 占いなんていかがわしい商売と思われている節があるがゆえに、この手の偏見はいたる所にあるくせに、その占いがこの世界に満ちているというこの矛盾。

 とりあえず、そのテンプレから崩す事を心がけよう。


「いや、減るのよ。これが」


「え!?」


 皆が止まった一瞬をついて、私は一枚のカードを机の上に置く。

 書を持ち、美しい法衣に身を包み微笑む彼女の名前は女司祭長という。


「たとえば、このカード、女司祭長と言うのだけど、知性、平常心、洞察力、客観性、優しさ、自立心、理解力、繊細、清純なんて意味があったりするわ。

 ところが……」


 皆の視線を一身に集めながら私は女司祭長のカードをぐるりと上下逆にする。


「こうやって、反対になった女司祭長は激情、無神経、我が儘、不安定、プライドが高い、神経質、ヒステリーという意味に変わっちゃう。

 一枚のカードにつき、大体30ぐらいの意味があり、それが正逆合わせて60」


 改めて女司祭長のカードを正位置に戻し、今度はタロットカードの大アルカナ全てを机の上に広げてみせる。


「そんなカードが普通に使う大アルカナだけで22枚。

 それを覚えた上で、出たカードを組み合わせてその意味から未来を読み解く。

 ね。

 一日三回もすればつかれ果てちゃうという訳」


 こうやって説明すると余程の事がない限りは皆納得はする。

 とはいえ、占ってもらいたいという欲求まで忘れないあたりはさすが女の子という所か。


「じゃあ、その三回の中で私を占ってよ!」

「ずるい!私が最初に声をかけたんだから私が先よ!」

「私だって占ってもらいたい!」


 うん。

 とりあえず、その本人を無視して話を進めるのは少し待ってもらえないかな。


「はいはい。

 その手の予約はこのサイトでお願いします」


 携帯をいじって、みんなにつきつけた画面の先は有名占いサイト。

 私に占いを頼むぐらいだから知っていた人がいるらしく、私の正体に気づく。


「え?

 じゃあ、相良さんってもしかして、ネットのみでずっと顔を出さなかった匿名占い師の『ERIERI』?」


 その質問にただ微笑むだけで私は答えを語ったのだった。




 ネットという電脳空間の拡大は、オカルトと呼ばれる領域にいる占い師にすらも革新をもたらした。

 距離を一瞬で消し、匿名を武器にできる神秘性があまたのカリスマ占い師を世に出してきたとも言う。

 それゆえに、女子高生なんてやっているのに占い師ができるのだが。


 オカルトではけっこう有名な話だが、本当の神秘や霊とかの不思議な力が最も強いのが子供であり、大人になればなるほどその力は消えてゆく。

 という事は、最も力が強い時にその力を社会に還元できないというジレンマが発生する。

 ネットの匿名性はそのジレンマを解消した。

 顔が見えない神秘性も相まって、この世界はかなりその手の訳ありの占い師が多くいたりするのだ。

 私もそんな一人だった。

 幼い頃、森で一人遊ぶのが好きだった私は、それゆえに周りとあまり馴染めずにさらに一人で森で遊ぶという悪循環を繰り返していた。

 私のお気に入りは街の外れにあった里山で、光さす緑の庭は私の王国であり、私はたった一人の女王だった。

 そんな私の王国に一人の来訪者がやってきたのは万緑が眩しい五月のある日の事。


「こんにちは。小さな妖精さん。

 帰る家を忘れたのかしら?」


 それが、後の師匠との出会いだった。

 後で聞いた話だと、かなり最初の頃から私をずっと見ていたらしく、だったらもっとはやく声をかけてくれと私が抗議した覚えがある。

 今ではもう覚えていないのだが、師匠曰く私は妖精を相手に遊んでいたらしく、このままだと妖精に連れて行かれると思って声をかけたそうだ。

 その結果、こうして占い師としての私がいるのだからいろいろ複雑なのだが、そのまま妖精の国に連れて行かれて行方不明になるよりはましなのだろう。うん。

 師匠に師事する時間は私が幼かった事もあって短く、だからこそ師匠の言葉を私は忘れない。


「占い師たるもの、傍観者に徹しなさい。

 それが未来を見て導く者の宿命よ」


 運命を見て、運命に介入する事は難しい。

 介入した時点で占い師自身もその占いの登場人物になってしまうからだ。

 だからこそ、占い師は運命を見る代償に運命に介入する術を自ら封印する。

 もちろん、運命を見た上で運命に介入した偉大なる占い師が歴史上存在しなかった訳ではない。

 だが、そんな占い師は『預言者』とか『魔術師』とか別カテゴリーで呼ばれる事の方が多いし、そこまで極めていない一般占い師がそれをやるとえてして大失敗する事請け合いである。


「相良さんはいいわよね。

 自分の事を占えば未来が分かるんだから」


 はい。

 テンプレありがとうございます。

 心の中でつぶやきながら、笑顔でその間違いを訂正してゆく。


「え?

