大陸最大都市バルメイロへ(上)奴隷少年
***
次の目的地はバルメイロ。そうと決まって俺、太一、真也、アンナはタムスを出た。
アンナの話によるとここからバルメイロまで馬で走って5日。だが、俺たちは歩いて向かっている。だからもっと時間が掛かるだろう。
ほんとは飛んで行きたいところだが、アンナが俺の背中に乗ることを嫌う。それに、2人なら耐えれたが3人となると分からない。飛べたとしても長くは飛べない。更に言うと、今は無風だ。無風でも上昇気流はあるが、規模が小さいし、捉えにくい。
よって、歩いて行くこととなったのだ。
問題となったのは水と食料だが、水は俺が魚を捕ってきた川で、食料は随時俺が狩りをするということとなった。
後者を提案したのは俺だ。太一と真也は、俺にそんなことをさせなくないとして反対したが、これ以外に方法がないということで納得させた。
タムスを発って次の日の昼下がり。
この日は、昨日と変わらず天気は良かった。風もない。
飛ぶには少々不向きだが、歩くにはちょうど良い天候だった。
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次の目的地はバルメイロ。そうと決まって俺、太一、真也、アンナはタムスを出た。
アンナの話によるとここからバルメイロまで馬で走って5日。だが、俺たちは歩いて向かっている。だからもっと時間が掛かるだろう。
ほんとは飛んで行きたいところだが、アンナが俺の背中に乗ることを嫌う。それに、2人なら耐えれたが3人となると分からない。飛べたとしても長くは飛べない。更に言うと、今は無風だ。無風でも上昇気流はあるが、規模が小さいし、捉えにくい。
よって、歩いて行くこととなったのだ。
問題となったのは水と食料だが、水は俺が魚を捕ってきた川で、食料は随時俺が狩りをするということとなった。
後者を提案したのは俺だ。太一と真也は、俺にそんなことをさせなくないとして反対したが、これ以外に方法がないということで納得させた。
タムスを発って次の日の昼下がり。
この日は、昨日と変わらず天気は良かった。風もない。
飛ぶには少々不向きだが、歩くにはちょうど良い天候だった。
「俊、なんならコイツを落として行っても良いぞ。自分の足で歩かない奴は置いて行く。」
先頭を歩くアンナは首だけを少し後ろに回すと、微笑しながら言った。
「わっ、師匠。
美人なのになかなか酷なこと言うね~。そんなこと言っちゃうから男にモテないんじゃないのぅ?」
太一は昨日からアンナを師匠と呼んでいる。剣術を教えてもらっているからであろうが、太一もアンナに柔道を教えている。
師匠と呼べるような関係とは言い難いが、太一なりに面白みをつけてアンナの愛称として呼んでいるのだろう。
その太一が、アンナをからかうような口調で言った。
「俊、やっぱ変更。
この馬鹿を空まで運んでそっから落としてきて。」
一瞬、アンナの目があの初対面の時の目になった。
やっぱり、あの目で睨みつけられるのは怖い。
「分かった。」
俺はとりあえず、そう答えて空に飛び上がった。
上昇気流をなかなか捉えきれず、翼を忙しく上下させることとなったが、それほど苦ではない。
「えっ…ちょい待て俊。
ここは冷静に話し合おう。話せば分かる。そう、話し合いは大切だよ。
ね?だから…ほら、降りる…じゃなくて、優しく降ろして下さい。」
太一は一変して焦燥に駆られた声でわめきながら、俺に懇願してくる。
「安心しろ。俺がお前を落とすはずないだろ。
それより、ほら、前。」
そう。勿論、俺は太一を落とそうなど少しも思っていない。
ちょっと、さっきから前方に見えていたあるものが気になっただけだ。
