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再会

 

      ****

 

 

朝が来た。

夜の闇が太陽の光に揺らぎ始めた頃。

 

 

朝靄のかかった森の中で一人の少年が目を覚ました。少年は辺りを見渡す。火の絶えた焚き火の跡と、それを囲むようにして眠る友達の"太一"が音もなく眠っているのが目に入った。

 

 

そう、今その太一を見ているのは真也だ。

 

 

ここに飛ばされてから今日で3日になる。

 

 

片桐の"インチキ博士"の実験の被害に遭った時、気づくと太一と真也はこの森にいた。だが、いくら捜しても俊は見つからなかった。

 

 

…いや、正確に言うと今も見つからない。今も尚、何の根拠もなしに俊が近くにいることを信じて森中を歩き回り俊の捜索を続けている。

 

 

ここはどこなのか、そしていつの時代なのかはっきりしたことはまだ何一つ分かっていない。

 

 

ただ、安全でないことだということだけは分かる。

 

 

地を這う狼や、熊。そこら辺をうろうろする猪。

ここはかつて体験したことのない自然の真っただ中だった。

 

 

太一や真也はそんな動物から避けるため、かつて古代人がしたように木と木を擦り合わせ火を焚こうと試みた。

 

 

初めは何時間もかかった。でも今では手のひらをぼこぼこにした代わりに数分で火を起こせるようになった。

 

 

火がなかったら今頃二人とも狼などの肉食獣の胃袋の中にいただろう。

真也はそう考えると自然の中での人間の無力さを思い知った。

 

 

「そろそろ、行くか。」

 

 

真也は思い耽るのを止め、ぼそっと言うと静かに眠っている太一の体を軽く揺すった。

 

 

「…ぅうん?

あ、ああ。おはよう。真也。」

 

 

「おはよう。

そろそろ行こう。」

 

 

朝に弱いはずの太一が素直に起きた。それは緊張と不安に狩られているせいだろう。

 

 

太一はふらつきながら立ち上がると目を擦り、大きな欠伸をしてみせる。

 

 

「おう。」と太一が遅くなった返事をする。それと同時に、太一の腹が唸るように鳴る。今の太一の体を酷く痩せこけている。それは真也にも言えることだ。

 

 

ここ三日間、口にした物は何もない。

 

 

食べれそうな木の実などはあったが見たこともない植物を見た目だけで判断しては危険だ。それを口にするのは極限状態に陥った時だ。

 

 

まあ、あと一日、二日もすればそうなるだろうが…

 

 

「腹減った~。

喉渇いた~。」

 

 

太一は森の中を歩きながらだらけた声で言う。

 

 

「俺らこのまま、ここで飢え死ぬのかよ~。」

 

 

「かもな。」

 

 

太一の言葉に味気ない一言であしらう真也。

 

 

「随分と短い言葉でまとめるな。お前。」

 

 

「俊に逢うも逢わざるも、俺らが死ぬか生きるかも仏の気分次第。

俺たちはそれに従うまでだ。」

 

 

顔を引きずらせて言う太一に、真也は平然と答える。

 

 

「う~ん、分かんねぇや。」

 

 

太一は一瞬考える素振りをすると無邪気な笑顔で言い、腕を頭の後ろで組んで空を見た。

 

 

「だろうな。」と真也がそう言うと二人の会話は途切れてしまった。

 

 

     ****

 

 

薄暗い洞窟の中、一頭のドラゴンが目を覚まし、体を起こして大きな欠伸をする。

 

 

その欠伸で大きな開いた口は人間を一飲みするのに十分な大きさがある。

 

 

そして、露わになったノコギリのような牙はどんな物でも引き裂きそうな具合である。

 

 

目をぱちくりさせた俊は伸びをして硬くなった筋肉をほぐす。

 

 

俊は自分ねぐらを出て洞窟の出入り口の方へ歩む。

勿論、目的は太一と真也の捜索だ。そのついでに飛ぶことの楽しさに浸る。

 

 

「ゼルフォス。」

 

