二章 死神33
「別に構わないわ。言わなければいいだけでしょう?」
「それもそうですね」
「特にある人には――言わなくても分かるわよね」
彼女の笑みは変わらないが、その目はいつの間にか危険な光を帯びていた。
「私も自分では自分のことを馬鹿だとは思っていないので、ご安心ください。しかし――」
あごに手をやり、その視線が彼女を品定めするかのように上下に動く。
「その視線。セクハラって言うんじゃない?」
その言葉に、ツズファは、ククッ、と笑い声を上げる。
「いくらあなたが美人の部類に入るとはいえ、アレを見たあとには、さすがにそんな気は起こりませんよ。それにしても、恋は女を化けさせる、とはよく言いますが……」
化けるにも程がありますね、とツズファは言った。
ウーノは、ふふ、と笑い、
「表立って純粋無垢とか言うのは、男の勝手な妄想。女はそんな簡単なものじゃないわ」
馬鹿な男なんかよりはずっとね、と彼女は再び笑う。
「ふむ。それでもあなたはあの冴えない男が好きなのでしょう?」
「好き――じゃない」
彼女の笑みが大きくなる。
「愛しているのよ」
「ほぅ……」
そう感嘆の声を漏らしつつ、ツズファは右手をコートの内ポケットに入れる。
「一つ言ってもいいでしょうか?」
ツズファは、コートの中の物を感触で確かめ、質問する。
「あなたは単純な恋心のつもりでしょう。しかし強い執着は、時に人を獣に変えることがあります」
ウーノは、ふふっと笑う。
「そんな回りくどい言い方しないで、はっきり言いなさいよ。今のあんたはストーカーと変わらないって」
ツズファも笑みを強める。
「いえいえ。あなたはまだ大丈夫です。ギリギリですけどね」
「……あなた性格悪いわね」
「その言葉、私にとっての最高の褒め言葉です」
そしてお互いに、声を漏らして笑う。
「まぁ、あなたは大丈夫だと私は思っていますよ。一度被害に遭われたのでしょう?」
「ストーカーのこと?」