それを地上で見ていた時は、ただ岩がごろごろしているだけのように見えた。
しかし、ほんの少しだけ嫌な匂いを感じた気がしたのだ。
だから、俺は空に上がって確認した。そして、やはりそうだった。
「だよね…落とさないよね。俺は最初から信じていたよ。
で、前って、あれは…」
太一にはまだ、よく見えていないようだ。まあ、見て得をする訳ではない。むしろ、その逆だ。
とにかく、俺はこのことを下にいる真也やアンナに報告すべく下に降りた。
「人の死体と壊れた荷車?」
報告を受けたアンナは怪訝そうな顔で俊に確認するように聞く。
「ああ、それもかなりの数。荷車は大きいのが5、6台。人の死体は20…いや、30はいたかな。」
俊は見た物をそのまま脳裏に復元し、それからアンナに告げた。すると、アンナは難しい顔をして腕を組んで考え込む。
そしてしばらく考え込んだ後、結論を打ち明けた。
「恐らくそれは商旅団だ。
だが、この場所で商旅団は不自然だ。
普通ならもっと安全な東側の街道に沿って進むはず。なぜ、こんな荒れた道を…
でもまあ、行ってみるのもいいかもね。もしかしたら、食料が残っているかもしれない。」
どうやら、アンナの中にはまだ疑問が残るようだ。
だが、食料があるのなら大助かりだ。食料があれば毎夕の狩りに出掛けなくて済む。
第一、この荒野だ。昨日も鹿肉一つ調達するのにここから遠く離れた野山まで赴いたのだ。
日没までに戻って来れたが、ぎりぎりだった。
何故かドラゴンは夜に空を飛ぶことを良しとしないようだ。
これは俺ではなく、ドラゴンの身体がそれを拒んでいるのだ。
昨日は、どんどん暗くなっていく景色を見て、意識とは裏腹に無性に心が騒ぎ、焦り、恐怖を覚え始めたのだ。
これも何らかの習慣的または身体的な理由があるのだろうが、昨日のような思いはしたくはない。
そうゆう訳で、俺はその商旅団に食料が残っていることに期待しながら足を進めた。
人、馬は残忍に殺され、人のものか、馬のものか、それともそれ以外のものか分からない血が、辺りを紅に染め上げている。
荷車の車輪は外れ、中身を覆う布は鋭い爪で引っ掻いた様に斜めに裂けている。
ここはタムスと同じ匂いがする。嫌な匂いだ。だが、血の匂いを嗅ぎつけると身体が自然と興奮してしまう。
俊はそんな2つの心を持つ自分に嫌気をさしていた。
もうドラゴンでもいい。
いっそ、どちらか片方の心で統一させたい。
ああ、俺は今"ドラゴンでもいい"なんて思ってしまった。俺は自分で完全なドラゴンになっていく事を受け入れているのだろうか…
そう思った俊は、もはや恐怖をおぼえず、ただそう悟るだけだった。
「ここも闇の従者に襲われたのか…」
ここに辿り着いて、まず最初に言葉を発したのは真也だった。
「だろうね。
ほら、あそこ。化け物の死体だ。多分、ここの商旅団の奴らが必死で闘ったんだろうね。」
アンナが指差した先にはタムスで闘った化け物と同じような形をした化け物の死骸が転がっていた。
「それにこれ、ただの商旅団じゃないようだね。
これは恐らく闇商旅団。
帝国では禁止されている奴隷取引、あとアヘン、違法武器の取引をする非合法的な旅団ね。
だから、人通りが少ないこのルートを選んだのね。」
「天罰か…」
真也が小さく呟いた。
「天罰ね~。まっ、そんなことどうでもいいけど、飯探そうぜ。荷台の中の方は大丈夫っぽいし、もしかしたらあるんじゃね?」
太一の言う通り、荷台を覆う布は血で赤く汚れ、裂けているが、中身までは荒らされた形跡がない。
「確かに、希望はありそうね。」
そうアンナが言うと、すぐ脇にあった荷台に飛び乗り、荷台の中を漁り始めた。
それに続くようにして、太一や真也も近くの荷台に飛び乗り食料を求め、荷台の中を漁り始めた。