 

俊が洞窟の中を歩いていると聞き慣れた声がかかった。

 

 

振り返るとそこにはマルバスの姿があった。

 

 

「マルバスか、

何か用か?」

 

 

俊が何くわぬ顔で訊くと、マルバスは怪訝そうな顔を向けて言う。

 

 

「お前また外に出るとか言うんじゃないだろうな?食事は昨日したばかりだろ。」

 

 

「ああ、そうだけど…」

 

 

俊は控えめな口調で答える。それにマルバスは俊に語りかけるように言った。

 

 

「なあ、ゼルフォス。

確かにお前はあのブレガスの血を引くドラゴンだ。

 

 

たとえ人間共に襲われてもお前が負けることはないだろう。

 

 

だが、万が一だ。

もしお前が殺られたらどうする?

勿論、俺は悲しむ。それだけじゃない。

お前の一族…ブレガス一族が滅びるんだ。

竜王の血が途絶えるんだぞ。」

 

 

これを聞いた直後、俊は目を丸くさせ、耳を疑った。

 

 

「待て、今なんて言った?

竜王の血?」

 

 

俊は驚愕した声でマルバスに叫ぶように尋ねる。

 

 

「今さら何をそんなに驚いているんだ?

お前の中に流れている竜王の血だ。

 

 

全てのドラゴンを統べたという竜王、ブレガスの血だよ。」

 

 

マルバスの説明に、俊は茫然とした。俊は突然ブレーカーが落ちた電気のように何も考えられなくなった。

 

 

つい二日前にドラゴンになった無知な俊にはあまりにも衝撃的過ぎたのだ。

 

 

「本当に…俺だけなのか…」

 

 

一時の間の後、少しずつ頭が回転しだした俊はかすれるような声で問う。

 

 

「ああ、ひと月前にお前の叔父の弟さんが人間の軍隊に狩られたから、お前が最後だ。」

 

 

淡々と話すこのマルバスの言葉に俊は今度は重い悲しみを覚えた。

実際これは俊のことではない。ゼルフォスのことだ。

 

 

でも分かるんだ。

 

家族がいない悲しさを…虚しさを…

 

 

まだ俊の方が良かったかもしれない。

なんせ、がたがたではあったが一応面倒を見てくれる血族がいた。

 

 

しかし、ゼルフォスにはそれさえもなかったのだ。

 

 

ゼルフォスも俺に似ているんだ…

 

 

俊はふとそう思った。

俊がゼルフォスになって三日が経つ。それなのに他のドラゴンに記憶の面では多少疑われたが、性格などについては何も疑われていない。

 

 

俊がゼルフォスに憑いたのも何か運命的なものなのかもしれない。

 

 

「だからお前は竜王の末裔なんだからむやみに外には出るなと言っているんだ。」

 

 

俊はマルバスの言葉に現実に戻された。

 

 

俊は迷った。

さっきまでなかった竜王の末裔というプレッシャーが俊に重くのしかかっていた。

 

 

どうしようか。

 

 

行くのを止めるか。

 

 

捜さない。

 

 

もう一生、太一や真也に会えない。

 

 

ずっとこのまま。

 

 

…いや、駄目だ。

なんとしてもあの二人を捜し出さないといけない!

 

 

「むやみにじゃない。

今から俺が外に出るのは週に一度の狩りよりも大切なことなんだ。」

 

 

心が決まった俊は、マルバスを睨みつけるように鋭い眼差しで捉え、意志のある強い声で言い放った。

 

 

俊の目には一瞬マルバスがその威圧でよろめいたようにも見えた。

 

 

「…分かった。

それほどの理由があるのなら俺は止めない。

 

だが、何だか分からないがくれぐれも無茶はするなよ。」

 

 

マルバスの無表情の顔が少し和らぎ、何か面白いものを見たような小さな笑みを見せ言った。

 

 

「ああ、分かってる。」

 

 

俊は頷きそう言うと、マルバスを背に洞窟の出口へと足を進めた。

 

 

