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宝石箱

作者: さーふぁー

すっかり風の冷たくなった3月の午後。

私は泣きながら川沿いの小道を歩いていた。

ここはいつも学校帰りに通る道で、景色も空の高さもいつもと同じはずなのに、そして何よりももう30分近くも泣き続けているのに、それでも私の涙は止まらなかった。


生まれて初めて書いた「ずっと好きでした」のラブレター。無謀なのは最初から分かっていた。

3ヶ月前、私は恋をした。相手は私の通う学校のすぐ隣にある男子校の野球部の先輩。

放課後にグラウンドで部活の練習をしている彼を、やはり美術部で学校に残って校舎の3階から眺めていた私。野球部には他の生徒だっていっぱいいる。それなのになぜか、気がついた時には彼の姿だけを目で追っていた。

そんなあまりにも普通すぎる私の片思いだったけど、それでも彼を見ていられる時間は幸せだった。

やがて友達の協力で知ることができた塚本英治という名前。暇さえあれば、心の中でそれをつぶやくようになった。

ラブレターを書いたのも、それが恋をする女の子達の使うポピュラーな手段だったからじゃなくて、まるで泉が湧き出るように自然と彼への思いを言葉で綴っていたからだった。

もうそのラブレターを書き終える頃には、どうしようもない位に彼のことばかりを考えている自分がいた。

私は恋をする前、そう例えばユーミンの歌なんかでよくあるような、誰かを思って身も心も燃え尽きるような、そんな気持ちがあるなんて知らなかった。

でも彼に出会って、私はそれが自分の身に起こったことを知った。知ってしまった。

こんな気持ちをこのままに留めておきたくはなくて、そのラブレターを持って彼に告白することを決めた。1週間前のことだ。


もうずっと長いこと彼ーここからは塚本君と呼ぶーを見ていたので、野球部の練習が何時ごろ終わるかも私は知っていた。告白を決めたのは1週間前だけど、いざそれを実行に移すとなると、怖くて1歩も踏み出せない自分がいた。

怖いのは、塚本君に振られるとかそんな事じゃ全然なくて、まだ1度も口を聞いたこともない、それ以前に存在すら知られていない自分が、塚本君の目の前に立ったその時、平常心でいられるか分からないからだった。

今まで生きてきた中で、私は自分のことを特別あがり症や緊張しやすい方だと思ったことはないけれど、今回に限ってはそれも全く私の救いにはならなかった。そんなふうに、恋というものが自分の価値観させも変えてしまうことに最近気付いた。

時間だけが刻々と過ぎていって、何もできないまま1週間がたった。1ヶ月の4分の1もの時間を無駄に過ごしてしまったのかと思うと、さすがに焦る。もう今日しかない。私は覚悟を決めた。


初めて敵地に乗り込む戦国武将もこんな気持ちだっただろうか?夕方の4時。私は校門の前で塚本君が現れるのを待った。いつもなら練習が終わるのは6時だけど、土曜日の今日は3時半には終わっているはずだ。

心臓が自分のものとは思えないくらい、めちゃくちゃなリズムで波打っている。どうしよう。やっぱり怖い。今ならまだ引き返せるよ?心の中で問いかけてみる。ううん、ダメだ。今日引き返したら、もう思いを伝える機会はない気がする。

1つ深呼吸をしてみる。弱気な自分を蹴飛ばすおまじない。息を吐いて顔を上げたその時、塚本君が歩いてくるのが見えた。

!!!頭の中でビックリマークがはじける。今まで教室の窓からしか見ることのできなかった姿。1歩1歩近づいてくる。一生分の勇気。今、ここで出します。

「あの」の「あ」まで、言いかけた瞬間だった。

「みどり、待った?」私を見て、いや、私の後ろを見て塚本君の口が動いた。

塚本君の視線をたどって振り向くと、ブレザー姿の制服を着た1人の女の子が立っていた。すごくかわいい子だった。

「ううん、今来たとこ」声までかわいい。塚本君は、彼女の前に立っている私のことなんてまるで全然見えてないかのように、女の子に近づいた。

「それより明日のデート、どこ行く?」そう言いながら、すごく自然に腕を絡ませて。やがて2人は何か話しながら遠ざかっていった。

それがあまりにも一瞬の出来事すぎて、私はしばらくその場から動けなかった。冷たい石のように固まったまま立ち尽くしながら、そして私は理解した。

みどりという女の子。塚本君を待っていた女の子。塚本君と付き合っている女の子。

失、恋。

声をかけることさえできなかった。両思いになれなくてもいい。せめて、私の気持ちを知ってほしかった。一目、私を見てほしかった。

雨も降っていないのに、気がつくと頬がぬれていた。

涙はとめどなく溢れてきて、私の初恋の終幕を告げていた。


風が夕餉の匂いを運んでくる。涙もいい加減枯れ果てて止まりそうだ。

私はコンクリートの階段を降りて、河川敷へと出た。夕焼けが川に反射して、宝石のように光っている。

私の恋も、きっと宝石のようなものだったんだと何気なく思った。恋してる間だけキラキラ光る儚い宝石。

儚いから壊れた時の痛みも大きい。壊れてしまったら、どうすればいいんだろう。


今はまだ分からない。これから塚本君より好きになる人が現れるかもしれないし、現れないかもしれない。でも、でもきっと。

その時は今よりもっと素敵な恋をしよう。自分の心の中の宝石をもっと強く光らせよう。

私は1度涙を拭うと、家への帰り路をゆっくりと歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 切なくて、よくある話ですけど、細かいところまできちんと書かれていて良いですね。高校生でも面白いけど、olとかの失恋も読んでみたいです(笑)。
2009/01/08 19:54 退会済み
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