俊は三人から少し離れた、旅団の最後尾に位置する荷車に向かった。
その荷車は他の荷車と一風違ったものだ。材料は木材ではなく石。そして荷車なのに鉄格子がはめられ、荷車の外と中を繋ぐ重圧感がある鉄製の扉。
荷車には人間のものであろう血肉がべっとりと付着しており、辺りに異様なオーラを醸し出している。
まるで、刑務所にある独房だ。
明らかに食料がある気がしない。
だが、心の葛藤を招くこの血の匂いの中で、この荷台からは血とは別の惹かれるような匂いが出ている。
蝶が花の蜜の匂いに惹かれるように、俊のここまで脚を進めてきたのだ。
一瞬、鉄と鉄が触れ合う音、鎖のような音が中から聞こえた。
この中に何かいる。
何だろうか、闇の従者だろうか…
俊の緊張が高まる。
俊はすべての感覚を研ぎ澄ませ、この怪しげな荷台の鉄扉に爪を引っ掛ける。
この扉は一部鉄錆のついた鎖で固く閉ざされている。
ということは、この扉はこの旅団が襲われる前に閉ざされ、今も閉ざされている。つまり、この扉の中には闇の従者はいないことになる。
では、この中にいる者は何だろうか。この中には確かに何かがいる。
俊は人間誰もが欲しがる知ることへの好奇心と探究心、そして獣が持つ強力な警戒心の中、俊は意を決して扉を引いた。
扉を守る鎖は呆気なくはちきれ、扉は開いたと同時に外れた。
鉄の扉が開いたと同時に埃の匂い、そして強烈な汚物、アンモニア臭が外気に流れ、外の血の匂いの混じった空気が荷台の中に入り込む。
俊はあまりの臭さに、鼻を摘みたいところだったがこの身体じゃそんなことも出来ない。
だが、こんな匂いの中に確かに俊を惹きつけるその匂い、そしてその匂いを発するものがあった。
身長は小柄の太一より少し小さい、童顔でまだ子供のような面影がある。元の世界でいう中学生くらいのようだ。髪は茶色で翡翠の眼をもつ少年。それがこの惹かれる匂いの根源であった。
少年は床に座ったまま、目だけを動かし俊のドラゴンの姿を見ると、そのまま視線を前に戻す。
その表情は終始、一瞬たりとも変わらず、恐怖の色も驚きの色さえも出さずに、ただ無だけ。まるで糸の切れた操り人形のようだ。
その態度に俊の方が間の抜けた感じになり、俊は耐えきれずに尋ねた。
「俺を見て驚かないのか?怖くないのか?」
「この僕が今頃ドラゴンを見て何故驚くんだ?
初めから僕は主人に使われて、使えなくなったら死ぬ運命なんだ。
あなたは、僕を食べるんでしょ?
だったら、むしろ君とこうしてくれた闇の従者に感謝するよ。なんせ苦しまずに死ねるんだからね。」
少年は話をする間もやはり表情はなく目には生がなかった。
人を…喰うか…
そういえば、俺がこんな姿になってそんなこと考えたことなかった。
いや、考えることから逃げていただけだろう。
ドラゴンが人を喰う。それは大型の肉食の獣として十分あり得ることだ。
もっとも、俺は人間として人間を喰うなんて決してしたくない。
俊はその少年を見下ろした。両手、両足首には錆びついた鎖が少年の動きを抑止している。
「俺は君を食べない。
俺、何日か前まで人間だったんだ。だから、人間は食べない。」
俊はそう言うと、自分の鋭く、硬いその爪を少年の手足を飾る忌々しそうな鎖を引きちぎった。
「ふ~ん。そうなんだ。残念だな~」
手足を解放したというのにピクリとも動かない。
ただ、青い空の見えない、灰色の天井を見上げて表情を変えずに呟く。
「疑わないのか?」
俊にはその少年の発言は意外だった。一瞬、逆に自分の耳を疑うほどだ。
なんせ、初対面の一匹のドラゴンが以前は自分は人間だったと言うのを即答で了解したからだ。
「なぜ僕が君を疑わないか?
