三章 導神⑦
イザーナはうしろを振り返ることなく逃げ続けた。とにかくがむしゃらに走り続けた。
「くそ……やばい。あいつが……来る」
荒い息を吐き、辺りを見渡す。視線の先に一つの洋服店が移った。とにかく身を隠そうと、その店に入り込んだ。
「畜生……」
何度も同じ言葉を呟き、入り口近くに身を隠す。店内に目をやると、客と店員が突然の闖入者を訝しげに見ていた。イザーナは近くに掛けてある洋服に目をやり、ここがどこか理解した。そこは――婦人服売り場だった。
「…………」
イザーナは、こちらに視線を送る女性たちに軽く愛想笑いを浮かべた。予想通り、皆一斉に目を背けた。ただ一人を除いて。
「どうしたんですか、ガレイドさん?」
イザーナは聞きなれた声に目を丸くし、彼女の名前を呼ぶ。
「ウーノ……何でここにいるんだ?」
その言葉に彼女――ウーノは怪訝な顔をした。よく考えれば場違いなのは自分のほうだ。
「ガレイドさんこそ、何でここにいるんですか? 自分で……着るために来たわけじゃないですよね?」
その言葉に客の何人かがこちらを伺いつつ、苦笑を浮かべていた。
「……俺はそんな趣味無いから」
こちらも苦笑を浮かべつつ、そう返す。すると――
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「っ!!」
イザーナは振り返り、車道に目を凝らす。そこには豪雨の中、奇声を上げながら車道をゆっくりと這って近付いてくる黒い物体があった。
「……畜生」
イザーナは、そう悪態付くと、踵を返した。
「あの、どうしたんですか?」
ウーノが、こちらの袖を掴んで、尋ねてくる。
彼女を見て、振り放そうか一瞬迷う。そして小さく悪態付くと、無言のまま、彼女の手を握り、一緒に走り出していた。
「あ、ちょっ、どうしたんですか!?」
彼女の言葉を無視し、店の奥まで行くと、裏口を勢いよく開け放つ。そしてそのまま外には出ずに、近くの物置部屋の中に二人で隠れた。