俊は洞窟の出入り口にたどり着くとそこで仁王立ちをし、崖の上から目前に広がる森林を一望した。

 

 

昨夜降った雨は止んでいる。しかし昨夜の雨と妙に暖かい気温で湿度が高いらしく、森には一面に靄がかかっていた。

 

 

俊はそれをいちべつすると、左右の翼を大きくひと振りし翼の先をぴんと伸ばす。

 

 

そして、勢いよく翼を上下させ空気を蹴るとあっという間に俊は広い空に舞い上がった。

 

 

その後、翼の下から受ける上昇気流を捉えると、翼を制止させ飛行機が着陸をするように森の上、その靄の上ぎりぎりまで滑り込む。

 

 

このような靄がかかっていてはいくらドラゴンの目と言えどもあてにはならない。だが、鋭い嗅覚は利く。

 

 

だから俊は木に衝突しないよう気をつけながら、ぎりぎりまで降りて太一と真也の匂い。このドラゴンの脳に深くインプットされている人間の匂いを感じ取ろうとした。

 

 

どのくらい経っただろう。

 

 

俊はこの広大な森を行ったり来たりしていた。

靄が晴れる兆しは一向に見えず視界はいつも同じだった。

 

 

しかし、少なくとも匂いにはそれなりの変化があった。それは樹木の香りや森に棲む獣たちの匂いだった。

 

 

俊が諦めて引き返そうとしたその時。

 

 

「…ん」

 

 

微かに漂って来る今までと違った匂い。それが人間の匂いだと俊にはその瞬間に分かった。正確にはゼルフォスの肉体が俊に教えたと言うべきだろう。

 

 

俊は小さなその匂いに敏感に反応しその匂いが漂って来る方に頭を向けた。

 

 

     ****

 

 

真也と太一は靄の晴れない森の中を二人並んでさまよい歩いていた。

 

 

「なあ、これ食えると思うか?」

 

 

太一と真也で守っていた沈黙は突然の太一の間の抜けた声で破られた。

 

 

真也は太一を見て、そこからその手に目を移す。

 

 

そこにはハンドボールくらいの大きさの黄色いキノコ。

 

 

明らかにやばい…

 

 

いつも冷徹な顔を見せる真也だが、今回ばかしはさすがに顔を引きずっている。

 

 

「死ぬぞ。」

 

 

真也はいつもの冗談だろうということで軽く受け流す。

 

 

「いけるだろ。

焼けば。」

 

 

真也はそれを聞いて慌てて太一の顔を見た。

 

 

真顔だ。

 

 

どうやら冗談で言っているわけでもないらしい。

この世界に来ておかしくなってしまったんだろうか。

 

 

「そういう問題じゃな…伏せろ!」

 

 

真也は話の途中で急に血相を変えて叫びながら太一に飛びかかり押し倒した。

 

 

その直後、辺りが急に暗くなり、すぐに元の明るさに戻った。

 

 

「行ったか…」

 

 

真也が見た物は空を覆う巨大な影だった。何だったのかは分からない。

ただ、体が勝手に危険だと告げた。だから、真也は反射的に行動した。

 

 

「いきなり何だよ。

お前そんな趣味があったのかぁ?」

 

 

太一がにやつきながら言う。これは単なる冗談だろう。

 

 

だが、冗談が苦手な真也は急に怒りがこみだした。真也が何か言おうとしたその瞬間

 

ズーン…

 

突然真也と太一の背後で大きな地響きが鳴った。それは空気と地面を揺るがす程の重く、そして大きな音だ。

 

 

後ろから何か圧力を感じる…後ろに何かいる。

 

 

二人は同時にそれを感じた。

 

 

二人は頭は微動だにせず目だけを動かしアイコンタクトをとる。

そして互いに同時にゆっくり頷くと意を決したようにばっと後ろを振り向いた。

 

 

     ****

 

 

人間の匂いを嗅ぎつけた俊は靄の中の森に目を凝らしながらその匂いを辿っていた。

 

 

目に入る光景はホワイトアウトしていた。微かに木の陰かうっすらと見えるくらいだ。

 

 

その中の太一と真也の影を見つけ出すなんて不可能に近いことだろう。

しかし、不可能ではない。

 

 

俊はその宝くじで大金を得るような小さな確率に賭けていた。

 

 

「な…これ…える…か」

 

 

俊が目を凝らしていると俊の研ぎ澄まされた聴覚が風を切る音の中から懐かしいような声を聞き取った。

 

 

太一の声だ。

 

 

音と匂いがあればある程度場所を特定する事が出来る。

 

 

こっちだ!

