二章 死神32
「…………」
姿が見えなくなっても、ウーノは、まだタクシーが走り去った方向を見つめていた。そしてしばらく経ったあと、おもむろにチケットを取り出すと――それをまとめて破り始めた。
「……ちっ」
ウーノは小さく舌打ちをして、ただの紙くずとなったチケットを放る。
「何でなんだろう……」
今度は鞄の中から一枚の写真を取り出す。そこには今よりは少し若いイザーナの姿が写っていた。
「私の何が悪いわけ?」
ウーノは目を細め、その写真を自分の口元に持っていく。
そして――ベロリと嘗めた。
「ふ、ふふ……」
ウーノは小さく笑い、もう一度――ゆっくりと味合うように写真を嘗め回していく。両手で写真を押さえ、あたかも恋人との接吻を楽しむかのように、ゆっくりと。
「はぁ……うん……」
口から漏れた唾液が首筋を通っていく感触に、性的興奮を覚えたのか、頬が上気し、息遣いが粗くなる。
「んんっ! あ、ん……」
「すみませんがお取り込み中でしょうか?」
背後からの突然の声。
だがウーノは慌てるでもなく、ゆっくりと行為を中断し、ベトベトの写真をそのまま鞄に仕舞い、振り返った。
「何か用?」
その振り返った先には、やや引きつった笑みを浮かべた男が立っていた。見覚えのある顔に、ウーノは目を細める。
「……あなた確か、ツズファさんでしたよね?」
「はい。私がツズファさんです」
イザーナと顔が似ていたので、すぐに分かった。目の前の男は、彼と喫茶店に来ていた奴だ。
「で、何か用?」
「確かに用件はありますが……」
ツズファは必死に自然な笑みを作ろうとしているが、やはりぎこちない不気味な笑みにしかならなかった。
「先程見てしまったものは、私の記憶から消したほうが良いのでしょうか?」
先程、というのは彼女が写真を嘗め回していたことだろう。その質問に彼女は柔和な笑みを浮かべ、答える。