 私、自分の事は占いませんが何か?」


 そんな意外そうな顔をしないでください。

 ちょっと考えれば分かることですから。


「簡単な話よ。

 占い師は自分の占いに自信を持っているからこそ、悪い結果が出た時にそれを避けられないの。

 自分が信じていない占いなんて人に出せる訳無いでしょ」


「うん」

「たしかにそうよね」


 こくこくと頷く女生徒達に私は広げたタロットカードを片付けながら続きを口にする。

 上下で意味が違うくせに、一回の一回の占いのシャッフルは前の占いを引きずらない為にカードは全部正位置で順番通りに並べないといけないからこれがまた結構大変である。

 小アルカナまで使った日には片付けを考えただけて目眩がする。

 絶対に片付けから大アルカナだけで占えるようになったんだろうなと意味も由来もなない理由を信じている私。


「ほら、ベルが鳴ったから先生がきちゃう。

 この話はとりあえずここまで」


 私が女生徒達を追い散らした時に先生が入ってくる。

 綾乃がつけようとしていたあだ名の没案がここで発動する。


「起立!礼!着席!」


 うん。

 委員長もやっているんだな。私。

 伊達眼鏡をかけ直して私は授業を聞いているふりをする。

 だって、通信教育で先まで行っていますから。

 こんな力を持って、ある意味人間不信寸前だった私は学校については行くつもりはなかった。

 というよりはっきりと行く事を嫌がっていたと言ってもいい。

 こんな力を持ってしまったが為に家族ともうまくいかず、同年代にいじめられていた私にとって学校と言うのは敵地に等しかったのだから。

 だが、両親を説得しただけでなく、私すら落とした我が姉弟子様の偉大なる言葉を借りるならば、


「学校に行くのは勉強する為ではないの。

 人を知る為。

 人と自分の距離感を知る為よ。

 いじめ結構。

 それも人の持つ性なんだから。

 それを学びなさい。

 私たち占い師は人を見続ける事を宿命づけられているんだから、人の良い面だけでなく悪い面すら受け入れなさい」


 こんな人だから、今でもこの人にはまったく頭が上がらない。

 この学校を勧めてくれたのもこの姉弟子様である。

 最初やっぱりいじめられたのだが、不思議なものでそのいじめを観察するようになるとピタリと止まった。

 そのいじめの内容をノートに取っていたのだが、それが復讐ノートと勘違いされたらしい。

 ほかにも、いじめられているのに親同伴で私にちょっかいを出してきたモンスターペアレントな保護者様とか。

 姉弟子様と、人間観察の勉強用にと仕込んでおいたボイスレコーダーによって見事撃沈されましたが。

 そんなこんなで、私はいじめられっ子からぼっち上等の優等生にクラスチェンジし、その上級職たる委員長にまで就任してしまったという訳で。

 今や立派なぼっちエリートである。

 それが綾乃のちくりで一躍時の人に。

 ああ、頭が痛い…… 


 机の中にしまっていたタロットカードから女司祭長を取り出す。

 落ち込んだり困った時にこのカードを見ると自身が湧いてくるからだ。

 この女司祭長、日本人が持つキリスト教的欧米感からするとこのカードそのものが実は異端だったりする。

 なぜならば、キリスト教はカトリックなんか今でも司祭階級を女性に開放していからだ。

 ついでに言うと、このカード実はキリスト教ではない。

 女司祭長の左右にある白と黒の柱はユダヤ教ボアズとヤンキの柱であり、ソロモン王がエルサレムに建てた『ソロモンの神殿』の柱だったりする。

 手に本や巻物を持っているものがあるが、これもユダヤ教の律書であるトーラだったり。

 こんな感じで女司祭長がユダヤ教と言われているのを、この占い大国である日本においてどのぐらいの人が知っているのだろうか?

 日本において司祭=キリスト教と解釈される中、それでも存在を否定されずにこうして私たちの前で微笑み続ける彼女。

 ましてや、キリストカトリックではいまだ女司祭というのは公式には存在していないというのに。

 だから、キリスト教圏において、彼女は伝説といわれる女教皇ヨハンナの事を暗に指し、『現実には有り得ないもの』というひそかな意味もあったり。

 そんな背景もあって、私が占い師をする上でこんな人になりたいと願うのはこのタロットカードの女司祭長である。


 誰かに縛られてはいけない。

 それは縛られた誰かに占いを歪められてしまうから。


 人を愛してはいけない。

 その人の未来が見えて、その未来に介入しない事を誓えるならば。



 それが現実にはありえないものという事を私は知っているというのに。



 ちなみに、この女司祭長は恋愛の占いについてはこれ最悪のカードの一つだったりする。

 だって、このカードの正位置『独身』という意味があるんだから。



 そんな訳で、相良絵梨は女司祭長よろしく孤独を愛する。

 書ならぬタロットカードを片手に微笑みながら。

 書きながら、この設定で現代オカルトファンタジー路線に持っていってもいいなとふと思ったり。

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