 

 

俊は気が高揚していた。

 

 

「あっ」

 

 

今、何かいた。

 

 

俊の目に一瞬、靄の中から2つの人影が映った気がした。

 

 

俊は慌てて右旋回をしさっきの場所に戻る。

 

 

いた。

 

 

影しか見えないが、俊そこに太一と真也がいることを確信した。おまけに、人間の匂いも、あの懐かしい声もそこから発している。

 

 

俊は気持ちが収まらないまま一気にその2つの影目掛けて落ちるように降下した。

 

 

ズーン…

 

 

あまりに気が高まり過ぎたせいか着地がいつもより雑になってしまった。 

 

落下速度を落とさずに足から着地したため足の筋肉と関節が悲鳴を上げる。

 

 

だが、今の俊はそんな痛みを忘れるくらいに気が高まっていた。

 

 

砂埃が舞う中、俊は必死に2つの人影を見ようとする。

 

 

砂埃が晴れてきた。

 

 

やはり太一と真也だった。

 

 

だが、二人は俊に背を向けながら石像のように固まっている。

 

 

俊が喉から声が出かけたその時、二人はばっと俊の方へ振り向いた。

 

 

俊は思わず微笑んだ。

 

 

だが、俊は重大なことを忘れていた。

 

 

自分は今誰がどう見ようと人間でなく、真っ当なドラゴンであると言うことを…

 

 

太一と真也が振り向いた瞬間、二人は同時に目を大きく開け、口を半開きにしていた。

 

 

そして、太一の口から俊が思いもかけなかった言葉が漏れた。

 

 

「ば…化け物…」

 

 

「え…」

 

 

俊は声を詰まらせた。そして、その時になってやっと気づいたのだ。

自分が今、化け物であるということを…

 

 

「太一…真也…」

 

 

俊は小さく呼びかけるように二人の名を呟き、一歩前に足を踏み出した。

 

 

「わあぁぁぁ。

来るな!化け物め。

寄るんじゃない!」

 

 

太一はもはや目の前の巨大なドラゴンの姿にすっかり狼狽え、パニックを引き起こしていた。

 

 

普通、そうだろう。

なんせ目の前にいるのは自分よりも何十倍も大きい化け物だ。

 

 

食われるとか、殺されるとか恐怖感に捕らわれるのが当然だ。

 

 

あいにく俊はドラゴンである自分が太一や真也に逢った時の対応を全く考えていなかった。

 

 

そんな俊が親友に"化け物"と言われたのは大きなショックだった。

 

 

俊の前へ歩む足はピタリと止まり、微笑みかけた表情は無へ変わり、悲へと変わった。

 

 

「待ってくれ、俺だ。

俊だ。有賀 俊だ」

 

 

俊は慌てふためいた声で言う。だが、ドラゴンの大きな声帯から発せられた声は、人間である太一と真也には爆音の如く、そして恐ろしく聞こえる。

 

 

「馬鹿を言え!

何でお前みたいな化け物が俊なんだ!

本当は俺たちを騙して食おうとしてるんだろ!

