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三章 導神①
人が倒れていた。
壁にもたれかかるようにして、腹部を押さえていた。血が染み付いているから、そこをケガしたのだろう。
俺は、そいつに話しかけた。そいつはこちらを見て、軽く笑った。それにつられて俺も笑った。
何を話したかは、よく覚えていないが、多分普通の世間話だったろう。
しばらくすると、そいつが煙草を吸ってみたいと言いだした。俺は意外そうな顔をして、煙草を取り出した。手が使えない、と言うので、くわえさせ、火を付けてやった。
途端に、そいつはむせて、煙草を吐き捨てた。
俺は笑った。そいつも笑った。
「くそまずいな。こんなものよく吸えるぜ、イザナギ」
そいつはそう言うなり、目を閉じた。
それから俺が何を話しかけても、反応は返ってこなかった。