二章 死神30
アパートの古いドアを開き、外に出ると、湿ったアスファルトの臭いが鼻についた。
「雨は……大丈夫だろう」
空を眺めながら、煙草を口にくわえ、火をつける。
「ガレイドさん?」
隣の人の声を聞き流し、ふぅ、と煙を吐き、車の行きかう道路を眺める。そして先程発せられた言葉を頭の中で反芻する。
「……ガレイド?」
そう呟き、そこでやっと自分の姓だと思い出し、慌てて振り返った。
アパートの入り口。そこには少し背の高い綺麗な女性がいた。イザーナは彼女を知っている。
「ウーノじゃないか。どうしたんだ?」
その言葉に、彼女――ウーノは、うっすらと微笑んだ。
「いえ、ちょっとガレイドさんに用がありまして」
「ガレイドさんは止せって。他の奴と同じようにイザーナでいい。友人の似非哲学者が付けた変なあだ名もあるしな」
そうなんですか、と彼女は柔和な笑みを浮かべた。
「……それと、あの時はすまなかったな。あいつ――ツズファが変なこと聞いちまって」
いえ、とウーノは首を軽く振る。
「大事な話をしていたみたいですし――勝手に私が話に割り込んでしまったんですから、私のほうに非がありますよ」
すまなかった、とイザーナはもう一度謝った。
「ところで用事って何?」
話の本筋を戻し、そう尋ねる。ウーノは、えっと、と呟きながら、持っていた鞄の中から、紙切れを二枚取り出した。よく見ると、表面に今人気の映画のタイトルが印刷されていた。どうやら映画のチケットのようだ。
「その……もし良かったら、今から一緒に見にいきませんか?」
そう言って、上目遣いにこちらを見てくる。その視線にイザーナは、喉の奥で軽いうめき声を漏らす。
――この映画は確か……。
イザーナは目の前の映画に関する記憶を、手繰り寄せる。
この映画はどこにでもある恋愛ストーリーだ。確か警察官と娼婦の恋愛がテーマだったはず。
「いや、悪いけど……」
もう見た。恋人と。と続けることが出来ず、語尾を濁した。
しかし、それだけでも十分にウーノには通じたようだった。
「あ、はい。分かりました……」
ウーノはそれだけ言うと、チケットを鞄に仕舞う。