まさか俊も…」

 

 

太一の口調が急に変わった。言葉のひとつひとつが俊の心を両刃[モロハ]の剣の如く突き刺しているようだ。

 

 

そしてその目は、先ほどまでの絶望的な目から今は目の前のドラゴンに対し憎悪の視線を向けている。

 

 

俊は何も言葉を出せなかった。何か言ったところで信じてくれるだろうか、目の前の巨大な化け物は俊だということを…

 

 

下手に説明すればこの二人を更に傷つけることになるかもしれない。

 

 

「お前は俊か?」

 

 

突然落ち着き払った声が聞こえたかと思うとそれは真也の声だった。

 

 

「えっ…」

 

 

俊と太一は驚いて目の焦点を真也に合わせながら、その場で石のように固まった。

 

 

真也はドラゴンである俊を前にしてほとんど驚いていなかった。太一がわめいている間ずっと、冷静に俊の瞳を覗き込むように見つめていた。

 

 

そして、今も変わらぬ視線を送っている。

 

 

「お前は俊なんだろ、と訊いてるんだ。」

 

 

真也は再び、今度は力がこもった声で訊いた。

 

 

「ああ、勿論。

俺は正真正銘の有賀 俊だ。」

 

 

俊ははっとして答えた。

 

 

今気づいた。

真也は古くさいところがあるが純粋かつ鋭く、精神力があり、冷静な人間だ。

 

 

そんな真也は相手の目を見れば、その相手の言っていることが真か偽か判断することが得意なのだ。

 

 

それは過程こそは違うが俊が身につけている相手の本心を見抜く力に似たものだろう。

 

 

そして、真也は目の前のドラゴンの言うことに偽りはないと分かった。

 

 

俊はその真也の力に感謝した。

 

 

「真也、これ明らかに化け物だろ。どうみたら俊に見えるんだよ。」

 

 

太一は気が収まらないようでやや早口で切羽詰まった言い方をしている。

 

 

「確かに普通に見たら、俊には到底見えない。俺にも太一と同じようにこの目に映っている。

 

だが、こいつは嘘をついていない。俺らとはち合わせて、こいつの第一声は俺らの名前だ。それに言い方も俊と一緒。

それに俺らを喰おうと言うものなら、騙すなんか面倒くさいことはせずにもう喰っているだろう。」

 

 

真也は冷静にそして的確に意見を言い太一を説得する。このような状況下でも落ち着いて相手を分析するとはさすが真也だ。

 

 

「じゃあ、本当にお前は俊…なのか?」

 

 

太一も徐々に落ち着きを取り戻してきたようで、声の調子が戻っている。

 

 

「ああ。そうだ。

俺は有賀 俊。そしてお前は宮内 太一。そうだろ?」

 

 

俊は出来るだけ恐怖を与えないよう、囁くような小さな声で答えた。

 

 

「…よし、分かった。

お前は俊だ。真也がいうんだから間違いねぇ。

お前に食われたらそん時はそん時だ。」

 

 

太一は平常心を取り戻したようで、にかっと無邪気な笑顔を見せる。

 

 

「お前本当に信じてくれてるのかよ。

まあ、安心してくれ。

俺は俊だ。親友のお前たちを食う訳がない。

 

 

…信じてくれてありがと…な」

 

 

表情を崩し、自然と笑みを洩らしていた俊は急に下を向き口がごもる。

 

 

「お前、何照れてるんだよ。

俺も悪かった。

お前に化け物なんて言っちまった。

ごめんな。」

 

 

「いいんだ。

この姿じゃ確かに化け物だ。

それに突然現れた俺も悪かった。」

 

 

三人は一人異質な姿をしているが、その仲はかつてのように、いやそれ以上に強く結ばれた。

 

 

「ところで俊。

どうしてそのような姿になってしまったんだ?」

 

 

そう言ったのは真也だ。真也の言葉は相変わらず冷めている。

 

 

「俺にも何故か分からない。

 

唯一分かることは、何故か俺の精神がこのゼルフォスっていうドラゴンに憑依したってことだけ。」

 

 

「ひょうい?」

 

 

太一が言葉の意味が分からないせいか、下手なオウムのように言う。

 


 

「精神や霊が他者の肉体に乗り移ること。

 

つまり、今の俊の身体はもともとゼルフォスとかいうドラゴンのもので、何らかの原因で俊の精神がそのドラゴンに乗り移ったってことだ。

 