疑わない。いや、疑えないんだ。
僕は奴隷。奴隷が物事を疑うなんてそんな権利はないさ。」
少年はあっさりと言葉を吐き捨てた。その言葉にも何の感情も感じられなかった。
俊は突然後ろから気配を感じたと同時に声が聞こえた。
「俊~。
あったぜ、食料。
パンと缶詰めがわんさか出てきた~って、あれ…どちらさん?」
太一の馬鹿でかい、がらがら声が俊と少年の間を割り込んだ。
見知らぬ少年の存在に気づいたハイテンションの太一は、ポカンとした表情で少年を見つめる。
「僕は一介の奴隷さ。」
俊が答える前に少年に答えられてしまった。
少年は太一の突然の対面に表情ひとつ変えない。
「ふ~ん。奴隷なんだ~。で、名前は?」
太一は奴隷というものを本当に知っているのか怪しい言いぐさで、遠慮なしに少年の名前を聞く。
そういえば、まだ名前を聞いていなかった。こんなことアンナの時もそうだった気がする。俊はここは太一に任せた方がずっと話が進む気がした。
「名前…忘れた。あえて言えばG-89」
少年が名前の変わりに答えたのはアルファベットと数字。それを話す少年の表情が初めてほんの少し歪んだように見えた。
「なにそれ」
太一が不思議そうな顔をして聞く。
「奴隷としての番号。僕のような奴隷には名前は与えられないんだ。
それに僕、奴隷以前の時の記憶がないんだ。気づいたら僕は奴隷だった。だから僕の人生は奴隷で始まり奴隷で終わるのさ。」
「人生奴隷で終わるね~。お前、そんなんでいいの?」
「元々、奴隷なんだから仕方がない。」
「そういうことじゃなくて、お前は奴隷を好きでやってんのかって聞いてるんだよ。」
太一が右手で頭をぐしゃぐしゃと掻きながら言うと、少年は腑抜けた表情をすると驚きを込めた声で話す。そういえばこの時が少年が太一たちにはっきり表情を変えた瞬間だ。
「そんな…好きで奴隷やるわけないだろ。
僕も出来たら普通の人間がいい。でも僕の身分は…」
「じゃあ、奴隷なんか辞めちまえばいいじゃん。」
太一の簡素とした声が荷台の中を響き渡る。西に傾く陽が小さい鉄格子の窓から差し込み、少年の顔を照らす。
「僕が奴隷を辞める?
…あなたたちは僕を奴隷として使わないの?」
「使う訳ねぇ~だろ。
奴隷より普通に接してた方がよっぽどいい。」
少年が驚いた表情で聞くと、太一がニカッと笑い話すと、少年のポカンとした表情の目から涙がこぼれ落ちた。
***
「ってゆう訳で、今日からコイツが仲間になった。名前はハク。」
ひとつの小さな焚き火を囲んで太一が紹介したのは一人の少年だった。いや、正確に言えば外見からして青年とも言うべきであろう。
今日はこの闇商旅団で大量のパンと豆の缶詰めを得ることが出来た。一応4、5日分はあるだろう。これで俊が狩りをしなくて済む。
俺たちはこの旅団から食料を頂いた後こうやって野宿をしているのだ。
「その子、名前まだなかったんじゃなかったけ?」
俊が怪訝そんな顔で聞く。
そういえば太一の話の中では少年はG-89と名乗ったはずだ。
「だって、G-89だと呼びにくいし、可哀想じゃん。だからハクにした。」
なるほど、確かにそれに関しては俺も太一と同感だ。
だが、なぜハクなのだろうか。太一にしてはいい名前をつけたと思うが由来が気になる。
俺は一瞬の間、由来について考えた。
少年の奴隷の番号、G-89と繋がっているのだろうか。
G-89=ハク、G-89…89…8、9…ああ、そういうことか。太一らしいな。
「僕の名前…ハク。新しい僕の名前…」
「どうした?
