二章 死神①
「たく、あの馬鹿は……」
彼女はそう悪態をつきながら、鏡の前で髪を櫛でといていた。
「こっちも忙しいところを来てあげたのに、記憶喪失したとか、ふざけすぎよ」
櫛を置き、ピンで留める。
「あぁ、もう忙しい……。あの馬鹿がもう少し出世したらねぇ……」
ブツブツと彼氏の悪口を言いながら、化粧を済ませる。
ふう、と一息。
鞄の中に財布や携帯電話などを詰め込んでいく。
鏡で再度容姿確認。
「さて、急がないと」
玄関で靴を履き、ドアノブに手を掛けた、その時――
「…………」
彼女はぴたっと動きを止めた。そして、ゆっくりと深呼吸をし、彼女はその場で、いきなり振り向いた。
突然の行動。端から見れば、おかしな行動。しかしその場には彼女一人しかいないので、その行動の理由を問うものはいないはずだった。
「…………」
彼女はゆっくりと部屋の中を見回す。何度も見た玄関からの部屋の風景。違和感は無い。しばらく見回したあと、ふぅ、と深呼吸をした。
「勘違いみたいね……誰かいるような気がしたんだけど」
安堵の声を漏らし、うしろ手にドアノブを掴もうと伸ばすと――
その手を誰かに握られた。
「っ!!」
ビクッと肩を震わせ咄嗟に振り返る。
視線を、自分の手を握っている手、腕、と上らせていく。
「…………」
驚きで目が見開かれた。
玄関前――先程まで誰もいなかったはずのその場所に、そいつは静かに立っていた。
そいつの第一印象は黒だった――実際には全身を覆う黒のレインコートを着ているだけなのだが、フードを被っていて顔が良く見えず、まるでそこにぽっかり穴が開いてしまったかのように見えてしまう。
「……こんにちは」
とても低い声が発せられた。