そうだろ俊?」

 

 

「ああ」と真也の淡々とした説明に俊が短く答え頷く。

 

 

それを太一は口を半空きにし、大人しく聞いていた。

 

 

「簡単に言うと俊は俊で変わりないってことだよな?」

 

 

太一は難しそうな顔をして訊いた。

 

 

一見簡単そうな答えだ。しかし、考れば考えるほど俊はその答えを言うのに困惑した。

 

 

考えなければ答えは"是"だ。

だが、本当にそうと言えるだろうか。

本当に心は純粋な人間のものと言えるだろうか。

 

 

残酷にもこの答えには真也が代わって答えてくれることはなかった。

 

 

「…ああ。」

 

 

俊は結局、顔を引きずらせながらも是と答えた。

 

 

一瞬それに真也が怪訝そうな目を向けたが、それはたかが一瞬に過ぎなかった。

 

 

「本当に!?

良かった!お前がドラゴンに乗り移ったって聞いたから、中身もドラゴンみたいになっちまったかと思ったぜ。」

 

 

太一はようやく俊にいつもの笑顔を見せた。その笑顔は俊を苦しませた。そして苦し紛れに俊も"愛想笑い"をする。

 

 

「まあさ、お前がお前であれば、たとえそうであっても別にいいんだけどさ。」

 

 

太一は何気なく、笑いながら言う。その何気ない言葉は俊の心に深い感謝の気持ちと、大きな安心感を与えた。

 

 

三人は再会を喜び合った、日は徐々に上ってゆき真上まで来ていた。そして話はこれからのことに移っていた。

 

 

「それで、これからどうする?」

 

 

話の話題を変えたのは脇に生えている枯れ木に寄りかかる真也の声からだっだ。

 

 

「どうするって、決まってんだろ。

元の世界に帰るんだ。こんなとこから早くとんずらしたいしな。」

 

 

鱗のついた俊の大きな身体を背もたれにして足を伸ばして座る太一は、突然ジャンプをするかのように勢いよく立ち上がり元気のいい声で言う。

 

 

お陰で俊の尻尾が踏まれそうになった。

 

 

俊もそれに賛成だと言いかけたが、その直前でそれを言うのに躊躇いが生まれ、出かけていた声を潰して慌てて口を閉じた。

 

 

「勿論、俺は賛成だ。

けど、俊はどうする?」

 

 

真也が腰掛けていた木からゆっくりと立ち上がると俊を一瞬見て、太一に視線を向けると言った。

 

 

真也の声を聞くと太一はあんぐりした。俊はばつの悪そうに俯く。

 

 

「俊がどうしたって?」

 

 

「今の俊を見ろ。

今、俊はドラゴンだ。

片桐博士は三人が手を繋ぎ目を閉じ、元の世界に戻ると念じれば戻れると言った。

 

だが、今の状況は片桐博士も予測しえなかったことだろう。たとえ俺達が元の世界に戻れたとしても俊はドラゴンのままだ。」

 

 

真也の歪みない言葉が、現実として俊の言葉を突き刺す。

 

 

だが、真也の言うことが起これば大変なことだ。

 

 

もし、なんにも知らない他の人間に知られればその情報は一気に広まり、人間はそれを解き明かそうとドラゴンになった俊を捕まえようとするだろう。

 

 

そうなってしまえば、情報化社会が進んだ元の世界では隠れられない。

 

 

俊はもし捕まった時の処遇は考えたくもなかった。

 

 

太一の表情が変わった。

どうやら、太一もそのことを想像しえたようだ。

 

 

辺りが急に静まった。

 

 

俊はこの場から逃げたかった。

 

 

俺がこんなだから太一も真也も元の世界に戻れない。

 

 

そんなマイナスな考えが俊の心を苦しめた。どんなに考えても、どう考えてもその現実がプラスの考えには傾かない。

 

 

「ごめん…」

 

 

俊は場の空気に耐えきれず、息を殺すような俊のドラゴンの声で謝った。

 