気に入らないのか?」
太一が心配そうな顔で聞く。
「ううん。この名前好き。
でも、なんて言うんだろう。この感じ、今まで感じたことなかった。心が満たされるような…
これって、もしかして嬉しいっていうやつかなぁ。」
ハクは笑みを漏らしていた。それも偽りのない百パーセント自然の笑顔。その初めて見せる笑顔はとてもハクには似合っている。
「ったく、太一は馬鹿だなぁ~。奴隷なら奴隷なりに荷物運びでもさせりゃあいいんだ。名前なんか与えちゃって…勝手なんだから…」
顔を赤くさせたアンナが太一に悪態をつく。左手に持つジョッキの中に入っているのはワインだろうか。
「師匠そんなこと言っちゃダメだって。
天は人の上に人を作らず。って言うじゃん。」
太一もたまにはまともなことを言う。だがけらけら笑わずに、もう少し真面目な顔で言わないと説得力がない。
アンナはジョッキを地面に乱雑に置き、「あぁ~っ」と一息つくと言う。
「まっ、足手まといににゃんにゃきゃいっかぁ。
あたしゃあ、イリャアル帝国にょアンニャだ。
ハクぅだっけか、これからよろしくぃ。」
アンナはワインを一気飲みしながら隣に座るハクに軽く自己紹介をする。正直、ハクは迷惑そうだ。
「あちゃ~。
師匠、ベラベラに酔っちゃってる…
そういえば俺も自己紹介まだだったな。
俺は内宮 太一。よろしくな。」
酔っ払いのアンナに続いて太一も爽やかな笑顔で自己紹介。
この流れでは俺も自己紹介する必要があるようだ。
「白鳥 真也だ。よろしく。」
「俺は有賀 俊。よろしく。
昼間にも言ったように今はこんなだが元は人間だ。」
アンナ以下、俺たち4人の軽い自己紹介が終わるとハクがおもむろに立ち上がり、話し出す。
「僕の名前はハク。自分のこともよく分からないけど、これからよろしくお願いします。」
これが彼にとって人生初めての自己紹介なのだろう。だが、その姿は凛々しく、堂々としたものに見えた。今の彼はもう先ほどまでの奴隷としてのオーラを完全に脱ぎ捨てたように感じられた。
***
各々の自己紹介が終わって、アンナは酔いつぶれ、太一は騒ぎ疲れ、ハクはいろいろあったせいか三人とも深い眠りに就いている。
俺らを照らしていた焚き火は消え、今は普段より大きく見える満みちた月と、暗い夜空を占める無数の大小輝きのある星が銀色の光で照らしている。
元の世界では味わえなかったこの光。少々暗いが、普段浴びているガスを封入し、蛍光物質が塗られたガラス管を放電したときの光よりもずっといい。
辺りは静かで、虫の声と太一のいびきしか聞こえない。
今起きているのは俺と真也だけ。その真也は横になる俺の大きな身体を背もたれにして夜空に広がる無数の光の粒を眺めている。
「こんな星いっぱいの夜空。むこうじゃ見られなかったよな。」
真也が言葉を口にし、長い沈黙を破った。
いや、"沈黙を破った"とは少し語弊があるだろうか。その真也の声は無機質で、軽く、虫の声と同じくらいあっさりして、場の空気に変化を与えなかった。
「ああ、そうだな。
この世界じゃ、ろくに灯りもないからな。星がよく見える。
雲も見当たらないし明日も天気がいいだろうな。」
俺の枯れたガラガラのドラゴンの声は、太一のいびきよりも増って夜の荒野に響く。
「みたいだな。
風もないし、雨になることはないだろうな。」
真也はそう言うとまた、頭上の星空を眺める。
その少しだけの会話で話が終わってしまった。
そして再び沈黙が訪れ、俺たちは同じ夜空を見上げる。
何か話題はないだろうか、何か話題は…
ああ、これだから話の苦手な奴は損をする。
太一はどんな時でも話題をマシンガンのように口にする。話に滑っても1人でも笑っている奴。
俺から見たらそうゆう人が羨ましい。
今、その太一は大きないびきをかいてぐっすり眠っている。
こういう状況に陥ると、ついついため息をつきそうになる。
「なあ」
再び話を切り出したのは真也だった。真也は星を見つめ、体勢を保ちながら話す。
俺は「ん?」と生返事をして真也を見ると、真也の視線は上から下に移っていた。
「ハクについてどう思う?」
ハク…今日から一緒に旅をすることになる今まで奴隷として扱われていた少年。
最初に彼を見つけたのは俺だ。俺はハクの何か惹かれる匂いに釣られてハクを見つけたんだ。
なんなのだろう。あの匂いは…。
考えればあれは嗅覚で感じ取った感覚だっただろうか。今思えばあれは匂ったというより身体全体で感じ取ったのかもしれない。
俺は地面に伏せていた視線を上げて真也を見た。真也は本当に俺の回答を待っているのか、無表情に夜空を見上げている。
「ハクを見つけたのは、俺がハクの何かを感じ取って、それに誘われて見つけたんだ。」
「そっか。お前もか。
俺もなんとなくハクには何かあるような気がする。
もちろん、悪い意味じゃなくってさ。あいつと俺らとは何か空気が違うっていうか…な」
真也は視線を斜め下45度に視線を落とすと目を閉じた。
「もう寝よう。明日も一日歩き通しだろうからな。身体を休めた方がいい。」
「だな。」
俺は真也の言葉に頷くと目を閉じ、大きな顎を地面に置いた。