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IZANAGI  作者: 佐久謙一
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二章 死神③

「う……うぅっ……」

 彼女は震えながら自分の手――元の形を失い、ひしゃげてしまった手を見つめる。指はあらぬ方向へと曲げられ、突き出した骨が見える。その骨に突き破られた皮膚からは血が溢れ、手首を伝って肘まで流れ、そこから床に水滴を落としていた。

「ど、どうして……」

 言葉尻に嗚咽が混じり、語尾が震えていた。

「どうして……こんな酷いことをするの……?」

 彼女の問いに、そいつは首を左右に振りながら答えた。

「心配は要りません」

 そいつの腹部がドクンと脈打つ。

「絶望しても、いつかは救われます」

 そう言った途端、そいつの体中が不自然に膨らみ、それぞれの箇所がドクンドクンとバラバラに脈打ち始める。まるで沢山の生き物が一度に生まれたかのようだった。

「――――っ!!」

 彼女は言葉にならない悲鳴をあげ、床を這って後ずさりをする。

 その間にも、そいつの体は異常に膨れ上がっていく。

「い、嫌……。誰か、助けて……」

 必死に懇願するが、この部屋にはその声を聞いてくれるものはいなかった。そして、とうとう背中が壁に行き当たった。それはもう逃げ場が無いことを示していた。

「来ないでぇ……」

 玄関はもう、そいつの異常に膨れ上がった体で埋め尽くされ、黒く塗りつぶしたようになっていた。

 その時、視界の端に一つの写真立てが映った。

 玄関の異様な光景とは違う――いつも見ている写真立て。その写真には彼女自身ともう一人、彼女の肩に手を置く男性の姿があった。

「あっ……うぅ……」

 彼女の頬を涙が伝う。先程まで一緒にいた彼氏のことを思い出したのだ。

「さぁ、行っておいで……」

 低い言葉と同時に、黒を覆う布から、いくつもの影が飛び出した。ものすごい速さで彼女に迫る。

 だが彼女はその影には目もくれず、その写真を見つめていた。

 いくつもの影が、一斉に彼女に飛び掛かる。

「イザーナ……」

 途端に、視界が影で覆われた。


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