 

「なんでお前謝ってんだよ。

お前は何にも悪くないだろ。」

 

 

いつもの太一の声だ。だが、俊には何か太一が無理をして言っているような気がする。

 

 

「でも…俺のせいで…」俊が言葉を繋げようと顔を上げた。その先には太一のいつもの顔があった。それは無理にしているわけでもないいつも通りの陽気な顔だ。俊はその顔から影を見つけようとしたがそれはやはり無駄だった。

 

 

「太一の言う通りだ、俊。

お前は被害者だ。別にこうなりたくてなった訳じゃないだろ。こうなってしまったのは仕方がないことだ。」

 

 

真也も太一に続いて言う。

 

 

俊は返す言葉がなかった。こんな時どんな言葉を返してやればいいのだろう。俊が人間よりも劣る頭で考えた。そして、一つの言葉が頭に浮かんだ。

 

 

「ありがとう…」

 

 

この場にあった言葉かはよく分からなかったが、それしかなかった。

 

 

俊の言葉に「おう」と太一が笑顔で反応し、真也は唇を緩めて頷いただけだった。

 

 

「で、どうするかぁ~これからぁ~」

 

 

太一はずんと草の上に尻餅を着かせるとそのまま背中を地面に着け、腕を枕に空を見上げ胸に空気を含み無駄に大きな声で叫ぶようにして言った。

 

 

真也は寄りかかっていた枯れ木からゆっくり歩き、太一の傍まで来ると腰を下ろし静かに言う。

 

 

「まず、この森から抜け出さないとな。

いつ、どんな獣に襲われてもおかしくないようなこの森から…」

 

 

その言葉にピクリと反応した俊は首を伸ばし、ゆっくりと二本の図太いたくましい脚で立ち上がった。

 

 

「この森から抜けるんなら、そこをまっすぐ進めば抜けられるぞ。

ちなみにその先には城が見えた。」

 

 

俊が長いかぎ爪のついた腕である一点を指して静かに言う。

 

 

その先には人が一列で進むのにやっとの幅の獣道が続いていた。その途中には蜘蛛の巣や先の細い刃のような小枝が、通る者を阻めばようとばかりに繁茂していた。

 

 


真也と太一は立ち上がり、一緒にその方に顔を向ける。真也は表情を変えなかったが、太一は顔を引きずらせている。

 

 

「キツくね?この道…

こんな所通るのかよ…」

 

 

太一は嫌そうな顔をして言った。

 

 

「まあ、森の出口までの最短距離でもあるし、その先にある街までの最短距離でもある。」

 

 

俊が空から見た風景を思い出しながら答える。

 

 

「その距離は?」

 

 

俊が言った直後、真也が鋭い目で俊を見ると同時に訊いた。

 

 

いきなり距離を問われた俊は考えた。

直に地平線の先と答えたらどう反応するだろう。既に凹んでいる太一にとっては相当なショックだ。

 

 

「…さあな。一応、目で見える範囲だ。」

 

 

俊にとっては多少言葉を柔らかくして曖昧に答えたつもりだが、二人にとってはやはり果てしない距離だということは変わらなかったらしい。

 

 

「マジかよ。そんな、俺もう無理だぜ。街に着く前に死ぬ~」

 

 

そのデカい声を足の運動エネルギーに変えたらいいのにと思うほどの無駄な声の大きさで太一はわめく。

 

 

「仕方がない。

少々、キツいが行こう。

ここにいたら、歩き疲れ果てて死ぬより先に相手が分からぬ相手に殺される。」

 

 

真也は彼にとっては珍しいため息を一つ吐き、専ら冗談でもないようなことを単調な言い方で吐き捨てた。

 

 

真也のため息に続いて太一が追ってため息を吐くと、ふと太一は俊を見上げた。そして太一は何かに気づいたようにピクリと反応して、悪戯少年のような無邪気で満面の笑みを見せると言った。

 

 

「なあ。

俊って飛べるんだよな?」

 

 

