一章 造神③
その質問に、彼はなんと答えようか一瞬迷ったが、ここは正直に言っておいた。
「どういうわけか君の名前が……てか、君自身のことがよく思い出せないんだ」
「そう……」
途端に彼女の瞳が氷のように鋭いものへと変貌する。マゾ気は無いが美人に睨まれるのは、そんなに悪くない。
「いきなり私を呼び出して、いきなり押し倒してきたと思ったら、今度はいきなり記憶喪失? 何とも愉快な人ね」
「呼び出した? 俺が?」
「ええ……まさかほんとに覚えてないの?」
彼女の顔にやや心配の念が浮かぶ。今までの発言は冗談だと思っていたのだろう。
「おかしいな……。いい女と寝たことは絶対に忘れない自身があるのに……っとストップストップ」
「?」
ジーパンをはこうとしていた彼女を止める。
「何?」
怪訝な顔で彼女は尋ねてくる。
「俺たちがそういう関係なら、もう一度俺とやってくれないか? そうすれば俺も、きっと何もかも思い出す――」
彼女は目をすっと細める。
「一人でやってなさい」
彼女は呆れたようにため息を吐き、やや大きめの灰色のジャンバーを羽織る。
悲しいが、美人とやれる関係があると分かると、ついつい誘ってしまうのが男というものだ。
「それじゃ、今度はちゃんと記憶を戻してから呼んでよね」
先程の発言で、彼女の顔からは心配の念がすっかり消えていた。このまま帰すのは惜しい。
「思い出した、思い出した。さあ、やろう」
「……私の名前は?」
「…………」
彼は口元に微笑を浮かべ、言った。
「俺たちの愛に名前が必要だろうか?」
「必要ね」
即答。