三章 導神⑥
「まずいですね……」
ツズファはそう呟いて、車を車道に乗り上げさせる。
「ん、兄貴、事故った?」
ラジオの音楽に合わせ、大声で歌っていたスザーノが呑気な声を漏らす。
「……あなた今の声が聞こえなかったのですか?」
ツズファの質問に、スザーノは数秒考え、
「何も聞こえなかったぞ。大体俺は兄貴みたいに耳良くないし」
自信気にそう答えた。
ツズファは呆れたようにため息を吐き、フロントの先を指差した。
「スザーノ、この先に公衆電話がありますから家に電話をし、アテラに迎えに来てもらいなさい」
その言葉に、スザーノは顔を強張らせる。
「何だよ、いきなり! 俺が足手まといだとでも言うのかよ!」
「言うことを聞きなさい」
スザーノはビクッと肩を震わせた。こちらに顔を向けたツズファの顔が、いつものふざけた調子ではなく、全くの無表情だったからだ。スザーノは、彼がこんな顔をするのはマジなときだと知っている。
「……分かったよ、兄貴」
スザーノはふてくされたように呟き、車から降りた。
雨の中を走っていく弟の姿を見届け、車のアクセルを踏む。
「……スザーノ、分かってください」
小さくそう呟きながら、車を走らせる。
しばらく進むと信号が赤を示したので、停車する。
そこでふと足元に目をやると、煙草の箱が落ちていた。この車の持ち主のものであろう。どうしようか、と考えながら、それを拾い上げる。信号はまだ赤だ。
しばらくそれを眺め、なんとなく箱から一本取り出し口にくわえてみた。ついでに車内を物色するがライターは出てこなかった。
ツズファは自嘲気味な笑みを浮かべて息を吐き、煙を吐く振りをする。
「これは私が蒔いた種ですからね。私が身を持って彼を助けなければいけないのです」
信号が青に変わった。煙草を灰皿に放り込み、ツズファは車を走らせた。