いまさら何を言い出すかと俊は一瞬戸惑いながらも答えた。

 

 

「まあ、ここまで飛んで来たんだからな。」

 

 

「じゃあさ、

俺たちを乗せて飛べる?」

 

 

太一は表情を変えずに言う。どうやらこのことにかなりの希望を賭けているようだ。

 

 

「えっ…」

 

 

俊は太一の突然の提案への驚きでつい声が出てしまった。

 

 

「だってよぉ~

お前そんなでっけぇ~身体にその翼を持ってるんだぜ。

たとえ俺たち二人が乗ってもあんま問題ねぇんじゃね?」

 

 

太一の軽く弾んだ言葉に俊は考えた。その前に真也が鋭く冷えた剣幕で太一を睨み口を開く。

 

 

「無理を言うな。

俊はつい二日前にドラゴンになったばかりなんだぞ。

 

この三日間で一番疲労が溜まっているのは、三日間歩き続けた俺らじゃなく、慣れない身体で精神的疲労も溜め続け、俺らを探し続けた俊だ。

 

もし飛べたとしても体が…」

 

 

「大丈夫だ!」

 

 

俊は真也の声を遮り、ドラゴンの声量で吼えた。同時に小さな突風が吹いたように草木が凪ぎ、俊のドラゴンの声が木霊した。

 

 

声の振動が収まると、太一と真也が驚きからか目を丸くさせていた。

 

 

俊はその時しまったと思った。先の声は俊が自分の無力さを感じ、堪えきれずつい出てしまった声だ。俊は二人を見るとまず謝り、(ドラゴンにしては)小さな声で話す。

 

 

「ごめん。

でも俺は大丈夫だ。俺はまだそれほど疲れていない。二人を乗せて飛べるかは分からないけど、もしそれが出来たら二人をその城まで連れて行く。

 

知らないだろうがドラゴンは精神的にもタフなんだ。」

 

 

後の方の言葉は出任せで言ってしまった言葉だ。実際にタフなのかは知らない。でも、大きな変化の中でそれほど疲労を感じることはなかった。

 

 

「…よし、分かった。

言葉に甘えてお前の背中に乗せてもらおう。

だが無理はするなよ。」

 

 

真也が一息吐くと、いつもの口調で言った。そしてそれからは表面では窺えない真也の仲間への優しさと気遣いが感じられた。

 

 

「分かってる。」

 

 

俊がそう言い首を縦に振った。

 

 

「ッシャーァ!

これで歩かなくて済むぜ。」

 

 

俊の了承を聞くとガッツポーズで叫んだ。

 

 

まだ飛べるかも分からないのに喜んでいる太一を見て、俊に幾分かのプレッシャーがのしかかった。

 

 

俊は二人が乗りやすいように手足を曲げ出来るだけ態勢を低くした。

 

 

「よし、いいぞ。」

 

 

肩の所から太一の声が聞こえた。

どうやら俊の硬くごつごつした身体のお陰で容易に背中まで登れたようだ。

 

 

俊が長い首で後ろを向くと二人はぴったりとちょうどいいくらいの背中の窪みに腰を据えており、太一の手は俊の首を、真也の手は俊の身体のサイドをがっちりと抱くように掴んでいた。

 

 

これなら大丈夫だろう。

 

 

そう思った。俊は「いくぞ。」と一声掛け返事を待たずに翼をひとふりふたふりし、地面を蹴り上げ、翼で空気を叩き上げた。

 

 

多少初めて飛んだ時よりは抵抗力を感じたが、難なく俊たち三人は大空へ飛び出した。

 

 

「うおぉぉっ!

飛んでる。飛んでる。

マジで飛んでる!

すげーよ。

マジすげーぜ、俊!」

 

 

大空へ飛び出すや否やすぐに太一は興奮を押さえる気なしに小学生の子供のように叫んだ。

 

 

その中にはわずかに驚きを押さえきれない真也の声が混ざっている。

 

だが、その興奮も徐々にに収まり気づけば俊の耳には風を切る音しか聞こえなくなった。

 




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